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迷宮から放たれた災い⑤


 ここまでの道と違い、山の斜面なのに案外平らだった。

 ちょいちょいと草木があり、それらを踏み均しただけの道を進んでいく。


 地図上ではダンジョン手前に集落があった。そこにゴーブレがいるはずだ。

 こんな遠方まで足運んだんだ。あの野郎、無事で居なけりゃ承知しねぇぞ。


 すでに陽は真上を越えてる。もうじきに傾いてく。

 日が暮れてからのアンデッドはマズい。

 気はせってくばかり。

 だからってベリルを急かすわけにもいかん。


 そうやって焦れに焦れて、ようやく、


「あれ村じゃね!」

「俺ぁ先いくぞ。ヒスイ、ベリルを頼む!」


 荷台から飛び降りて集落へと駆け込んでった。

 すると目につくのは、さっきの街で見たのと似た光景。一箇所にアンデッドが群がってる。その奥に——


「ゴーブレ‼︎」


 デケェ鬼の爺さんが、ボロ小屋を背にして斧槍ぶん回してやがった。


「旦那っ!」


 蹴散らす手間すら惜しんで、俺は跳ねる。

 群がるアンデッドどもの頭を足場に、ついでに踏み潰しながら、ゴーブレんところへ駆けつけた。


「おうおう息あがってんぞ。ったく。オメェもう歳なんじゃねぇか」

「ゼェ、ゼェ……ムチャ言わんといでくだせぇ。ワシぁ、ずっとこのアンデッドどもの相手してたんですぜ」


 一波二波と(たか)ってくるのを蹴散らして、合間に少し休んでを繰り返してたんだろう。あと少しでも遅かったらヤバかったな。だがもう大丈夫。


「おう。下がって休んどけ」


 ——って、人様が喋ってるときに邪魔してくんな、この腐れ肉どもが!


