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茶会議、二日目⑥


 ベリルの勢いは未だ衰え知らず。

 茶会どころか査問会の体すら成してねぇブチ上げ大会で、あれほどまでに役人たちをゲッソリさせたってのに、まだまだ元気いっぱい。


 理由が晩メシだってのはわかってる。

 支度しなきゃとかほざき、ポルタシオ閣下や左大臣殿に捕まる俺を置き去りにして王宮の台所へ走ってったんだからな。


 そして通された食堂は、昨日とは趣きが一変してやがった。調理する料理人を囲うように並べられたテーブル。

 そんでもってなぜかベリルはあっち側。

 やたらカッチリした背丈くれぇある調理帽を被って、白いシャツワンピなる服の首元からは赤い布が覗き、これまた真っ赤な腰巻きっつう装いで調理する側に立ってるんだ。


「ほう。変わった趣向ではないか」


 で、なんでか陛下は満足げだ。

 王妃殿下も王女殿下もコロコロ笑ってる。

 サボリ関——もとい王子殿下なんかクツクツ腹抱えてらぁ。


「いらっしゃいませー。小悪魔バーガーへようこそー」


「「「…………」」」


 ベリルの発声の後ろで、料理人たちは『え、ホントに言うの?』って困り顔。

 そこへ問題幼児は『つづけ』と目で圧をかける。


「「「い、いらっしゃいませ。小悪魔バーガーへようこそ」」」


 で、うんうんと偉っそうに頷く。


「お好きなお席にどーぞー」


 この言葉に給仕たちは目を剥く。

 陛下をどこに案内したらいいのか迷ってたところへ突然ムチャをブッ込まれたんだから。そうなんのも当然だ。俺でも連中の困りようは理解できる。

 詰めが甘いっつうか考えなしっつうか……。ったく。それっぽくやりてぇんなら給仕にも事前に知らせてやれよな。


「僭越ながら陛下、こちらの席ですと調理してるさまがよく見えますぜ」

「うむ。では余はここにしよう」


 我ながら見事な救いの手。だってのにベリルは気づいてもいねぇよ。


 陛下が調理が見られる席にって選び方したもんで、他の皆さんもテーブルはだだっ広いってのにこじんまり固まって座ることになっちまった。

 つっても普通の飯屋くれぇの間隔なんだけどよ。


「んじゃ定番のハンバーガーから出してきまーす。小ちゃめに作ってあるから、いろいろ食べてみてくださーい」


 という音頭に合わせて、料理人たちが真剣な表情でキビキビ調理に入る。が——


「みんなスマイル忘れてるし!」


 ベリルがまたムチャを。

 結果、無理やり笑みを浮かべながらの調理っつう、なんとも異様な光景を眺めることに。


 この間も、アイツは台の上にたって指図するだけ。

 なぜ誰も文句を言わんのか?

 理由は様々だろう。陛下がご所望の料理だって忖度もあるし、いちおうはベリルが子爵令嬢っつうのもある。

 しかしなによりデカいのは、何気にアイツ、人を扱うのが上手いんだ。


 前からそんな気ぃしてたが、ベリルは有無を言わさずムリを押しつけたかと思いきや、


「おおーう。なにそれなにそれ、めちゃ上手くなってんじゃーん。やっぱしプロの料理人さんだけあんねー。こんどそれ、あーしにも教えてー」


 ってな具合に美点を手放しで褒めるんだ。

 大人が言えば胡散くせぇお世辞に聞こえかねんけど、ベリルが幼児ってのも相まり照れくせぇ響きになる。


「ハンバーガーは早さが命だし。焼くと挟む同時くらいのつもりでやんなきゃ!」


 こんなふうに、ダメ出しは個別にしないところもワガママ通す秘訣なんだろう。

 これには『親父と兄貴という例外はある』って注釈はつくが、少なくとも他人が見てる前で個人を叱りつけるようなマネはしない。代わりに全体へ注意を促し、お互いに気にかけさせるんだ。

 だから失敗してたヤツも恩に着ちまうのかもしれん。



 ジュージューチャッチャカ支度が済み——


「お待たせしましたー。右から順に、シャキシャキ野菜とベーコンたっぷりビーエルティーバーガー、とろける三種のチーズで頬っぺもとろとろチーズバーガー、お魚フライに酢漬け野菜のソースが酸っぱ美味しくて食欲そそるフィッシュバーガーでーす」


