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迷宮から放たれた災い⑨


 とんでもない魔力を撒き散らすベリルは、


外つ世の魂(キサマ)は魂魄が朽ち落ちるまでありとあらゆる苦痛を与えた末に、次元の彼方へと葬り去ってくれるわ』


 骸骨野郎の煽りなんか無視。


「ポォ〜……」


 甲高い声とともに左右の人差し指を立て、


「チチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチィイ、プゥオチーィ!」


 地面をツンツンしまくる。

 口と手が合ってねぇが、ひたすら突っつく。


 その効果は——大穴のあちこちから間欠泉の如く吹く高水圧の魔法になって現れた。だがよ!


『なにをするかと思えば……くだらぬ』


 たしかにスゲェ水の勢いだ。でも仮に沈めたとしても窒息も狙えん。一瞬期待しちまったが、やっぱダメだ。


「おい、さっさと——」


 逃げろって怒鳴りつけてもベリルは聞かねぇ。

 それどころかこんどは転がってた魔導トライクの前輪を拾い、両腕で抱え、


「ふんぬんぬんぬんぬんっぬぉおおお——」


 グルングルン自分を軸に回りはじめ、


「だっしゃああああああー!」


 放り投げた。

 しかし声に出してるほどの勢いもなくポテッと落ちる、かに見えたが——


 キュウィィィィィィィイイイイイーン‼︎

 地面スレスレで車輪がけたたましく空気を引き裂き、空の彼方へ。


『どこを狙っておる』


 そう。速度はスゲェが明後日も明後日の方向へ飛んでっちまったんだ。が、まだ終わらない。

 投げたモンの行方なんぞ気にもせず、ベリルは左右に二本指をたてて地面に突き刺す。

 こんどは深く。そして呟く。


「〝ビリビリ〟〝バリバリ〟」


 パチッ、パチパチッ、パチン。

 あたりに小さな雷が無数に弾けた。

 ベリルの髪は逆立ち、落ちてた釘の屑や鉄の破片、地面からは鉄の粒なんかが一斉に浮く。

 ただ浮くだけじゃない。それは瞬く間に集まり束になり、やがて二本の歪な鉄柱——いや、長く太い鉄寸になった。


「〝うっっ、うぇえええええーい〟」


 ベリルは気合いを込めて妙な握りの左手を振るう。

 すると大穴の骸骨野郎を目掛けて放たれた。

 直撃すれば大抵の生き物は弾け飛ぶほどの、尖った重量物。

 しかし骸骨野郎はそれを食らっても、


『フッ。くどい魔法だ』


 たぶん無傷。すり抜けたように見えたから、当たったのかすら定かじゃあない。


 ただ、骸骨野郎は嘲笑うだけ。

 最後まで好きにやらせ、精魂搾り尽くしたところで嘲笑いながら嬲ってやろうっつう陰湿な声音で、


『終いか?』


 問うてくる。

 対してベリルは天に手のひら掲げ、


「〝超ぉおおおっ・電っ気っぶんかぁあああああーい!〟」


 新たな魔法を重ね、応えた。


 腕を振り下ろし指し示す——指先が骸骨野郎に突きつけられた——直後!


