スポンサーめぐり①
五日間に及ぶ茶会議が幕を閉じた翌日、しばらく空けていた宿に戻った。
ちょいと前の家計からしたら大奮発な高級宿が、いまは常宿。うちもずいぶんと豊かになったもんだぜ。
それもこれもベリルのおかげか。本人には口が裂けても言わんけどな。
「二人きりなんて久しぶりですね」
と、ヒスイが艶っぽく語りかけてくる。
しかしここにいるのは俺ら二人だけじゃあない。
「コイツもいるだろ」
俺らの孫であり、長男イエーロの娘のサユサも連れてきている。
ちぃとばかし残念そうにしてるヒスイに悪ぃが、なにを隠そう俺はわざわざこの状況になるのを見計らってたんだ。
いまベリルは兄貴のイエーロに連れられて物件巡りの真っ最中。
都合のいいことに、こいつはアイツからの提案だった。なんでも『王都の物件ならオレが案内するよ』って申し出で、それはとても頼もしく思えた。一年間での成長も鑑みられて親父としては嬉しい限り。
で、そのあいだアンテナショップは嫁さんのクロームァに任せ、代わりに俺らがサユサを預かるって話になったんだ。
孫娘はずいぶんとヒスイに懐いたようで、前みてぇにピーピー泣くこともねぇ。コイツの母ちゃんに抱っこされてるときよりも落ち着いてるほどだ。
「さて、どうしたもんか」
「うふふっ。ベリルちゃんとはじめてお話しした日を思い出しました」
「そんなこともあったな。見た目に関しちゃあこれっぽっちも変わってねぇが……、そうか。もう六年も前の話になんのか」
「ええ。けれど私にとってはつい先日のことです」
大鬼種の混血である俺と、南方妖精種の混血であるヒスイとでは、寿命の違いもあって時の感覚が少々異なる。
そこらへんツッコむと女房の機嫌が悪くなっちまうから黙っておくが、いつまでも嫁に来たときと変わらんままなのは男冥利に尽きる、とだけ。
「いつ喧しいのが帰ってくるかわからん。さっさと済ませちまうぞ」
「心配のしすぎだと思いますけれど」
ヒスイが指摘してきたのは、なにもベリルたちの帰りについてじゃあない。気にしてんのはサユサの方だ。
「べつにベリルとおんなじだって俺は一向に構わん。ただそれを隠してるとしたら、そんな息苦しい生活なんてねぇだろ」
実はまだベリルがどういう類の存在かってのを、イエーロたち夫婦には話してねぇ。俺だってアイツが『少々特異だ』ってことくれぇしか知らんけど。
だがもしサユサもそうなら、親であるイエーロとクロームァには話さなければならん。
その場合、どんな反応を示すか想像もつかんから、どう伝えるかは悩みどころではある。
ってな具合に俺はあれこれ考えちまうんだが、ヒスイはそうでもねぇようだ。これも流れてる血の違いなのかもしれんな。
ヒト種の寿命は五〇年から長くても七〇年。大鬼種だと一〇〇から二〇〇年くれぇか。でもって妖精種はその十倍とも果てがないとも言われてる。
これが自分の子の子——孫に対する関心の違いにも繋がるんだろう。血が受け継がれたって喜びがヒト種の方が大きいのも、きっとこのせいだ。
いちおうヒスイも、サユサを可愛く思ってるのはわかってる。だからってイエーロやベリルに向けるほどの情があるかってぇと、そうでもねぇ。
このことに対してどうこうは思わん。俺だって純血に近いヒト種が孫を猫可愛がりするさまは、ゲンナリするときもあるくれぇだからな。
とはいえゴーブレみてぇにガキをやたら可愛いがる例もあって一概には言えんのだが、それでもやっぱり、ここらへんの感覚は種ごとの感じ方の差がデカいんだろう。