 デッケェ皿に、ポツンと三つ。


「まあ。彩りも豊かで可愛らしいお料理ですこと」

「ベリルよ。これはフォークとナイフで食せばよいのですか?」

「手づかみでいくなら、この紙に包んだら溢れないし。でもポテトとかサラダとかもあるし、今回はナイフとフォーク使う方がいーかも」


 言われて見ると、たしかにフォークやらに並んで折りたたんだ薄い紙がある。


「これが先日の免税市で話題となったハンバーガーか。では、いただくとしよう」


 なんだか陛下、やたら真剣だな。

 やっぱり庶民の食い物に興味あんのか? たしかに堅っ苦しい料理なんかよりは食いやすいが……。ちぃと反応が過剰に見えちまう。


 各々、フォークとナイフでキレイに切り分けて食べていく。もちろん俺もそれに倣う。

 感想はそれぞれだが、悪い感じではないようでホッとした。


「ここまでとは……」

「王様⁇ どったん?」


 見ると、陛下の目の輪郭が歪んでた。

 視線を宙に向けて、いまも湧いては止め処ない感動に堪えてるってぇ様子。


「余の……ミネラリアの民は、たとえ贅沢品とはいえ、これほどまでに豊かな食事ができるようになったのだな」


 なるほど。そういうことか。


「父上……いえ、陛下……」


 王女殿下まで釣られちまって、ハンカチで目許を拭ってらっしゃる。


 いまハッキリしたが、陛下は本当に『庶民の食事』をご所望だったんだ。食い物は豊かさの目安だから。


 けどなぁ……。


「なーる。王様、マジごめんだけど今回のは屋台メシじゃねーし」

「——むっ。それはどいうことか?」

「ハンバーガーなのは間違いないけどー、材料とかぜんぜんイイの使ってて、美味しさ桁違いの王様スペシャルなやつだし」


 余計なことを……、とは言うまい。

 こりゃあ陛下にとって市井の調査のつもりだったんだろう。ちゃんと事前に意図を確認しとけよとは思うが、それは料理人たちのせいじゃねぇ。

 ポルタシオ閣下の心得違いであり、こんなこと苦手だろう将軍に命じた陛下の責任でもある。


 さぁて、どうしたもんか。

 なんとも言えん雰囲気が漂う。

 せっかくの美味いメシが台無しだ。


「えっとー『王様の晩餐に相応しくなーい』みたいな感じで言われちったし」

「誰が申したのだ」


 ここでベリルは俺を見る。

 おいバカたれ。それじゃあ俺が余計な気ぃ回してやらかしたみてぇになっちまうだろうが。


「……ベリルよ。トルトゥーガに、そのような気回しができるはずなかろう」

「そーかもー。ぷぷっ、父ちゃん軽くディスられてっし」


 ここは軽口でも挟んで流しちまおうと、俺が口を開きかけた。そのとき——


「ぉお、恐れながら陛下!」


 料理長のコシネーロが深々頭を下げた。


「其方の指示か?」

「はい! すべて私が悪ぅございます!」

「いやいや違くなーい。あーしだって、材料いっぱいなの嬉しくってあれこれ言っちゃったしさー。そもそもの料理の腕が違うんだから、おんなじ材料使っても屋台のより美味しくなっちゃうし」


 ベリルにしちゃあ珍しい。なんて言ったら、ここで庇いに入ったアイツに悪ぃな。


「ふむ……」

「陛下、よろしいですかい」


 ここは俺が助け舟だすしかねぇようだ。


「憶測で物を申して恐縮なんですが、陛下は庶民の食事を確かめたかったのではありませんか?」

「うむ。そのとおりだ」

「ですよね。しかしですよ、誰が陛下にそんなモン出せます? ポルタシオ閣下だって、陛下が珍しいメシに興味持たれたんだって口ぶりでした。なら——」

「余の命じ方に問題があると?」

「そこまでは申しませんが、陛下に美味いモンを食べてもらおうってガンバったコイツらが詫び入れるのは、ちぃと理不尽かと」

「…………うむ。であるな」


 おお! 陛下が寛大な方でよかったぜ。盾ついた俺自身、言っててヒヤヒヤしてたからな。


「陛下。せっかくベリルが陛下のために陣頭指揮を取り、供してくれた料理なのです。今日のところは食事を楽しむに留めては?」


 王妃殿下が取り成してくれて、一件落着。

 しかしホッと安堵できたのも束の間、


「つーかさー、庶民っぽくってゆーなら自分で好きな具材を自分で挟んでみるとか、どーお? わいわいって感じで楽しそーじゃね?」


 まーたベリルがいらんことを言う。


「面白い! ベリルは余に料理せよと申すか」


 しかも陛下は乗り気だしよ。

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