茶会議、初日②
ざっくりとだが、役職についてはわかった。
参議ってのは、左大臣なり右大臣なりといっしょになって内政や外政なんかについて決めてく役目の者らしい。格で言えば将軍に近いようだ。
で、もうちょい細かく案件ごとに分けた官庁の長が長官。
これで大きな間違いはねぇはず。
どちらも立場は俺と対等以上。
ここにいるなかで後ろで補助してたり書記してる役人を抜かせば、一番の下っ端がベリルなのは明らか。
だってのに誰よりも偉そうに踏ん反りかえってる。
まだ陛下とお付きの者以外は誰も席を外してないなか、
「まずは『トルトゥーガ特別税制』についていくつか」
最初の質疑がはじまった。
質問に立ったのは、長くこの国を支え続けてきた官僚の頂点である左大臣殿。
他にも気難しそうな参議殿と草臥れきった主計の長官殿。その後ろには敗残兵みてぇにヘロヘロな役人たちまでいる。
この疲労っぷりは、うちの出した書類のせいなのは明らかだ。なんかすまん。
「先日提出された書類を精査した結果、全体的に少々過剰な申告が見受けられた」
「具体的なやつお願しまーす」
さっそくベリルが口を挟む。まるで緊張感のねぇ呑気な声で。
「ふむ。金銭の物品などの行き来はあったと確認したうえでの、個別の指摘と理解してほしい」
「はーい」
「ではまず、タイタニオ侯爵家に訪れる際にかかったとされる接待交際費だが、なぜここに衣類の購入費用が含まれるのか? また手土産であろう菓子類なども。これらが収益を得るために必要な出費だったのか疑問が残る。お答え願えるかな」
さっそく痛いとこ突いてきた。
初回なんだから却下されたもんについては大人しく引き下がればいいと考えてる。
だが、ベリルは違ったらしい。
俺が回答を決めかねてるあいだに——
「あーしらお仕事の話すんのに着てく服もってないし。汚いカッコで行ったら商売ぜんぜん上手くいかなくなーい。うち儲かってまんねーんってアピール絶対必要だし。お土産もおんなじ感じー」
普通に言い返しちまった。それだけで場内がザワリ。どよめきが走る。
ちんまいもんな、コイツ。話に聞いててもびっくりしちまうのも当然か。
「私からもいいですか?」
主計長殿が声をあげ割り込んだ。
「交際費の必要如何については別途議論して然るべきかと。私が確認させていただきたいのは、リリウム領での出費と収入についてです」
たしか屋台やら賭けやらでかなり儲けてたな。相当な賃金もバラ撒いてたはず。
「ここでは食材購入費の他、傭兵団雇用料や屋台調理販売員への給与など人件費が目立ちます。ところで肝心の収益はどこへいったのでしょう?」
ここでベリルはヤベッて顔をみせた——かに見えたが、なにか閃いたのか「ひひっ」と性悪ヅラを浮かべる。
「それってぜんぶ免税じゃーん。免税市なんだしさー」
「市とスモウ大会なる催しで得た賭博の利益は、別でなくてはおかしいではありませんか」
「おかしくねーし」
「ご説明願えますか」
「お相撲大会って免税市の出し物の一つだもーん。なら免税じゃね? つまり申告いらなーい」
主計長殿は、見るからに『くっそ、その手があったか』って苦虫を噛み潰したような顔してる。
そっからも石灰の購入費用が膨大でおかしいやら、人件費が高すぎではないかなどなど問いがつづく。
しかし、どれもこれもベリルはのらりくらりとヘリクツ捏ねて、いなしていった。
この間に、関係ない役目の者たちは物音立てんようにして席をたっていく。
それにしても、やたら役人弱くねぇか。
こんな小娘未満の屁理屈なんか『前例がない』とバッサリ切り捨てちまえばいいもんを。
もしや陛下自らが認めた『トルトゥーガ特別税制』ってのもあって忖度してるのか?
不思議に思い、なんとなくあたりへ目をくばしてたら不意にポルタシオ閣下と目が合う。
で、なぜか『うむ』って頷かれた。
つうことは、なんかしらしてくれたんか?
もしかしたら税についての質疑が最初なのって、配慮してくれたからかもしれん。
いや間違なくそうだ。じゃなきゃあ役人の頭がここまで準備不足を晒さねぇだろう。
とすればだ。もし三日後四日後だったら、とんでもなく詰められてたに違ぇねぇ。
順を先にして考える暇を与えんよう閣下が取り計らってくれたからこそ、この程度で済んでるんだ。
いかんな。このまんまベリルを粋がらせておくのはマズい。
「おいベリル、あまりやり込めすぎんな」
「ん?」
相手には聞こえんようにコッソリ制止する。
いまはいい。しかし次の機会には完全理論武装されてベッコベコにやり返されちまう。
ここは一つ、手心加えたくなるような相手にとっての利点を示しとかねぇと。
「ああぁ……一ついいですかい? うちだけじゃなく、パスカミーノ領や王都、それとリリウム領を繋ぐ街道周辺の税収ってどうなってますか?」
「どうなのだ?」
俺の問いを左大臣殿が主計長殿へ、
「ええー……その件につきましては……、おい、どうなんだね?」
主計長殿が後ろの役人に。それから役人が耳打ちして、主計長殿が答える。
直に答えればいいもんを。役人ってホント面倒くせぇ。
「ご指摘のとおり、まだ未確定な場所も多くありますが、各地での税収は軒並み増加の傾向にあります。特にリリウム領とパスカミーノ領は顕著であり、王都でも少々」
王都の規模で少々ならとんでもねぇ額じゃねぇかよ!
こりゃあ光明がみえたな。なんとか上手いこと呑んでもらえそうだ。
だってのにベリル、なんでテメェは俺に自慢げなツラ向けてくんだよ。小鼻ピクピクさせやがって。そこは見事な機転利かせた親父を尊敬しとくとこだろうが。
「これってあれじゃーん。経済効果ってやつ。よく知んねーけど、波及がどーたらってゆーのだし」
意味不明だ。が、乗っておくか。
「たしかにうちはカネ使いすぎちまって収益に対して税が少ないかもしれません。でもどうですかね? 周りや王国全体で見てもらえば、じゃんじゃかカネ使ったぶんの影響は表れてるんじゃないですかい?」
俺もよく知らんのだけどよ。
「「「ううむ………」」」
結果、今年分の申告は呑んでもらえた。
あっちは精査の時間が足らず、責めどころも曖昧。それに示した利点についてハッキリとした回答を持ち合わせてないのも、折れてくれた理由なんだろう。
こうしていちおうは丸く収まった。
だってのに、またベリルが余計なことを曰う。
この場合は追い討ちと言い換えてもいい。
「つーか、書き方とか問題あるならさーあ、来年からはテンプレ? フォーマット? そーゆーの用意してくれたらそのとーり書くし」
「コイツは見本がほしいと言ってます。うちとしても、なるべくわかりやすいよう事細かに書いたもんで、いらん記載が多く迷惑かけたかもしれません。用意してもらえるんなら次からはそちらに従いますんで」
主計長殿は『え? その仕組みうちが考えるの?』ってな具合に眉を寄せて、代わりに参議殿が「検討します」と議題を打ち切った。
なんとも来年が恐ろしい幕引きだ。
つうか、これでまだ昼過ぎ。
先が思いやられるぜ。




