ソウルフードだし⑨
「ラ、ライスとは?」
「米ェェ、ゴハァァン、オッケーイ?」
まだそのノリつづけんのかよ。
「コメ……ですか」
そういや、ここに来る前から料理長は難色示してたな。
「以前に試したことがあるのですが……」
「あれは、なんというか……なぁ」
「さすがに陛下に出すわけには……」
「そもそもドロドロでまとめられないだろ」
方々から言外に不味かったっつう感想が漏れる。
またベリルが喚くんじゃねぇかと思ったら、なぜか遠くを見て憂い顔だ。どうでもいいがスンゲェ似合わん。
「アンタらには、聞こえねーのかい」
「「「……はい?」」」
「テキトーに煮て不味くされちゃった、お米ちゃんたちのしくしく泣く声がさーあ……」
ったく。そうやってまた煽る。
「お言葉ですが、小悪魔シェフ。我らは最適な加減で粥にしました」
「ヤレヤレ困ったちゃんだぜーい。米のなんたるかをちっともわかっちゃいねーし。いーでしょー。十分後またここに——」
「それは一回付き合ってやっただろ。もうやらんでいい」
さっきまでの和気あいあいな空気は消し飛び、料理人たちはピリついた。
気が短いとは言わんでおこう。いまのはベリルが失礼すぎる。
だが俺は止めない。
なぜかって? ここにいる料理人たちが作ったよりも美味い米の食い方を知ってるからだ。
「おうベリル。そもそも味なんか口で言うもんじゃあねぇだろ」
「おおーう。父ちゃんなんかカッコイイっぽいこと言ってっしー。でもそーかも」
と、ベリルはリュックを漁る。
そして渋々ってツラで、
「これ、あーしのオヤツに持ってきたんだけど、しゃーないから分けたげる」
デッカい弁当箱を差し出した。
蓋を開けると、中にはギッシリ詰まったオニギリが、ひい、ふう、みぃ……コイツ、いくつ食うつもりだったんだ? ここにいる全員ぶんは足りちまうぞ。
「これは、米ですか?」
「そー。ちゃーんと炊いたらこーなるし。食べてみー」
コシネーロから順に手を伸ばすが、冷えた穀物の粒なんて食えたもんじゃない、そんな心中がありありとわかる。
が、ひと口食った途端——
「これは!」
「これが、あの米だと!」
他もだいたい似たような反応だ。
「冷めても美味しーし。ちょびっと塩ふっとくってコツはあるけど。でも炊いたらめっちゃ美味しーっしょー?」
「……目から鱗です」
わかればよろしー、ってな尊大な態度でベリルはうんうん頷く。
「しかし小悪魔シェフ。先ほどのお話ですと、これに具材を挟むのですよね?」
「少し重たくなるのではないか?」
「別々に、もしくは付け合わせにするのはいいと思うけど」
「塩気が欲しいな」
「なら溶かしバターはどうだろう?」
さっそく挙がった問題点を議論しはじめる料理人たちを、ベリルは特大の態度で眺める。
「ひひっ。このまんまだとライスバーガーにできねーし。だからもーちょい薄めにして、表面パリパリに焦げめつけちゃうの。んで、具は味濃いめの焼き肉とかかき揚げか天ぷらがいっかな〜。ホントは醤油あればなに挟んでも美味しーんだけどー」
前からよく喋るやつだが、米が関わると目の色変わるな。いつも薄っぺらい口しかきかんのに、心なしか内容まで濃いように思える。
「小悪魔シェフ。ではまず米の炊き方を——」
「待ちなさい」
コシネーロは逸る料理人を止めた。
「運びこんでいただいた米は、小悪魔シェフのものだ。この一袋がいかほどで取り引きされているか、キミたちも知っているだろう」
「「「……はい」」」
「いーっていーって、まだいっぱいあるし」
「しかし……」
「つーか王様にゴチできんならそれっていーことじゃーん。あと、宮廷の料理人さんたちにホントのお米の美味しさを教えてあげられるしー」
こうしてようやく終わりが見えたハンバーガー作りが、こんどは米の炊き方からやり直しになった。
「あと経費にしちゃうし〜」
そういうことか。自分が食ったぶんも申告するつもりだな——って、それ完璧な税金逃れじゃねぇか!
あとでキツく言っておかねば。
◇
「こらー! 蓋開けんなーっ」
「——ええ⁉︎」
ベリルの剣幕に、料理人はびっくりしてる。
「いーい。基本は『はじめチョロチョロなかパッパ、赤ちゃん泣いても蓋とるな』だし」
「それはどういう……?」
「いーから全員復唱っ」
「「「はじめチョロチョロなかパッパ、赤ちゃん泣いても蓋とるな」」」
「よろしー。これ火加減のこと言ってんの。強めの火で、グツグツしたら弱火でじっくりだし。んでゼーッタイ炊けるまで蓋開けちゃメッ」
「……あの小悪魔シェフ。その歌、違ってませんか? チョロチョロが強火というのはおかしいのでは」
「うるさーい! 細かいことは気にしなーい」
さんざん米を研ぐだの水の量やら漬ける時間だの、生米齧らせて湿度がどうのこうのまでチミチミ言ってたくせに……。
そんなこんなを経て、やっと米が炊き上がる。
「ふっひゃあ〜立ってる立ってる。お米ビンビンだし〜。よーし、塩っ辛いモンもってこーい!」
「おいベリル。なんで食うんだよ。それライスバーガーにするんじゃなかったんか」
「いっけね。そーだったそーだった。でも炊きたての銀シャリいっときたいじゃーん。これも美味しさ知るためだし」
やはり食に対する好奇心が旺盛なのか、料理人たちも手を伸ばしてしまう。
で結局、炊き直し。
コイツらあれこれオカズを試してるうちに、ぜんぶ食っちまったんだ。
………………
…………
……
ようやくライスバーガーが出来上がるころには、もう夕食の支度に入る時間になっていた。
「んじゃ、あーしら帰るし。明日? 明後日? いつにするか聞いてないけど、とにかくそんときはよろ〜」
「「「………あ、はい」」」
散々ぱら料理させてクッタクタになった連中を置いて、俺らは引き上げる。
すまんとは思うが、こっちでできることはしておくから。勘弁な。
台所を出て、王宮の外へ向かう道すがら、
「おうベリル。ポルタシオ閣下んとこ寄ってくぞ」
こう伝えるとベリルは首を傾げた。
「さんざん食い散らかしたんだ。このまま帰ったらアイツらが可哀想な目に遭っちまうだろうが。つまりはテメェの後始末だ」
「そんなこと言ってさーあ、父ちゃんもめっちゃ食べてたじゃーん。つーか王宮の食材だけあってマジでイイもの揃ってたねー。あーし、ママとクロームァちゃんのお土産まで作っちったも〜ん」
来たときよりも膨らんだリュックをポンポンと叩いてみせる。ホント、稼いでるくせにケチくせぇヤツだな。
このあと閣下のところに顔を出したんだが、不在だった。だもんで、台所でのことを書き置きして俺らは帰ることに。




