迷宮から放たれた災い⑩
「オラおかわりだ、ゴッ——ラァアァアッ!」
まずはチョロチョロされねぇように、膝からブッ壊してやった。
つづいて銅貨を投げつけるのは肩だ。左右にしこたまぶつけてやる。
骸骨野郎のヒョロい身体を貫いたりメリ込んだり、とにかくいままでがウソみてぇに攻撃が効いていく。
「父ちゃーん。おかわり持ってきたし。じゃんじゃん投げ銭やっちゃってー」
『グヌヌ……外つ世の魂らは、そうやってそうやってェエエエッ、いつも常識を度外視したマネを——』
「黙れや!」
『グへッ!』
「おうコラ喜べ。うちの問題幼児からの奢りだとよ。しこたま喰らいやがれ!」
『フゲッ、グホォォ!』
「万枚超えだ。まだまだ休むには早ぇぞっ。オラオラオラオラァァアーッ!」
『グアッ、やめっ、こらっ、ゔ、グォォォォォォォオォォォォ……』
だんだん肩が怠くなってきたが、さっきまでの絶望感が一転したせいか、すこぶる躁状態。
おかげでそっからもゲラゲラ笑いながら銅貨ぜんぶ投げ切ってやったぜ。
………………
…………
……
もう、うんともすんとも言わんな。
影も形も残っちゃいねぇ。見えるのはこんもり積まれた銅貨の山だけ。
「ハァ、ハァ……ハァ、ハァ……くっそ。もぉぉぉう投げられん。あぁ疲れた。あぁ〜しんどっ」
「どーだホネホネゾンビ! あーしの財力、思い知ったかー。わーっはっはっはー!」
このころにはヒスイも少しは回復したようで、傍によって俺を支えてきた。
「で、これどうするか」
「たぶんですけれど、銅貨を象る神気によって抑え込まれているのだと思います。もしかしたら消滅してしまったかもしれません。ですが、硬貨を動かした途端、ということも考えられますので……」
「つまりは?」
「このまま埋めてしまうのがよいかと」
「あーあー。あーしの全財産が〜……。まっ、勿体ないけどしゃーないっ」
つうわけで、とんでもなくアホらしい幕切れになったが、なんとか俺ら全員生き残れた。
埋めちまうって作業は……、すぐには考えたくねぇな。
骸骨野郎がベリルについてなんだかんだとほざいてたが、それだってどうだっていい。
とにかくいまは、娘も女房も俺自身も無事だったことを喜ぼう。
◇
なんとか大穴から這い出し、交代で休憩をとったのち、俺らは銅貨の山ごと埋めはじめた。
つっても道具もなしじゃあヒスイの魔法頼りになっちまう。だから俺の出番はなしだ。
「どうしましょう。土砂が足りません」
空に舞って風に流されてたぶんが多かったんだろう。大穴のまわりに盛られていた土塊だけでは埋めきれなかった。
ここまでは、あたりの土を素に『石柱』を落としまくってった。
つづきをなにもないところからとなると、いくらヒスイでも魔力が心伴い。
「残りは水溜めちゃえば。〝ポチィ〟」
と、ベリルがデカい池にしちまって、後始末終了。
もうこれでいいや。クッタクタだ。
——そして帰り道。
魔導トライクは壊れちまったんで、歩き。それはいい。だがよぉ……。
「ひひっ。ママ、お姫さま抱っこされてるしー。きゃー、めっちゃ愛されちゃってんじゃーん」
「もうベリルちゃんったら。ママ、恥ずかしいわ」
「うっひゃー、ママってば照れてるしー。めっちゃ可愛いしー」
普通におぶられとけばいいもんを、やたら腕が疲れる抱え方させられてる。
俺がヒスイを持ち上げて、そのヒスイがベリルを抱っこしてるんだ。
どのあたりがお姫様抱っこの由来になってんのかは、知らん。ただ腕がしんどい。ホント疲れる。
物申したくはあるが、大穴を埋める際に俺はなんにもしなかった点を盾に迫られちゃあ文句も言えねぇ。
つうか、こんくれぇのワガママなら付き合ってやりたい気分でもあった。
たぶん疲労による一過性の気の迷いだろう。
とにかく、呑気に山を下ってく。
いま手練れに襲われたら一溜りもねぇほど、気ぃ抜いて。そしたら……、あっ。
「ヒスイ様?」
「旦那?」
完全武装したダークエルフたちと大鬼たちと、こんにちは。おまけに『なにしてんだ? コイツら』っつう呆れ顔でお出迎え。
連中からしたら、死地に赴くぞって腹括ったところへ無警戒に戯れてる俺らと鉢合わせたわけだ。
さすがにバツが悪ぃな……。
ヒスイも同じ気分なのかすぐに降り立ち、そして何事もなかったかように淡々と、
「やはりアンデッドの王だったわ。推定アークウィザードからアンデッド化したリッチー、いいえ、そのさらに上位の存在かもしれない。けれど安心なさい。すでに封印済み。以上よ」
こう現状を伝えた。キリッと。
「「「はっ!」」」
一斉に、ダークエルフの一党は跪く。
「ヒスイ様。王国からは、ポルタシオ将軍率いる軍勢が王都を発ち、現在こちらへ急行しております」
こういう報告がすんなりくるあたり、うちの連中とは教育が違うな。
「あーあ。もー終わっちゃったのにー」
「まだここいらの復興やらなんやらがあるだろ。人っ子一人残っちゃいえねぇんだろうがよ」
「旦那っ。ちぃと厄介なことを耳にしまして、」
うっわぁ、聞きたくねぇなぁ。
とは言ってられんか。
「実はラベリント伯爵、真っ先に逃げてたらしく、王国軍といっしょにこっちに向かってるそうなんでさぁ」
「真偽のほどは?」
「王都方面に報せに走った者からの話なんで、まず間違いねぇかと」
本来ならポルタシオ将軍に経緯の報告なりなんなりせねばならんところだが、もうぜんぶ放っぽりだして帰りたくなっちまった。とはいえだ。
「しばらくは帰れんな」
「迷宮オジサンとかどーでもいーし。そんなんより、ゴーブレとチビっ子ちゃんたちどーなったん?」
「へい、小悪魔殿。ゴーブレの野郎と連れてたチビたちは、近くの村におりやす。全員無事ですぜ」
「おおー、よかったよかったー。ねっ、父ちゃん、ママ。マジあーしらガンバった甲斐あったし〜」
——おいバカたれ。
「ベリルちゃん。メッよ、メッ」
「あ、あああ、あーしが応援ガンバったおかげかなー。フレフレガンバレーって。ねー父ちゃん、ねっねっねっ、ねーってばーっ」
しっかたねぇな。ったく。
疲れてんのにダークエルフらの指揮を残されたまんまヒスイが離れちまったら困るし、口の軽ぃ問題幼児を助けてやるとするか。
「おうヒスイ。どうでもいいが俺ぁ空腹だ。麓の開けたところへ向かって、天幕張るなりメシの支度なりあんだろ。ベリルをシメんのはそのあとにしとけ」
「——ちょおおおーっと! それってぜんぜん助けてくれてねーしー。棚上げってやつだしー。マジありえねーしー」
しーしーうっせ。知るかボケ。俺だってテメェのムチャには山ほど説教かましてやりてぇ気分なんだ。




