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ソウルフードだし④


 イエーロたちが暮らすのはアンテナショップの二階で、そこにはいくつかの部屋と台所なんかもある。

 風呂は公衆浴場を使ってるそうだが、不便せんらしい。


「父ちゃん、ゴハンできたし。ほっかほかご飯炊けたし」


 と、いつにも増して昂ったベリルが呼びにきた。

 で、引っぱられるまま休んでた部屋から食卓へ。


「……変わった匂いだな」

「ひっひっひっ。めちゃヤバいから」


 相当自信があるらしい。いまのベリルのツラの方がよっぽどヤベェ気もするんだが、そいつは言うまい。


 こいつが米か。麦みてぇな粒で、白い。それがふっくらツヤツヤしてらぁ。


「そんなに美味ぇもんなのかい?」

「あーしのソールフードだし。てか、そのまんま食べてもいーんだけどー」


 と勿体つけ、米の上に塩揉みした葉野菜を、さらにパンくずの衣をつけて揚げた肉も乗せた。仕上げに、とろみのあるソースを少しかけて完成のようだ。


「ヘーイッ。塩カツ丼おまちーい」

「ほう。これが前に言ってたカツ丼とやらか」

「ホントはちょっと違うんだけどねー。あるもんで作ったらこーなっちった。けど塩ベースで野菜とか煮込んだソース、トンカツとめちゃ相性よかったし」


 雑に見えて、かなり手の込んだ料理なんだな。

 じゃあ冷める前に、と摘もうとしたら——パシッ。手ぇ(はた)き落とされた。


「んだよ」

「まだみんな揃ってないでしょー。ちゃーんと『いただきます』してからっ」

「そうかい。ならさっさと呼んでこいよ」

「ゼーッタイ摘み食いとかダメなんだかんねっ」


 と言い残して、ベリルはヒスイやイエーロたちを呼びにいった。

 しかしな、ダメと言われると余計に手が伸びちまうのが人情ってもんだ。


 見ると、トンカツとやらは細長く切られている。ならば真ん中を食って寄せちまえばバレるこたぁねぇ。チョロいぜ。


 一本抜いて口んなかへ納めちまう、と——(あち)っ、が、美味ぇ!

 いい塩梅の噛み応えと、溢れる肉汁、サクサクな衣に含んだ油の香りも……ふぅ。堪らんな。

 思わずもう一つと伸びちまいそうになる手ぇ抑えんのに、苦労したぜ。

 グッとガマンしたら、すぐにトンカツを寄せて上手いこと摘み食いの痕跡を隠しちまう。


 それが終わった時分に、ヒスイたちが来た。

 へへっ。俺の偽装は完璧だ。バレるわきゃあねぇ。


「——ああ! 父ちゃん摘み食いしてるしー」


 タカを括ってたら、なぜかベリルにバレた。

 いいやまだだ。いまのはカマ掛けに決まってる。


「……証拠でもあんのか」

「はあー? んなもん口の周りテッカテカしてっからモロわかりだっつーのー」


 んなわけあるか! 俺はひと口で食ってやったんだ。油なんかついてるわけねぇ。

 まさかと思い口元を拭う。

 するとベリルは意地悪そうに口許を歪めた。


「ふっふっふっ。愚か者が引っかかったし」

 

 ぬ、抜かった。俺としたことがっ。


「どれどれー。ほらやっぱしー。あーし八つに切ったのに七本しかないじゃーん。んん〜、どーなん父ちゃん。罪を認めるかねー?」

「すまん。あんまりに美味そうだったもんで、ついな」

「まったくもー、子供じゃねーんだしさー」


 クッ。見た目三歳児のベリルだけには言われたくねぇセリフだが、なんも言い返せねぇ。


「うふふっ。アセーロさんとばかり遊んでいないで、ママたちにもベリルちゃんの自信作をちょうだいな」

「ひひっ。マジ期待していーしー」


 ヒスイがテーブルにつくと、ベリルは台所へ。

 それを追いかけてクロームァが手伝いにいく。ついでになぜかイエーロも。


「アイツも炊事すんのか?」

「ええ。夫婦仲良く台所に立つときもあれば、サユサちゃんのお世話で忙しいクロームァの代わりにお料理をすることもあるそうですよ」


 え、なにそれ。俺ぁ普段からそんなことせんぞ。なんだか聞いてて肩身狭ぇな。


 米に塩揉み野菜とトンカツを乗っけるだけだから、すぐに支度は整い、全員が席についた。


「えっとねー、あったかい渋めのお茶も用意してあるから途中でかけて食べてみてー。サラサラいけちゃうし」


 ほぉう。そんな食い方してもいいんか。

 ベリルも早く食いたいのか、常より言葉少なく料理の説明を切り上げて、


「「「いただきます」」」


 食事がはじまった。


 クロームァの隣に座ってるサユサは、見慣れん者らがメシ食ってるって落ち着かん様子。

 騒ぐわけじゃねぇが『なにしてんの、コイツら?』みてぇにジッとこっちを観察してくる。

 それがだんだんと『おうテメェ美味そうなもん食ってるな。それこっちにもよこせ』って太々しい顔つきに。


「サユサちゃん、離乳食はまだなん?」

「ええ。まだ早いかと」

「そっかー。あーしらだけゴハン食べちゃってごめんねー。もうちょい大っきくなったら、ねーねが美味しいお粥作ってあげっからねー」

「……あぶぁ」

「ベリル叔母さんは優しいな。なぁサユサ」

「——ちょい兄ちゃん! オバサンやめてマジやめて」

「そうですよ、イエーロさん。ベリル様はまだまだ可愛らしいお年頃なんですから」

「そーだそーだー。クロームァちゃんの言うとーりだし!」


 とうとうイエーロもベリルをイジるようになったか。あんなにやられっぱなしだったのによぉ。


 しかしあれだな。トンカツは美味ぇ。塩揉み野菜との相性も抜群にいい。とろっとろに煮込んだ野菜ソースとやらも文句のつけようがねぇ。

 しかし米……。これ言うほど美味ぇか? 美味いか不味いかで言えば、美味い。だがベリルが大騒ぎするほどのもんでもねぇように感じちまう。

 だというのに、


「むっはぁ〜……ヤバッ……ヤバすぎ。米最強だしぃ〜……」


 そこには恍惚とメシ食う娘の姿があった。


 ここでチャチャ入れんのは、無粋か。

 実際、美味いは美味いんだしな。


「なぁベリル。珍しい食い物ならけっこうしたんじゃねぇのか?」

「そーかもー。こんくらいの一袋で金貨一枚だったし。あーし換算だと米一キロだいたい百万円みたいな感じー。ぷははっ。笑えるくらい高けーし」


 ……………………は? 高すぎて笑えねぇよ。たとえベリルの財布から出したとしてもな。


「いっや〜、見っけたときめちゃ感動しちゃってさー。思わず大人買いしちったもーん」

「大人買いとは?」

「ある在庫ぜーんぶ買い占めっ」


 お、おう。そりゃあ豪気だな……。

 この食卓、地味に王侯貴族の晩餐料理並みの値になってんじゃねぇか?

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