 いったいなにが起こったのか⁉︎

 視界のすべてが真っ白な光に覆われ、無数の紫の筋が走り、一点目掛けて集う。

 僅かにズレた鼓膜をつん裂く轟音。

 ここでようやく、いまのが稲光だったんだと気づく。


 どれを取っても、一つ一つは膨大な魔力をぶち撒けた規模ばかりがデカい魔法。まともに食らえば、どんな大軍だって大惨事だ。

 だってのにいまの雷撃ですらヤツを仕留める、どころか微塵も損害を与えられた気がせん。


 だが、ややあって眩さに目が慣れてくると、いつくものデタラメ魔法がよりメチャクチャな魔法——いや、天変地異への贄でしかなかったと知る。


 不思議なのはあれほど大量の、大穴の半分まであった水が綺麗さっぱり消えていたんだ。

 蒸発したんじゃねぇ。湯気一つないからこそ消えたと言い表した。


 さらには地面に突き刺さった太っとい鉄寸(まと)目掛けて、落雷が集中したんだろうとわかる。

 なぜわかったかと言えば、二本の鉄寸は雷を帯びていて、紫電が走ったからだ。

 その両端からの雷が繋がった——バチッ——途端、火の粉、発火——————大穴が爆ぜた。



 そして天を貫く極太の火柱が立つ。



 あまりに咄嗟のことで俺はベリルの前に立つしか、余波の壁になってやるしかできなかった。

 地に根を生やすつもりで身体を屈め、腕を顔の前で交差させる。それが精一杯。

 なんとか大穴のおかげで、爆裂は上方へ衝撃のほとんどを向けた。だからってこっちが無事で済むわけじゃねぇ。


 いろんなモンが飛んできて、ガツガツぶつかる。あちこち痛ぇし、熱ぃ。


 ………………

 …………

 ……


 ようやく収まったか。


 衝動的に振り返ると、目にしたのは鼻血垂らしたベリルが白目剥いてコテンと尻餅つくさま。

 なにかがぶつかったわけじゃあねぇようだ。

 魔力切れ寸前まで死力を尽くした、全身全霊を注いだ魔法で腰が抜けちまったんだろう。


「——あう()っ」


 ケツ打った痛みで、いちおう目ぇ覚ましたみてぇだな。


 だが……。


 ここまでしたってのに、


『なんと不完全な。ムダばかりの欠陥魔法だ。我が待たなければ発動すら覚束ぬではないか。外つ世の魂(キサマら)は、いつもそのような無意味なマネをして我を不愉快にさせる』


 ちっとも効いた様子がねぇ。

 多少イラつかせたくれぇか。


 唯一救われた気分になったのは、


「——はっ!」


 と立ち上がったベリルが、俺になにも言わず背を向けて駆けてったこと。


 ようやくホッとできたぜ。

 それでいい。はじめっからそうやって逃げとけっての。


 怖い思いさせて、すまんかったな。

 オメェの母ちゃんもいっしょに連れてかせてやりたかったが……、悪ぃ。そいつぁムリそうだ。


 こっから俺がギリギリまで粘る。で、ヒスイが目ぇ覚まして、そっからは二人がかりで少しでも時間を稼ぐ。

 だからよ、できるだけ遠くへ逃げてくれ。


 手段は選ばん。舌先三寸は得意じゃねぇんだが、この際、得手不得手は言ってられん。

 斧槍はとっくの昔に砕けて無くなっちまったからには、この先は身ぃ一つで耐えなきゃならねぇ。


 瞬き一つぶんでも長く、ベリルが逃げる時間を捻り出してやる。


 俺は拳で手のひらをパシンパシン鳴らし、


「おうおう。アンタぁスゲェバケモンなんだろ。せっかくだ。ここは一つ、俺とチカラ比べといこうじゃねぇか」


 挑発してみた。

 こんな底の浅い手に乗ってくるのなんて、俺と同程度のアホであるウァルゴードン殿くれぇだろう。

 と、いちおうダメ元で言ってみれば『よかろう』だとよ。おまけに腕をあげて手のひらを掲げてきやがった。


 正直、触れた瞬間に精気吸引(ドレインタッチ)がくるかもってビビり入ったが、野郎は望むところらしい。そういう気配だ。


 じゃあさっそく、と大穴へ飛び込んでやろうとするも——なぜ目の前にいる⁉︎

 いつの間に⁇ 瞬間的に移動する魔法か? 体捌きか? それとも身体の強さそのものの差か?


 疑問はいくらでも湧くが、そんなもんに構ってられん。

 挑発するみてぇにプラプラさせた野郎の骨と皮だけの手を掴んで————うおぅ⁉︎ 

 おっ、おいおいウソだろっ。その細腕になんでこんな馬鹿力がっ。


 思わずもう片方で支えちまって、不本意ながら両腕対片腕のチカラ比べに。


『ふむ。筋骨に魔力を帯びさせ肉体の追従性を増すか。生者としては良い出来だ。賞賛に値する』


 ヤベッ。コイツが本気だしたら途端にペチャンと潰されちまうぞ。


 食いしばる歯が欠けそうで、浮きあがる血管はどれも切れちまいそうで、頭が沸騰しちまうくれぇに気張っても足りねぇ。


 完全に考えを、いかに時間を稼ぐかに絞り込んでも、これか……。バケモノめっ!


