ソウルフードだし⑦
いきなり来てしまってよかったのか。いまさらだが気になった。
そんな俺の居心地の悪さを察してか、料理長のコシネーロは、
「ご足労いただき申し訳ありません」
などと繰り返す。
周りの料理人たちも、ズケズケ調理場に入っていくベリルに『大丈夫か?』って不安げな目を向けてる。もちろん遠慮がちに。
これらを丸っと引っくるめて詫びてきたんだろう。
「ねーねー料理長さーん。手ぇどこで洗ったらいーい?」
当たり前に尋ねるベリルに、ほんのり驚いたような間があった。
「そちらの流しでお願いします」
「りょー。んー」
コシネーロに嘗めた返事すると、こんどは俺の方へ持ち上げろと腕を開いてくる。
ベリルの脇を抱えて流しの近くに寄せてやると、コシネーロが横から、
「〝製水〟」
「ひゃはっ。ひゃっこ〜」
魔法で水を流してくれた。
「父ちゃんも」
「俺の手は汚れてねぇぞ」
「ダメ。食べ物扱うとこなんだから、ちゃんと手洗いしなきゃメッだし!」
「そうかい」
んで、手を洗い水滴を払って振り返ると、少し場の雰囲気が変わってた。
「あの、大変失礼なのは承知しておりますし、ポルタシオ将軍様からも説明はされているのですが……」
本当にこのちんまいのがメシを作れるのかって? そう聞きてぇんだろう。
「んな気ぃ使わんでもいい。どう見てもコイツが料理するようには思えんよな。気持ちはわかる」
「あーし——っ⁉︎ んーんー!」
できると言いかけた口を、塞いじまう。
「コイツは口出すだけだ」
「ぷはー。もー父ちゃん!」
「——なっ、ベリル」
文句が口をつく前に、ギギッと眉間に皺を作って教えてやる。これで粗忽者もやらかす寸前だったと悟った。
「ああっと、そーそー、あーしシェフだし。命令して味見するだけのひとー」
「そういうことですか。ですが調理場に入られる際にまず手を洗うとは、ベリル様はよく料理のことを存じておられるのですね」
「まーねー」
多少、台所の雰囲気が柔らかくなった。
とはいえ誇りを持つ職場に、部外者で、しかもガキが我が物顔で乗り込んできたんだ……。料理人たちの心境は察するにあまる。
コシネーロはいいとしても、他の連中はまだ納得いってねぇだろうな。
「料理長っ。本気ですか」
「キミは黙っていたまえ。陛下がハンバーガーなる料理を晩餐にお求めなのだ。我らは少しでも美味しく作って供するより他あるまい」
やはりだ。
「なーる。あんさーあ、アンタらもしかしてハンバーガー嘗めてんの?」
「——おいベリル。やめろ」
「なんでさー」
「コイツらにだって料理人としての意地がある。王宮の台所を預かる者としての誇りだ。それを頭越しに、わけもわからん料理を用意しろって話になってんだ。前向きに取り組もうって姿勢だけでも充分立派だろ」
あえて口にした。ベラベラと一から十まで、どう聞こえるかも考えて。まったく俺らしくもねぇのは承知のうえだ。
その甲斐あってか、コシネーロは異議を申し出た料理人を嗜める。
「キミ。トルトゥーガ子爵様は我らの意を汲んでくださり、こうまで仰ってくださっている。そもそも我らは教えを乞う身なのだぞ」
「…………大変な失礼を申しました」
「いやいや気にすんな。悪ぃのはうちの娘だ。ワッハッハ! これがまた生意気盛りでな、俺もホトホト参ってる」
なんとなく『さて気を取り直して』って空気になりかけた。
だってのに——
「アンタらなんもわかっちゃいねーし。十分後もっかいここに来てみー。ホントのハンバーガーってもんを教えてあげっから」
あーあ。ベリルのやつ言っちまいやがった。
もう退けねぇな、こりゃあ。
「すまんが、コイツの言うとおりにしてやってもらってもいいかい。まず食ってもらって、どういう料理か知ってもらった方が早ぇってことで。アンタらの舌を満足させられる自信はねぇが、ここは俺の顔に免じて、頼む」
「し、子爵様。頭をお上げください」
