茶会議、初日⑤
「「「でん、しゃ⁇」」」
レールがうんたら言ってた、あれか。
「あっ。電気で動いてねーし列車ってゆー方があってるっぽい。とにかく全国あちこち、めちゃいっぱい人も物も運べて便利なやつだし」
陛下は左大臣殿に目配せした。言外に『オマエなんか聞いてる?』って。
「トルトゥーガ殿。なにやら壮大な話に聞こえるのだが、概要をお聞かせ願えぬか」
こっちに問いがきちまったぞ。
時間も時間だし、ベリルに喋らせとくと長くなるとの判断だろう。有無を言わさず却下しちまえばいいもんを。
「私も試しに一度乗ったきりなんですが……」
と、魔導四駆で禿山を登ったときの話をしていく。急な坂道ですらスイスイ進んだことなどを伝えていく。
そこで、ベリルが口を挟む。
「つーかあんときレール敷いてなかったじゃーん」
「レールってもんがあると大きく違うのかい?」
「ぜんぜん違うし」
「どう違う?」
「んん〜…………わかんなーい」
見事に一同ガクッとイスからズリ落ちそうになる。
気を取り直した左大臣殿が「それでは検討のしようもない」と話を打ち切りにかかった。
もちろん俺も心中で声援を送っておく。ガンバれガンバれ左大臣殿!
「そーそーそー、たしか摩擦? 抵抗? とにかく引っかかんないからスイスイ〜ッて進む感じー。あと、なんだっけ……」
ベリルは粘る。が、そんな曖昧な答えじゃあ相手にされんさ。
「魔力で進む荷車、か……」
しかし、ここにきて裏切り者が現れた。いや、うちの娘の与太話に耳を傾けてくれてんだから、裏切り者はひでぇか。
そのありがた迷惑なやつらが誰かといえば、宮廷魔道士筆頭のボロウン殿と並びに座る文部の長官殿だ。
どちらも官僚ってよりか学者寄り。聞き慣れん話に興味唆っちまったんだろう。そういう知識欲に取り憑かれた目ぇしてる。
「先に述べておく。私はいまここで議論を深めようとは思っていない。しかし本件は大いに王国の発展に寄与する可能性があり得ると感じた。よって『でんしゃ』であったか——」
「列車の方があってるし。列になった車って意味ねー」
「うむ。そのベリル嬢から提案あった『列車』について、理解を深めたい。ご列席のみなさまにおきましては、とくに本日の時間を割り当てられた左大臣殿には大変申し訳なく思うが、同意願いたい。陛下、ご許可を」
どうしてこんな幼児の話を真剣に聞くのか。普通なら幼女の戯言なんぞ、愛想笑いで流しちまうはず。
だってのにボロウン殿が腕まくりして出張ってきたのは、ベリルの言葉がヒスイの持つ東方の知識と勘違いしてるからだ。
ってより、そう考えててもらわなきゃあ困る。
「「「…………」」」
時間の割り当てに横入りされた面々は不満げだ。
しかし、陛下が「よい」と頷いたことで列車の話は深掘りせざるを得なくなった。
ボロウン殿は周囲に感謝の意を示してから、ベリルに問う。
「利点も伺いたいところであるが、先に形状などを教えてくれんか。その方が我らの理解も早そうなのでな。それとこの件について大魔導殿は……?」
「たぶんなんも言わないっしょ。つーかママもママのトモダチも列車乗ったらめちゃ喜ぶに決まってるし」
そっからレールについて、列車について、ベリルは思いついた順にベラベラ喋っていく。
なんでも、二本並べた棒やら溝の上を走らせるって作りなんだと。それによって荷車が楽に進むっつう仕組みだそうだが……俺にはサッパリだ。
だが、さすがは王国の学問を司るだけあり、ボロウン殿や文部長殿はカタチどころか利点にまで考えが及んだらしい。
「試してみないことには正確なところは申せませんが……」
「うむ。やってみる価値ありか」
「うんうん試してみてー。てかさっき、父ちゃんが魔導四駆で引っぱるみたいに言ったけどー、べつに馬車でも人が引っぱるでもいーし」
