海に生きる女丈夫①
用事も片付いたんで、俺らは半月余り滞在した王都をあとにした。
しっかしイエーロのやつ、アッサリ送り出しやがったな。もうちょい寂しがりゃあ可愛げがあんのに、最後に一杯やろうぜって誘いもなくだぞ。
アンテナショップが忙しいのはわかるがよぉ、見送りなしはあまりに素っ気なくねぇか。アイツも大人になったってことなんだろけど、母ちゃんが寂しがるとか考えてやればいいもんを。
まっ、手紙のやり取りも頻繁だし元気にしてるツラも見れたんだから、べつに構わんのだがな。
でだ、俺としちゃあこのまんまトルトゥーガへ戻りてぇところ。だけども……、
「父ちゃん、海うみうみうみ〜」
まだベリルは漁村へ寄ってくって話を覚えてやがったんだ。むしろ出発を急かすほど楽しみにしてるんで、いまさらなしとは言えんかった。
「なんなら、おウチ帰ってから魔導トライクでいくのでもーいーし」
んな面倒なマネするか。帰ぇったら余計に出掛けたくなくなっちまう。
で、結局は馬車でトロコロと漁村へ向かうことに。
だいたい十日前後の退屈な道のり。
気ぃ張ってた日々のせいか落差もあって、アクビが出ちまう。
ヒスイはまた馬車んなかで、
「オメェもなか入ってろ」
「ヤっ。もーちょい進んだらピラミッド山でしょー。こないだちゃんと見れなかったし、今回は見とこーかなーって」
っつう理由でベリルは御者台。俺の膝のあいだで喧しくしてる。
「あと、馬車んなか狭いし」
そりゃあオメェが買い込みすぎたせいだ。
米は言うまでもなく、乾物やら調味料やらも山ほど積んである。こないだ魔導トライクを供物にして得たカネでこれでもかと、しこたま買い込みやがったんだ。
「オメェはホント考えなしだな」
「はあー? あーしほど頭使ってる六歳児いねーっしょ」
「そうかぁ? これから漁村に向かうってのに、もう荷を積む余裕が残っとらんぞ」
「——は⁉︎ お魚っ。干物っ」
そういうこった。寄り道して帰るんだから、領地の者らに土産の一つでもあって然るべきだろ。
「父ちゃん!」
「なんだ」
「すぐ戻って! トルトゥーガ軍団全員出動だしっ」
どんだけ買ってく気だ。
「んな食いきれるか。腐れちまうだろうが」
「てひひ。そっかそっかー」
だから考えなしって言ったんだよ。ったく。
こんな具合にベリルの他愛もない戯言に付き合ってると、
「おおーう! やっぱしピラミッドじゃーん。どー見ても四角錐ってやつだし。木ぃボーボーに生えてっけど」
ラベリント領の山が見えてきた。あのアンデッドが根城にしてたダンジョンがある山だ。
「いまのうち見納めしておけ」
「そーいや、あの山潰しちゃうんだっけ?」
「正しくは内部のダンジョンを埋めちまう、だな。中の空洞がなくなったぶん山の形は変わるんじゃねぇか」
どんくらい奥深くまでつづく迷路になってるかは知らんけど。
「ちゃんと調べたら歴史的発見とかありそーなのにー」
「んなことして、万が一にも俺らが過去の歴史になっちまっちゃあしかたあるめぇ」
「おお〜う。父ちゃんってば、なんかカッコいいっぽいこと言ってるし。マジ似合わねーの〜」
うっせ。なんか恥ずかしくなるからそういうツッコミ入れんなや。
焼け野原になってた旧ラベリント領は、いまは王家直轄地で、とりあえず土地を均すってとこまでは進んでるようだ。
つまり、ほぼなんもねぇ。
「ポツンと教会あって、あとは見張りの兵隊さんのテントが少しだけかー」
「アンデッドで大賑わいの街並みより、こっちの方が遥かにマシだろ」
「たしかにー。ゾンビいっぱいだったもんねー。マジグロでビビったし」
ちっとも怖がってたようには見えんかったが。つっても、あんときはベリルも必死だったもんな。
銅貨を投げるって機転がなきゃあ……いまさら考えても詮のねぇことか。もう済んだことだしな。
「ちぃと日暮れには早ぇが、せっかくだし寄ってくかい?」
「いやいや父ちゃん、新鮮なお魚さんたちがあーしを待ってるし」
近頃のベリルは食い気が勝りすぎてねぇか。少しデブってきてるしよ。
言うと拗ねるから黙っとくけど。
◇
「なんもトラブル起こらないといーねー」
縁起でもねぇ。
「やめてくれ。そういうこと言ってると、フラグってやつになっちまうだろうが」
「ひひっ。この前はホネホネゾンビやっつけたし、次はデッカいイカとか魚とか? あーし的にはイカも魚も捨てがたいけど、エビとかカニがいーなー」
テメェは魔物の話してんのか食いモンの話してんのか、どっちだよ。
「カニとエビかい。聞かんな」
「固い殻の中身がめちゃ美味いしーやつだし。脚とかパキッてして食べんの」
食いモンの話だった。
つうかよ、パッと想像した感じ……。
「それって虫じゃあねぇのかい?」
「ぜんぜん違ーう! 身体が節に分かれてて、なかのほんのり赤みががった白い身とかミソとかめちゃ美味だもんっ。あとハサミついててカッコイイし」
…………それ虫だろ。海んなかに住んでるって違いだけじゃねぇか。
「俺ぁ遠慮しとく」
「ふーん。あとで『一口ちょーだい』っておねだりしてきても分けてあげないかんねー」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
他者の食い物にとやかく言う趣味はねぇが、選べるんなら食い慣れたモンがいい。
「お刺身にしたらめっちゃ美味しーのにー」
「サシミ?」
「んんーと、捌いて生で食べる感じ」
本気か? んなもん生臭くって食えたモンじゃあねぇだろ。
「ヒスイがいるから生命に関わるようなことにはならんと思うがよ、腹ぁ壊しちわねぇか?」
「新鮮ならヘーキヘーキ。いちおーカチコチに凍らしてから解凍すっし〜」
ったく。妙なモンを食いたがるやつだぜ。