いちおう爵位持ちの俺に頼まれちゃあ叶わんと、料理人たちは料理場を明け渡してくれた。
戻ってくんのは六〇〇数えたら。
「ったく。半端なもん作ったらエレェ恥かくぞ」
…………。ベリルのやつ、俺の苦言なんか聞きちゃあいねぇよ。
「うっはぁ〜さっすが王様キッチーンっ。胡椒あるし胡椒っ。てかこの牛肉ヤバッ。めっちゃイイやつ〜ぅ、焼くだけでご飯三杯いけちゃうやつじゃーん。ふっひゃ〜あがるわ〜! おおっ、これってデミグラスソース! これ作んのめちゃ大変なんだよねー。とかいってー、あーし市販のしか使ったことねーんだけどー。うっひょひょ〜い、野菜もマジ新鮮っ。これピクルスっぽい? どれどれ宮廷のお味は〜………んん〜! めっちゃ美味〜い。あっ、父ちゃん、誰か来ないか見張っといてね」
もう好き勝手に食材漁ってやがる。まるで、いや、まんま盗み食いだ。
見張れってことは魔法使うってことか。まぁ六〇〇って言っちまったしな。じゃなきゃあ間に合わんわな。
「おうベリル。実際に手ぇ動かしてそんな早く作れるもんなのか?」
「はあ〜? 五分以上待たしたらお客さん怒っちゃうし。一分チャレンジするくらいなんだかんねっ。てかアプリで注文即渡しが基本だし」
またも意味不明な答えのあと、ベリルは高級そうな食材を壺に入れたりフライパンに乗せたり忙しなくして、
「〝ポチィ〟〝ポチィ〟〝ポチィ〟」
と、いつもので済ませちまう。
つうかこの場合、俺が調理したことになるんだよな。細かいこと聞かれたらヘタなこと答えらんねぇぞ。
「いいか。俺は指示されるまんまに手ぇ動かして、なにやったか覚えてねぇ方向でいく」
「さっそく『記憶にございません』すんのー。めっちゃお気に入りじゃーん」
「そう言うな。そもそもテメェの尻拭いなんだから。なに聞かれても上手く合わせろよ」
「ほーい」
またテキトーな返事しやがってからに。
そうこうしてるあいだに、牛肉はミンチになり楕円に整形されてジュージュー火が通っていく。
贅沢に胡椒をぶっ込んでたから、食欲唆る匂いがもう堪らん。
「めっちゃスパイシ〜。ひひっ」
隣のフライパンでは少量の、デミグラスとか言ったか、茶色のソースがグツグツいい香りを撒き散らす。
「おっ、高そーなワイ〜ン。ひひっ。入れちゃえ〜」
焼いてあったパンも真っ二つに切り、焼き目を入れる手の込みよう。おまけに溶かしたバターまで塗ったくって。
葉物野菜はパリパリ千切って、どうしてか水に晒してから思いっきり水切り。
ベリルは宙に浮き、キッチンを行ったり来たりして、あちこちで「〝ポチィ〟」っと……。
できあがったそれらを一つにまとめる。
大人一人を満腹にさせるデカさのハンバーガーをいくつもこさえてった。
ベリルはゆる〜り着地。そこで六〇〇。
「もう、よろしいでしょうか?」
見計らったような間でゾロゾロと料理人たちが戻ってきた。
そして出来上がったもんを見て目を剥く。
「——ト、トルトゥーガ様。これは⁉︎」
と慄く連中に、ベリルはなんでもないようにハンバーガーの説明をはじめた。
使った食材を聞くたびに一同の頬が引き攣っていく。だってのに問題幼児は得意げに喋るのをやめねぇ。
そして締めくくりに、
「マジ美味だし。冷める前にどーぞ」
だとよ。
手間暇とカネのかかる食材をふんだんにブチ込んでるんだ。マズイわけがない。誰もがそういう表情。
だがしかし、それも束の間。歪んだ表情の裏っ側ではスゲェ葛藤してたらしく……。
「な、なぁ……食べてしまってもいいのか?」
「そりゃあ食べるしかないだろう」
「だ、だよな」
「これも晩餐で出す料理の研究ってことで」
「オマエいいこと言うな。そのとおりだ」
「ではキミたち。試食といこう」
「「「はい。料理長」」」
ってな具合に自分を納得させたら、かぶりつく。
美味さに目尻を下げる料理人たちへ、ベリルは渾身のドヤ顔だ。
コイツらがやらかしちまった現実に気づくのは、食べ終えて、たっぷり余韻に浸ったあとだった。




