茶会議、三日目①
結局、晩餐のあとも話はつづき、ベリルが夜食のオニギリを所望するほど遅くまでいろいろ詰めてった。
詰めたと言っても、要望の塊みてぇなもんで、具体的なところはスッカラカン。つまりは明日明後日の茶会議へ新たに提出される議題になっちまうわけだ。
一つだけ決定したのは、さっそく王妃殿下の名で教師募集の告知をなさってくれるってことだけ。
その選考に関しては自分でやると、ベリルは張り切っちまってる。
これは事前に予定してたことではあるが、かくも大々的なもんになるたぁ想定外もいいところだ。
今回は王都に限って募るって話だが、とんでもねぇ手間になるに決まってんぜ。
◇
「では、本日の茶会をはじめようかの」
というポルタシオ将軍閣下の建前のあと、陛下は議場を去られた。が、他の役人たちは誰も席を立たない。
となると、それなりに重要かつ残った者みなに関わることが話されるってことか。
この予想は当たりらしく、ポルタシオ閣下がそのまま話を切り出しす。
それは俺にとって、そこそこ意外な内容で……。
「トルトゥーガ殿。まずはじめに魔導歯車の概要とその契約について、皆に話してくれんかのう」
辺りには予想外なほど鋭い空気感が漂う。
そんなこっちの心情とは裏腹に、ベリルはかくあるべしっつう偉っそうなツラでうむうむ頷いてやがらぁ。
求めに応じて俺はあらましを語ってく。
魔導歯車が魔力で動く動力源であると、大きさによって異なるが小さな子供の魔力でも稼働させられると、現在さまざまな試みがされているとも……。
「件の利点については、もはや議論するまでなかろう。各位よろしいか?」
「「「異議なし」」」
「うむ。つづいて、担われる役目それぞれに、今後予想されであろう問題点についてに移りたい。左大臣殿からでよいかの?」
「構わん。ではワシから」
と左大臣殿は質疑の席につく。それに付き従い、主計と殖産の長官殿も。さらに後ろには補佐する役人たち。
昨日までたぁ打って変わって、参議殿らは奥まった場所に四人集まりコソコソ話してる。あの様子だと、関係各所の調整でもしてるんだろう。ご苦労なこって。
「間違いがあったら訂正してほしい」
と左大臣殿は断りを入れ、
「先の説明から予想される問題点に、魔導歯車を用いた品が広く普及した場合、大量の失業者が発生する懸念がある。これまで労力として見込まれていなかった者が生産に携われるのだから、これは利点とも言えるな。とはいえだ、これは技術を有していた者から職を奪うことにはならぬか?」
例えるならハタ織り機は……、と話はつづく。
言いてぇことはわかった。
平たくいえば、ハタ織り職人の仕事が魔導ハタ織り機に魔力注ぐだけで済むんなら、チビでも女衆の子育ての合間でも事足りちまう。
もしそうなれば、多くの職人は食い扶持を失うかもしれんと。そういうことだろう。
「だからといって、なにも我々は歩みを止めよとは申さん。しかし、なにかしらの調整は必要ではないかとも考えておる」
「ええー、殖産からもよろしいでしょうか?」
殖産長殿が手を挙げ、左大臣殿の危惧を補足する。
「短期間に多くの失業者が発生した場合、各所の政情は不安定なものになります。余剰となった労働力が、そのまま無用な兵力になることもありましょう。それも、世の変わりように不満を持つ者たちが大勢です」
小競り合いが増えるって心配らしい。
その根拠ってのが、
「かつて、さまざまな技術によって栄えた初期の帝国でさえ、同様の政情不安は抱えていたという記録が残っております。我らはそこから学ぶべきかと」
とのこと。
いろいろと符合する点もある。
ここでは言えんが、発展云々よりもベリルって存在がまんま初代皇帝と合致しちまう。
誰も知らん知識を持ち、神様に認められているとこなんてそっくりじゃねぇか。
この時点で話は、魔導歯車の管理を任せるなり制限をかけるべきって流れに。もう俺んなかでは頷かざるを得ねぇとこまできてた。
だが——
「異議あーり!」
ベリルは抵抗の姿勢をみせたんだ。
「「「…………」」」
「どうぞ、ベリル嬢」