 くっそ。本能が生き延びることを諦めちまったようだ。

 燃え尽きる寸前だと自分でもわかる……。


 おうベリル、どこまで逃げられた?

 オメェは短足だからな。そう遠くまでは行ってねぇんか。


 なんとか上手いこと生き延びてくれ。そっから先は兄貴(イエーロ)と仲良くすんだぞ。

 うちの連中もみんな、オメェさえいれば食いっぱぐれるこたぁねぇだろう。ならあとは好きに暮らせばいいさ。

 もう俺が口煩く言うこともねぇんだからよ。


 まだまだ伝えてぇことは山ほどある。してやりたかったことだって。

 もっとたくさん、娘のワガママ聞いてやりたかったぜ……。


 ベリルはぜんぜん背ぇ伸びねぇから、大人になった姿……ハハッ。ダメだ、想像すらできねぇや。

 ヒスイみてぇな美人に育てばいいんだが、俺の血も混じってるからな。そいつぁムリな相談ってやつか。


 あーあ。この目にできん未来を想う時間すら、俺には残されちゃいねぇらしい。


 ここまでか……っ。


 最後を悟るかその前か、とにかくギリギリ寸前の崖っぷりスレスレ間際!



「鬼はー、外っ!」



 ————はあぁあああああああああああ〜ッ‼︎

 ベリル⁉︎

 なんでオメェがここにいるっ⁉︎


『……グッ』

「福はー、内っ!」

『や、やめよ……』

「鬼はー、外っ!」

『ええい! 外つ世の魂め!』


 なにを楽しそうにっ。どうして銅貨投げつけて遊んでやがる!

 もしかして俺といっしょに抗ってくれるつもりなのか?

 やめろっ。いいから逃げてくれ! そんなもんで……ん⁉︎ …………んん? 


 ————んんんっ⁇

 どう見ても普通に当たってんだが。しかも効いてるっぽい。どういうことだ? 不思議と潰されそうだった圧も消えてるしよ。


 数多に浮かぶ疑問符はさておき、


『クッ、鬱陶しい……』

「福はー、内っ! と、ついでに父ちゃんの——ヤクザキィーック‼︎」


 言われるまんまに身体が反応した。

 腰を切り、足裏で思いっきり野郎の胴を蹴り込む。ちょうどそこには投げられた銅貨があったが、


「——クォラァアアアーッッ‼︎」


 んなもん気にせず足の裏で蹴り飛ばしてやった。


『グォ!』


 びっくりするくれぇアッサリだった。

 ほぼ手応えはなかったが、蹴りの勢いで骸骨野郎は大穴に転げてったんだ。


 なんだか悲壮な独白を台無しにされた気分だが、んなもんあとでいくらでも思い出して悶えてやるさ。

 いまは骸骨野郎をブッチメんのが先だ。


「父ちゃん、はいこれ。銅貨もっと持ってくんねー」


 ポンッと手渡された硬貨袋を見て、なるほどとほくそ笑む。ニタニタが止まらねぇよ。


「そうかいそうかいそうだったんか。オメェ、銅貨(こいつ)が苦手だったんだなぁ。ありがてぇ神気の塊、カネが怖ぇたぁなぁ。いいこと知っちまったぜぇ。ぇえ——ゴラァア‼︎」


 そっから俺は、転げ落ちた骸骨野郎を追い、大穴のなかへ飛び込む。

 併せてチカラいっぱい腕を振りかぶり、握り込んだ銅貨を投げつけた。


『グへラッ!』


 効いてる効いてる効いてやがる。ざまぁみろこんちきしょうめ。

 骨と皮だけのガリガリな身体のあちこちに銅貨がめり込んで、ヤツを蝕んでいくぞ。

 さっきまではなにしてもダメだったのになぁ。

 ジュウジュウ煙立てて、ずいぶんと情けなく鳴くじゃねぇか。へへっ。


「さんざん追い詰めてくれたぶん、キッチリ銅貨くれてやっからよぉ。——覚悟しやがれ!」

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