茶会議、初日⑥
陛下が去られたあとは税の申告について細かい聞き取りがあり、道作りに関しては時間切れ。
初日から結論出せず終いだ。
さっそく予定を狂わされたってんで、ポルタシオ閣下は時間調整にてんてこ舞い。
そもそもこんな短期間であれこれ決めちまおうってのが間違いな気もする。しかし、うちの事でこれだけの面々の手を何日も止めさせるってのは相当仕事に差し支えるんだろう。
逆に考えれば、よくもまぁ田舎の弱小貴族のために重臣一同の時間を割いたもんだとも思っちまう。
ホント、一年前じゃあ想像すらできねぇ事態だぜ。
そうそう。想像だにしなかったといえば、いま俺が目の当たりにしてる光景もだ。
……眩しい。天井を仰げば、昼間より明るい気がする。
「うっひゃ〜! あっちもこっちもシャンデリアいっぱ〜い。メイドさんもいっぱ〜い!」
俺とベリルは晩餐に招かれて、王宮の食堂に来ていた。
まだ陛下たちはいらしてねぇんだが、この空間だけでも圧倒されちまうぜ。
どこを見ても煌びやか。クロス一枚とっても、ソースのシミ一つつけただけで一年分の食費が飛んじまいかねんほど。
給仕がいるのも慣れねぇが、イスを引かれた際なんか思わず「ここ、座っていいの?」なんて聞いちまったくれぇだ。
何本も並んだフォークやらナイフやらが、やたらと照り返してくる。
呼吸すんのも憚る気分……。
だってのにベリルのやつ、
「おおーう。このイスあーしのために用意してくれたん? ちょーどいー高さだし〜。しかもめっちゃ豪華ぁ〜。ねーねー父ちゃーん、あーしこのイス欲しーんだけどー」
なーんて具合に給仕の手を借り腰掛け、イスを前へ後ろへグラグラ揺らしてやがる。
「おいコラやめろっ。壊れたらどうすんだ」
「ヘーキヘーキ〜」
デカい声なんぞ出せるはずもなく、コソッと叱る。が、そんなもんじゃあベリルは止まらない。
「ねーねーメイドさーん。今日のゴハンどんな感じなん? やっぱしハンバーガー?」
「本日は、通常のお食事でございます。ベリル様ご考案のハンバーガーは明日の晩餐にてご用意いたしております」
「ふーんそっかー。今日は王様メシかー」
「おいコラベリル、いい加減大人しくしとけ。なっ、頼むから」
「つーか父ちゃんビビりすぎー」
そりゃあ気が引けちまうのも当然だろ。こんなに豪奢な場所、未だになんかの間違いで呼ばれたんじゃねぇかと疑ってるくれぇだぞ。
そんなこんなで待つことしばし。俺にとっては長い時間が経つと、最初に現れたのは……んんん⁉︎
いつだったか見覚えが……。
「おおーう、サボリ関じゃーん。なんでこんなとこにいんのー?」
俺もベリルと同じ疑問を覚えたんだが、ここにいるってことは認めたくはねぇけど、つまりそういうこったろう。
「私はいちおうこの家の長男なのでな」
やっぱりか。
「ほーほーサボリ関は王子さまだったんかー。あれじゃーん、王太子さまってやつー?」
「いいや。私は庶子であるから王子と名乗るのも烏滸がましいくらいの予備の予備だぞ。まずもって国を継ぐことのない身なのでな、自由を謳歌させてもらっている」
だからって貴い身分の者がスモウ大会にお忍びで出るか? ホント勘弁してくれよな。
「トルトゥーガよ。そんなに嫌そうな顔をしないでくれんか」
「い、いえ、そのような……」
「そーそー。怖い顔しちゃメッだし。てかなに父ちゃん急にかしこまってんのー。意味わかんなーい」
オメェの方が意味わかんねぇよ! なんで王子殿下相手にタメ口利いてやがるっ。
……って。コイツの場合は陛下に対してもそうだったか。あぁあぁ、頭がおかしくなりそうだ。
「つーかサボリ関は兄弟仲良しなん? 大丈夫? 跡目争いとかでヤバかったりしないん?」
「こらベリル!」
「アッハッハ。スモウ大会のときから聡いとは思っていたが、ここまでとはな」
愉快そうに笑い、王子殿下はつづけた。
「心配はいらんよ。弟たちとの仲は至って良好である。一番歳上の私が自由にしているのをいつも羨ましがるほどでな、私の顔を見ると『兄上ばかりズルい』と文句を言ってくる可愛い弟たちだよ」
「ああー、たしかに王様とかメンドそーだもんねー。わかるかもー」
なんつう言い草っ。
見知った顔に思わぬところで会えて昂ってるのはわかる。だからって調子こきすぎだ。
いっぺん叱ってやろう。と、したところで——
「ベリルは余の苦労を察してくれるか」
陛下がお見えになった。
よりにもよってこの時分。外で俺が一番困る頃合いを見計ってたんじゃねぇかと疑っちまうほど。ものすげぇバツ悪ぃんだが。
「なんだ、プラティーノはここにおったのか」
「ええ、陛下。旧知に会いたく気が急いてしまいましたゆえ」
おっと俺も立ち上がらねば。
「よいよい、ここは私的な場なのだ。楽にせよ」
「はっ、陛下。今晩はお招きに預かり——」
「王様、今日はゴチになりまーす!」
俺の口上に割り込んで、ベリルがムッチムチな腕を『よっ』と挙げて嘗めた挨拶をかます。
「うふふ。ベリル様は相変わらずお元気ですのね」
「ええ。ラベリント領で大きな騒ぎに巻き込まれたと聞き及んでおりましたが、息災のようでなによりです」
「お妃さま! お姫さま! おっ邪魔してまーす——あっ。あーしがプレゼントした指輪つけてくれてるし〜。めっちゃあがるかも〜」
つづいていらした王妃殿下と王女殿下も席につかれた。
これで全員揃ったらしい。
その証拠に、食前酒やら一口大のツマミみてぇな洒落た料理が運ばれてきた。
念のためもう一回。今夜の晩餐に招かれてんのはこれで全員。
いると思ってた左大臣殿も右大臣殿も、ましてやポルタシオ将軍閣下や宮廷魔道士筆頭殿もいねぇ。
ふぅ〜……。参ったぜ。俺の場違い感が半端ねぇ。ベリルなんざぁ異物感と言ってもいいほどだ。
「トルトゥーガよ。どうも居心地が悪そうに見受けるが」
「いえ、その……はい。まぁ」
「ひひっ。父ちゃんってホントこーゆーの苦手だよねー。美味しーモン『美味い美味い』って食べるだけなのにさー」
んなわけあるか。
「それもあるがな、これはトルトゥーガの存念を聞くために用意した席でもあるのだ」
ほれみろ。陛下は重臣たちにも聞かせられん話をするつもりだぞ。
こりゃあなに食っても味なんかわかんねぇんだろうなぁ、きっと。