さておきだ。さっさと確かめちまうとするか。
「おうサユサ。こっちはテメェが喋れるってのはとっくにお見通しなんだ。悪ぃようにはせんから、安心しろ」
「……ぁぶぁ……うぅあぁ〜」
「ですから心配のしすぎですと——」
「いや、まだわからんぞ」
とは言ったものの、どう見ても赤ん坊にしか見えん。ベリルんときみてぇな胡散くささが微塵もねぇもんな。まるっきり赤ん坊だ。
さらにじっくり顔を突き合わせて、話してみる。
「いいことを教えてやろう。オメェの叔母さんにあたるベリル、わかるか?」
「ぅうあ〜あ」
「おうおう、あの喧しいのだ。アイツもな、実はテメェと同じなんだぞ。でも不自由してるようには見えんかったろ」
なんなら自由すぎるまであらぁな。
「だから隠す必要はねぇ。もしオメェの母ちゃんに知られたくねぇってんなら、ここだけの話でも構わん。それとなくクロームァにサユサの特別さを伝えてやって、不審に思われんように手助けもしてやれる」
「…………ぁあぃい〜」
ここまで話しても、サユサは俺の顔をペシペシ叩いてご機嫌にしてるだけ。まったく会話になってねぇようだ。
「アセーロさん。やはりサユサちゃんは普通の子ですよ」
「そうか。取り越し苦労だったか」
「ええ。そうです」
そう言ってヒスイはサユサをあやす。二人育ててるだけあって手慣れたもんだ。
目にしてる光景は懐かしくもあり、つい最近のことのようで……。
ヒスイとベリルの見た目があんまりにも変わらんもんだから、たまに時の流れの感覚がおかしくなっちまう。
なるだけ長生きしてぇもんだぜ。
ボンヤリそんなことを考えてると、サユサを抱いては揺すってキャイキャイさせてるヒスイが、ふとした表情を見せた。
「もしかしてアセーロさん、次に生まれる子にも同じ類の懸念を懐いているのでは?」
「ベリルと似たようなのが生まれるって危ぶんでるってか。んなわけあるかい」
いや待て。べつにベリルはベリルで構わねぇ。だが問題は……。
「アイツみてぇな問題幼児が二人となると、さすがに手に余るかもな」
「ふふっ。そんなことにはなりませんよ。ましてやベリルちゃんのような特別な子が兄弟姉妹として生まれる可能性など」
「考えるに値せんか」
何世代も前からの伝承が微かに残ってるような類の者が、そうホイホイ現れるわけねぇわな。こりゃあ俺の考えすぎだったみてぇだ。
「それに、私はベリルちゃんを愛しく思っています。ですので、次に宿った子がそうであっても同じように心から大切にしますよ。あなたもそうなのではなくて?」
「そいつぁ愚問ってやつだ」
ただまぁ一つ言えるのは、あれほどのやらかし娘は当分のあいだ勘弁願いてぇ。いまの俺ぁ、ベリルだけで手一杯。贅沢な悩みなんだけどよ。
「ベリルちゃんは弟が欲しいと言っていましたけれど……、あなたは?」
「おいおいチビがいんだろ」
「うふふっ。もうサユサちゃんはお眠みたいですよ。ねえアセーロさん、あなたは男の子と女の子のどちらをお望み……?」
おうおう、こりゃあ参ったね。
妖艶さを増したヒスイは、そっとサユサを寝かしつけると、こっちへにじり寄る。
……ゴクリッ。
さしたる抵抗もできず追い詰められた。
ヒスイがソファーの背もたれに手ぇつくと、腰掛ける俺に覆い被さるカタチに。
「アセーロさんのお望み、私のお腹に宿してカタチにしてくださいまし……♡」
フワリ。ほどよく甘ったるい香りが漂う。
そして俺もいざって時分に——
「父ちゃん、ママ、ただいまー!」
見計らったように、ベリルがイエーロに連れられて帰ってきた。




