ソウルフードだし⑤
まだ食ってるよ。
とっくに晩メシは終わっていて、イエーロは仕事が残ってると店へ、クロームァはサユサを寝かしつけると寝室へ。
だってのにベリルのやつ、未だに食卓に居座り、モリモリ米の塊を食ってやがるんだ。
「やっぱしオニギリだし〜……」
丸めた米を両手に持ち、その片方を食い終えるとちょいちょい塩漬け野菜を摘んで、また別のを手にして延々と食いつづけるんだ。
そんで、ふと遠い目ぇしたと思えば、
「東方、侵略しなくっちゃ……」
などとほざく。
大丈夫か? この米ってのには、頭がイカれちまうヤバェもんでも混じってんじゃねぇのか?
「うふふっ。ベリルちゃんは本当にお米が大好きなのねえ」
俺の心配を他所に、ヒスイはスープを持ってきた。干した海藻からダシをとったもんらしい。
「ふっひょ〜う! ママわかってる〜う。こーゆーのゴハンとめちゃ合うしー」
「ママも昔食べたことがあるもの」
ヒスイが東方にいた頃なら、かなり昔の——や、やめておこう。台所には似つかわしくねぇ殺気を向けられちゃあ叶わん。
さておきだ。東方までの道のりは険しい。
大公国と以前も話にでた大昔に勇者が建てた帝国を抜けた、さらに奥。
しかもそっから先は敵対種や魔物だらけ。勢力をデカくした種が魔王を名乗り暴れまわる危険地帯だ。
とてもじゃねぇが足を踏み込みたくねぇ。
陸路だと、大規模なキャラバン組んだとして、戻って来れる割合は十に一つより少ないと聞く。
だから希少価値も相まって、いまベリルがモリモリ食ってる米の塊は、銀貨数枚くれぇの価値となる。
おそらく商隊が帰路のぶんに買い込んだ食料の余りなんだろう。それでも珍しい食い物ってのはバカ高い。
そんな高価な品を、惜しげもなく腹に納めてって……、
「父ちゃんもオニギリいる?」
だとよ。
もちろん首を横に振って応えた。
ケチなコイツが珍しく大盤振る舞いだ。こないだ財布をスッカラカンにしたばっかだってのに入ってきたカネ使い果たすたぁ、よっぽどご機嫌なんだろう。
でもなぁ……。やたら腹持ちがいいのもあって、まだ食う気にはなれん。なにより金額を考えたら食欲なんか失せちまうぜ。
だってのにベリルのやつ、ぽっこり腹をさらに膨らませてケプーケプー怪しい息遣いのまんま、それでもオニギリを口に運んでく。
「ムリに全部食わんでもいいだろ」
「わかってんだけどさーあ、美味しくって美味しくって〜」
「いい加減にせんとデブになるぞ」
「——ンキィイイイー! そーゆーこと言っちゃーう。言っちゃうわけっ」
オニギリとやらを両手持ちでグイグイ凄まれてもよぉ……。
「わぁったわぁった悪かったって。んな怒るなっての」
「まったくもー。マジ父ちゃんってばデリカシーねーし」
プンスカと、また米で頬を膨らませる。
そんなベリルの暴食っぷりを見て、ヒスイはこぼす。小言ではなく、
「やはり言い伝えのとおりなのですね」
っつう感想を。
「彼らはお米に執着するとありましたが、本当の話でしたか」
いまのベリルを見てると『執着なんて大袈裟な』たぁ言えねぇな。固執、いや妄執と呼んでいいほどだ。
こっちの話なんてまるで興味を示さず、ひたすら食いつづけてんだからよ。
それでも限度はある。
「ふぃい〜……食ったくった〜。も〜食べらんなーい。ぷっほあぁぁ〜……幸せぇぇ……幸せすぎるしぃぃ……。でもさー、こーなってくると醤油と味噌も欲しくなっちゃうよね〜」
ようやく満足したようだ。が、食い終われば、
「父ちゃん、いつにするー?」
「なんの話だ」
「東方しんせー」
また戯言がはじまった。
「あらまあ親征だなんて、怖あい」
ヒスイはコロコロ笑ってるがよ、ベリルと違って意味わかってんだろうに。
「オメェはいつから王様になったんだ。テキトーほざくのもいい加減にしろ」
「しんせーって王様がやるやつだっけー? なら東方遠征でもいーけどー。んで、いつにする?」
「するかボケ」
現実味のねぇ話すぎて、聞くのもアホらしくなる。
「東方はとても遠いのよ」
「どんくらーい?」
「そうねえ……、運良く敵対種や魔王を避けられたとしても、一年くらいはかかるかしら。道中の敵を平らげて進むとなると、十年で足りるかどうか」
ダークエルフの集団なら、もう少し早いんだろうけどな。あくまで一般的に言われてる距離を伝えたんだろう。だとしても遠すぎるわな。
「ベリルちゃんは東方に行ってみたいの?」
「んーんー、ぜんぜーん。野宿とかしなきゃなんでしょ〜。湯船に浸かれない生活とかマジムリ、考えらんねーし。あーしは、お米と味噌と醤油と味醂と海苔と昆布と干し椎茸と梅干しが欲しーだけー」
おいおい、どんどん欲しい物が増えてってねぇか。
「海藻やキノコなら、ミネラリアでも手に入るのではなくて」
「そーなん! そーいや乾物屋さんあったよーな……」
「さっきベリルちゃんに出したスープにも海藻を使ったもの」
「ほーほー。つーことは近くに海あんの?」
「ええ。このあいだのラベリント伯爵領からずっと先にあるわよ」
ヒスイ、あんま余計なこと教えんなや。
「父ちゃん!」
ほれきた。
「却下だ」
「あーしまだなんも言ってねーし」
「どうせ侵略云々言い出すつもりだろ」
「そーゆーんじゃねーもーん。王都の用事終わったら、帰る前にちょろっと海見てきたいなーって思っただけー」
ホントかよ。
「んで、お船で東方行ってもらおっかなーって」
そうくるか。
「まさか、陸地に沿って海から回ってこうってぇ魂胆じゃねぇだろうな?」
「そのまさかだし」
俺ぁ船のことは知らんが、たぶんムリだろ。
「ヒスイ。できねぇことはできんと教えてやれ」
「私も乗ったことがあるだけで詳しいことはわかりませんけれど、ベリルちゃんが考えているようには船は進まないと思うわ」
「ほせんってやつでしょー。あーし知ってるもん」
「うふふっ。帆船のことかしら」
「そーそーそれ! ママの魔法なら風ビューッて進めちゃいそーじゃん」
帆の柱がメキメキ折れちまう未来しか見えんだろ、普通に考えて。
「そうねえ……、気になるなら帰りに船を見ていきましょうか。ねえあなた、構いませんか?」
いい勉強にはなるんだろう。でもなぁ……。
「その元気が残ってたらな」
「ん? そーいや父ちゃん、なんか勿体つけてたね。『話は晩メシんときだぜーい』みたいにー」
テメェにだけは勿体つけるとか言われたくねぇぞ。
「それなんだがな、いいか、二人とも落ち着いてよっく聞け」
と前置きをして、お茶会という名の数日間にわたる喚問についてを話していった。