ここまで聞いた役人たちの動きは早い。
仕組み云々はすっ飛ばし、できたと仮定してそれぞれの役割にどう益をもたらすのかの検討に入ってる。そっから予算なんかを逆算して現実味のある話か諮るんだろう。
おかげであちこちコソコソヒソヒソと、耳打ちしてる絵面ばかりだ。
「では、本件については『魔導列車』と仮称をつけて進めよう」
「おおーう。めっちゃ厨二チック〜。いーじゃんいーじゃーん」
「発案者の了承も得た。とはいえ、まずは研究に取り掛かるところからだが——」
「これ。筆頭殿も文部長殿も、まずは陛下の裁可を仰がねばならんだろうて」
と、ポルタシオ将軍が盛り上がりすぎる面々を嗜める。
「「陛下、申し訳ありません!」」
「許す。新たな知識を前に見境がなくなるのは、学者の常であろう。余も心得ておる。して、理解を深めるにしてもベリルの助言が必要なのではないか?」
「はい! そこでベリル嬢には定期的に王都へ出向いていただき——」
「ちょっと待ってください!」
思わず止めちまった。がしかし、コイツら肝心なことを忘れてねぇか。
「…………トルトゥーガ殿⁇」
「あの! うちの娘の戯言を真剣に考えてくださってんのには頭が下がる思いでいっぱいです。ですが! コイツはまだ六歳」
見た目なんて三歳児並みのチンチクリンだ。
「仮に俺なり女房なりが付き添うにしても、たびたび王都に顔を出すだなんて、ムチャ言うにもほどがねぇですかい?」
できる限り負担がかからんようにしてるが、それでも王都まで馬車だと十日はかかる。
その間あったけぇ布団で寝られるわけじゃねぇんだ。健康そのものとはいえ、疲れて風邪引いちまわねぇかとか、こっちはそれなりに気ぃ配ってんだよ。
「……そうか。たしかにそうであったな」
「いやはや、ベリルがあまりに聡いもので、ついな。考えが至らず申し訳ない」
まぁ正直なところベリルの心配もあるがそれよりも、ちょくちょくコイツを外出させるとロクなことにならん。断言できる。
実はそっちの方が心配だったりもするわけだが……、
「ひひっ。父ちゃんってば、めちゃ過保護だしー」
人の気も知らんで。ったく。
「では、書面でのやり取りとなるか。少々時間が惜しいがやむを得んな」
「つーか、筆頭どのとか学者しゃんたちが、あーしんち来たらいーんじゃね。技術交流会もやってんだしさー」
「「——おお! それは良案!」」
うちはそれでも構わんが、陛下、止めないの?
つうかそんな情報まで届いてんだな。恐れ入るわ。
「これこれ筆頭殿、文部長殿も。卿らが長期に渡り王都を空けてどうする」
「「ですが将軍閣下」」
「まぁ待つのだ。明日の午前に筆頭殿らの茶会を設けておるのだから、そのときに詳しいことを話せば良かろうて。のう」
今回の茶会(実質は喚問)を取り仕切るポルタシオ閣下に、さっきより強めに嗜められ、宮廷魔道士筆頭殿と文部の長官殿は引き下がった。
これにて、ようやく今日のぶんの審問は終わりだ。まだ調整の時間が残ってはいるが。
しかし毎度のことだけど、仕事をこなしたはずなのに仕事が増えちまった。
税についてと道作りについて、それを話して解決のはずだったのに、どうしてか魔導列車とやらの研究開発まで首を突っ込むハメになっちまうとは……。
「いや〜、めちゃ実りのある会議だったねー。てかはじめ証人喚問かと思って期待してたのに、なーんかヘンなのー。あーし例のセリフまだ言ってねーしー」
「おうベリル。それについちゃあ期待しとけ」
「ん?」
なにコテンと小首傾げてやがる。
「喜べ。晩メシのあと父ちゃんがたっぷり証人喚問の相手してやっからよぉ。テメェの腹のうちに隠してる企て、ぜんぶゲロってもらうぞ」
ギロリと睨みつけるとベリルは、
「……き、記憶にございませーん」
と、目を逸らした。




