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迷宮から放たれた災い⑧


 真っ先に空中でベリルを捉まえた。


 魔導トライクはかなり後ろ。もう降り立ってから、戻って起こして走らせてってグダグダやってる時間は残ってねぇ。


 追ってくる腐れ肉どもは引き離せたが、代わりにヒスイの魔法の一部——幾重もの魔力の障壁が、もうすぐそこまで。まだまだ重ねられてて、こっちへグングン迫ってきやがる。


「うひゃ! 映画のやつ〜、基地のシャッターバンバンしまってくアレみたーい!」


 おそらくだが標的の骸骨野郎を中心に、封じ込めも兼ねて球状に魔力の囲いが何枚も張られてってる。

 だからあの内側に取り残されたら、魔力障壁を破って進むしかなくなっちまう。深部よりは薄いだろうから破れなくはねぇ。

 巻き添え喰らったら一発昇天だから、最悪はそうするが。


 しかしそうなると、ヒスイも大規模魔法の威力を制御しきれず、自分らや周囲にどんな被害を及ぼすか読めなくなる。

 結果ここまで組み上げた魔力自体を破棄せざるを得ず、身体張って稼いだ時間もヒスイの莫大な魔力もベリルの向こう見ずなマネも、ぜんぶムダになっちまう。


 つうわけで、いま俺はベリルを小脇に抱えて全力疾走中。


「うひゃ、ほげっ、ひひゃあ〜! なにこれマジッ、ラグビーボールのきぶぅうぅぅぅ〜ん!」

「黙ってろ! 舌噛むぞ」


 ちっくしょう。お気に入りの斧槍も置いてきちまった。たぶんダメだろうな。


 んなことを気にしつつも脚は思いっきり地面を踏み蹴り、腕を振って、ひたすら突っ走る。


 そしてヒスイが見えたら、


「トラァァァァァァ〜イ!」


 その足元へ跳ねて滑り込む。

 意味わからん叫びをあげるベリルが激突せんよう、背を反らせて——ふげっ——腹から地面へ。


 着地と同時にヒスイの魔法が整い——


「〝九天の彼方を彷徨う塵芥よ、集い欠片ほどの星々となりて、かの敵を討ち滅さん。穿て……。大隕石群(ミーティアライツ)〟」



 空が、落ちてきたんだ。



 大袈裟に聞こえちまうかもしれん。でもバカデケェ塊がいくつも煌々と炎の尾をひいて降ってくるさまは、そうとしか言い表しようがねぇ。

 落下地点が、すぐそこって近さなのもあってか、自分の頭上目掛けてくると錯覚しちまうんだ。


 ほんの一瞬の出来事が、スゲェ緩慢に。それほどまで生命の危機を報せる威容。

 ムダに身体は強張るばかり。


 輪郭が霞むくれぇ勢いついた巨塊群が球状の魔力障壁の一点に集い、天辺からバリバリパリパリ割り進んでって、目標と——



 衝突。



 球状の障壁、その内側は混沌そのもの。

 衝撃、破壊、粉砕、その他諸々が一人分の狭さに圧し込められて猛烈に乱れる。

 瞬き一つあるかないか、障壁天辺の穴からは塵にまで砕かれた土砂が柱を立てた。


 砂塵の柱は天を突く勢いでグングン伸びていく。先がどこまでつづいてるかもわからん。空の果てまで届いたと言われても不思議には思わねぇ。


 ——ここまですべて、ひと呼吸にも満たないあいだに起きたこと。


 そして瞬きを二つか三つ。


 強風に煽られた砂塵は、帰る場所を間違えてあちこちへパラパラ散っていった。


「ほぅ……。上手くできました」


 このヒスイのセリフを待ってたかのように、破壊の限りを尽くす暴威を閉じ込めていた衝立は、崩れ去る。

 終いは、僅かに頬をくすぐる余波だけをこっちへ寄越してきた。

 おまけにブッ壊れた魔導トライクの車輪の一つも、コロコロと……。


 俺もベリルも足元すぐまで地面にポッカリ空いた大穴を見て、ポカーンと口を開けっぱなし。


 未だ土埃が煙ってて穴の縁しかわからん。


「ねえねえねえベリルちゃん。どうだったかしら、ママのとっておきの魔法は?」

「え゛。いや、マジ自然破壊だし」


 ヒスイは得意げな笑みを浮かべて聞くが、ベリルは若干腰が引けてる様子。

 コイツがたじろぐなんて珍しい。その気持ちはわからんでもねぇけどよ。


「もう、そんなことを言わないで。地形を乱さないよう考慮して、威力を抑える工夫もされているのよ」

「……え、どこが?」

「標的にした推定アンデッドの王を中心に、丸く包むよう魔力の壁を何枚も張っていたのはわかるわよね」

「ま、まーねー」

「その壁を突き破ることで落下の勢いを減衰させ、さらには衝撃波などを抑え込み、空いた穴から余波を逃すという考え尽くされた魔法なの。ふふっ。どうしてもというならベリルちゃんにも教えてあげるわよ」