この数日で、ここにいる誰もがベリルを幼児だと侮らなくなった。いいや違うか。聞く価値のある意見を持つ者って認識になってるようだ。
コイツの親父としては喜ぶべきか困惑するべきか、はたまた加減知らずを嘆くべきか……。悩むところだな。
「大前提っ。便利さに歯止めは効きませーん。これって歴史が証明してっし」
「その歴史から、問題が起こらないよう考えるべきだと——」
「方向性が違ってるし! 例えにしてたハタ織り職人さんもそーじゃーん。魔導ハタ織り機でたくさんキレイな布が作れるんなら、職人さんたち、品質と安さで競争できないっしょ? つまり作っても作っても売れない、もしくは日に日に稼ぎが減っちゃうんじゃね?」
たしかに買う側からしたら職人の事情なんて関係ねぇもんな。
「殖産長どのが言うみたいにすんなら、一回ぜんぶの布を国で買い取って、そっから同じ値段で売るとかもできるんだろーけどさーあ、それってどーなん?」
「……あまり、健全ではありませんね」
「でっしょー。だからー、ハタ織り職人さんたちは選ばなくちゃなわけ」
ベリルは行く末を見てきたようにモノを語る。そういや陛下も似たようなことを仰ってたな。
「……ベリル嬢。その言いようですと、職人たちは磨いた技術を捨て、慣れない別の職につけと聞こえますが」
「それもありだけどー、機械で作れないめちゃスゴイ布を織ってもよくなーい。手作りの味が逆に良かったりとかさーあ。あとはハタ織り機作るの手伝ったり、使い方を考えたり、作る布のデザインしたり、他にもいっぱいあるっしょ。だって布に詳しーんだし。もっとイイモン作れそーじゃーん。あーしも早くTシャツとかほしーしー」
左大臣殿らのため息が重なった。
結局いつかはそうしなきゃあならんと悟ったんだろう。
「……我らで、建設的な意見をまとめて教導するしかあるまい」
「おおーう。いーじゃんいーじゃん。職人さんの学校とか作ったらゼッタイいーってー。どーせ魔導ハタ織り機は広まるわけだし、先にそーゆー前提で職人さん養成したらよくなーい」
「ふむ。一考の余地はあるか……。殖産長殿。どうかね?」
「そうですね。ここは一度、職人たちに話を振ってみるのもよいかもしれません」
ここでふと疑問に思い、俺は手を挙げた。
「もしかして、すでに職人から不安視する声なんかが寄せられてたりするんですかい?」
「うむ。一部だがきておる。リリウム領産の布の質と値を知れば当然と言えよう。ワシらなんぞよりもよほど敏感に反応しておったわ」
「それさー、急がなきゃヤバなーい。広まりきってからだと職人さんたち不安になっちゃって『魔導ハタ織り機なんか打ち壊ししちゃうぞー』みたくなりそーじゃね? もしくはワルい商人に引っかかって借金まみれになるとか。めちゃありそーだし」
「…………起こるであろうな」
イヤな想像でもしたんだろう。左大臣殿の口ぶりは重たい。
「その前に学び舎を用意して、彼らに新たな道を示しておかねばならんな。これはハタ織り職人に限らず、今後、魔導で賄えるようになるすべてに対してか」
職人を専業にしてる者は人口に対してそこまで人数の多くねぇだろうに、そんな少数のことまで気にしてるんだな。その他の職人たちの行く末についても考えが至っている。
まったくもって頭が下がる思いだぜ。こっちも娘の作ったモンだと我を張らず、守るべきとこは守り、かつ譲れるところは譲らねぇと。
各地の領主たちがどれだけ開明的かにもよるだろうが、新しいモンが広まるのにはそれなりに時間がかかる。いくら貸し出しに制限を設けねぇとしてもな。
となると、いまの時点で動いとかんとならねぇ。
なんぞチカラにはなれねぇか、それを考えてると——
「あっそーそー。あーしべつに魔導歯車の貸し出しに制限かけられるの、反対じゃないかんね」
「「「……え?」」」
ベリルの前提をひっくり返しちまう発言を受け、後ろの役人たちは揃ってキョトンだ。もちろん俺だって。
「でしたら、主計からもいいですか?」
さらに主計長殿が挙手して、話はまたこんがらがっていく。