 こっちの事情なんか無視して襲ってくるアンデッドどもを、斧槍で追っ払ってく。


「すぐヒスイとベリルもくるぞっ」

「小悪魔殿もですかい⁉︎ ハハ……そりゃあ帰ってからが恐ろしい」


 離れたところから「傘〝バリヤー〟!」なる、やたらと通る声が聞こえる。

 つづいて次々にアンデッドを弾き飛ばし、群れを掻き分けでベリルたちがやってきた。


「——おいバカ! バリヤーのままこっちくんなっ」

「おっといけね」


 雷の粒みてぇな魔法の防壁が迫ってくるの、気が気じゃねぇんだぞ。ったく。


「ゴーブレ、生き残りは後ろの小屋んなかだけか?」

「へい。あんなかにチビどもがいるだけです」


 他の者らは喰われて、あっちの仲間入りか。

 つうことは、すでにラベリント伯爵もあっち側なんだろう。

 野郎にはなにをやらかした結果か、聞いとく必要はあったんだがな。


 責任云々は後回しだ。

 まずはここを抜け出しちまわねぇと。


 状況はわかった。

 俺はドロドロ迫ってくる腐れ肉の群れを追い返し、守りを維持しつつ脱出の算段を立てる。


 多少派手にやっても問題はなさそうだ。そう結論づけて、ヒスイにまた焼き払う指示をだそうとした。

 そのとき——小屋の扉が開く。


「あんぢゃ〜ん。どこぉ?」


 ベソかいたチビが出てきやがったんだ。そいつを追っかけるように屋内からは「でちゃだめ!」ってガキの声。


 その程度ならいったん小屋に押しこんでやればいい。しかし、ソイツは見ちゃあならねぇもんを見つけちまう。


「——あっ。あんちゃんだ!」


 くっそ最悪だ。アンデッドの群れのなかにチビの兄貴がいやがったらしい。実際の兄妹かは知らん。が、そのチビは見知ったヤツんところに駆けてっちまう。

 なによりマズいのは、ここで情に絆されちまったアホたれが動いちまったこと。


 摘みあげて、後ろへ放り投げときゃあいいもんを——


「見ちゃいけねぇ!」


 飛び出したチビの前に回りこんで覆い被さり、視界を遮ったんだ。

 当然、ゴーブレの背中はガラ空き。

 そこへアンデッドどもが群がった。


 ヤロウ、一度に二つも間違えやがって。

 あまりにも甘ったれた行動に呆けちまって、チッ、俺も対応が一つ遅れた。


 すぐさま腐れ肉共を蹴散らし、ゴーブレとチビをまとめて後ろへ放る。


「——ヒスイ!」


 返事はない。

 このときにはすでに、ヒスイは詠唱をはじめていて、ベリルも転がってきたゴーブレの前に立つとすぐにバリヤーを張る。


 あとはしばし時間を稼ぐ。

 街のとき同様に、ヒスイの火炎魔法が周囲を焼き尽くすまで。


 ………………

 …………

 ……


 ふぅ……。ようやっといち段落。


 まだプスプス焦げたニオイが立ち込めてるが、さっきまでのアンデッド臭さよりはマシだ。


「おうゴーブレ、テメェあんまムチャこくなや」

「すいやせん。旦那……ッ、……ワシ、ヘタこきやした」

「ァン?」


 ヘタっつうよりポカ——って待て⁉︎

 魔導ギア着込んでっから平気かと思ってたら、コイツ、関節あたりの守りが薄いとこ噛まれてるじゃねぇか。


「せっかく来てもらって、悪ぃんですが……ッ、チビどもだけ、連れてってやって、クッ、くだせぇ……」


 ゴーブレは覚悟を決めたんだろう。


「ハァ、ハァ……手間かけさせちまって、ッ、申し訳、ありやせん……ッ。ワシぁ……だ、旦那に、介錯してもらえ、んなら……本望でさぁ……」


 まだまだ、辞世のセリフはつづきそうだ。

 しかし最後まで聞いてやる気はない。


「ヘーイ、父ちゃーん。とっととゼニ風呂に沈めちゃってー」


 そうだな。

 つうかどうでもいいがその響き、スゲェ抵抗あるぞ。いかがわしいっつうかなんつうかよぉ……。

 おっと、言い草なんか気にしてる場合じゃねぇ。ダラダラしてっとヤベェって噂のバケモノアンデッドがやってきちまう。


「あの⁇ 旦那……?」

「黙っとけ。あとな、テメェにはまだうちの長男の補佐っつう仕事が残ってんだ。勝手にくたばってくれんな」


 以降は有無を言わさずゴーブレを箱んなかへ放り込み、バンバン銅貨をブッ掛けてやる。

 身体がデカいぶん硬貨袋は余ったが、とりあえずは満杯だ。


 それでも結果は変わらず、手前の街んときとおんなじ。

 びっくんびっくんしたあと、ややあってゴーブレの身体は落ち着きをみせた。


 違いと言えば、ゴーブレの悶えっぷりを見て、ベリルがゲラゲラ笑ってたくれぇか。

 ったく。平気ってわかってるたぁいえ、少しくれぇ心配してやればいいもんを。


「チビどもを魔導トライクの荷台に乗せて、俺らは走りか。それしかねぇな」

「……あのさー父ちゃん」 

 

 どうした? ベリルにしちゃあ珍しく控えめな態度して。


「マジごめんなんだけど、あーし……ちょっと疲れちったかも」


 聞くと、ここまで大量の銅貨を運んできたのが堪えたらしく、いまも相当キツいって話だった。

 たぶんゴーブレが見つかってホッとしたせいもあるんだろう。気ぃ抜けたってやつだ。


 この状況で勘弁してくれ。もっと早く——チッ。いいや違うだろっ、俺が気づけよ! くっそ、なんで俺はベリルのムリに気づけなかった。コイツはまだガキなんぞ。


「ゴーブレ、ヤベェのがいるって報せがあったんだが……」

「へい。でもソイツは手下を嗾けたら、ダンジョンに引っ込んじまいやした。そっからは、いまんとこ出てきてやせん」


 さぁて、どうすっか。

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