「いっやぁ〜……なんつーか、いらねって感じ」

「あらそう。ベリルちゃんなら上手に使えると思うのに。残念だわ」

「つーかさ、デッカいの落ちたとこ丸ごと消し飛んでるし。マジなにこれ……。ゾンビしかいないからよかったかもしんないけど、なんかいろいろ影響あってヤバそーじゃね」


 ああ、同感だ。このあと方々への説明やらなんやら面倒なことが目白押し。

 それでも俺はやりすぎたぁ思わん。あの骸骨野郎には実際に対峙してみなきゃあわからんヤバさがあった。


「おいベリル。そうは言うがな、あれくらいの大魔法じゃねぇと倒せねぇ相手だったんだぞ」

「そーなん?」

「おう、そうだ」


 だから各所への申し開きの怠さには目を瞑ろう。


『フッ。少々見積もりが甘いのではないか?』


 は——⁉︎

 ウソだろ。あの大災害みてぇな魔法を食らってまだ息があるとか……、いやアンデッドだから元から息してねぇんだけどさ。ありえねぇだろ。


 俺らにまざまざと現実を見せつけるが如く、大穴へと強風が吹き込み、骸骨野郎の健在な姿が現れた。

 変わったことといえば無駄に豪華なローブは消し飛び、いまはただの骨と皮。


『忌まわしくも懐かしい魔法ゆえな』


 だから受けてみたと、そう言いてぇのか?


 一つだけハッキリしたのは、さっきのインチキを超越したようなブッ壊れ魔法ですら足止めにもならねぇってことだ。


「ヒスイ、ベリル連れて逃げろ」

『——逃すものか』


 さっきまでみてぇに、こっちの都合で待っててくれたらいいもんを。

 ずっとピクリとも動きをみせなかったくせして、


『真なる魔法というものを、その目に焼きつけるが良い』


 骸骨野郎は天へと手を翳した。


 たったそれだけで、さっきの極大魔法と同じモンが落っこちてきた。しかもヒスイが気ぃ使ったっつう魔力の障壁はなしで。



 無数のドデカい塊が頭上へ迫る。



 ——即座にヒスイは対抗した。

 直に魔力をブチ込んでは石塊を砂塵へ還し、軌道に幾重もの障壁を張って。

 他にも俺が理解できん高度な対抗魔法を駆使してるに違ぇねぇ。


 それでようやく、迫る脅威は掻き消えた。


「ッ……。あなた、ベリルちゃん。に、逃げ……」


 ヒスイは最後まで言葉を紡げず、膝から崩れた。

 たった一発の魔法で、大魔導と畏怖される女が魔力切れにまで追い込まれちまったんだ。


「え、ママ……」

『ほう。生者の身にしては上出来だ。我が従僕(しもべ)としてやろう。そちらの大鬼種(オーガ)混じりも併せて取り立てようではないか。貴様らは夫婦なのであろう? 喜べ。偉大なる不死のチカラの(もと)で永遠の刻を我に仕え尽くすが良い』


 心底ブチキレてビキビキきてんのに、いまの俺は驚くほど冷静だ。女房が痛い目みせられたのを目の当たりにしても結果として割り切れるほどに。

 なにを一番に重んじるべきか、物事の順だって決められる。


 だから二つを切り捨てた。俺と、ヒスイだ。


 事ここに至っちゃあ、なにがなんでも時間を稼ぐ。それしかできん。

 悪ぃがヒスイを逃してやれる余裕はねぇ。むしろ早ぇとこ目ぇ覚ましてほしいくれぇだ。俺ら二人がかりでギリギリ気ぃ引けるかどうか……。


 つうわけで残念だが、ここでお別れだ。娘のオメェはさっさと逃げろ!


 それを伝えようとするも——


「うっがぁあああああああああーッ‼︎」


 ベリルは吠えた。

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