迷宮から放たれた災い④
「神官さん。あーしの預金おろしてきてっ。ぜんぶ銅貨でっ」
「おいベリル」
「——父ちゃんは黙ってて! つーか銅貨運ぶの手伝ってあげてっ。あと大人が入れるくらいの箱も持ってきてっ」
「「「………⁇」」」
「いそげいそげ患者は待ってくれないぞー! ハリハリハリアープッ。い、そ、い、でっ」
ベリルはタンタン足を踏み鳴らして、強引に指示を出す。
その剣幕に押されて言うとおりにしちまった。
言われた箱は用意できた。
銅貨千枚ずつ入った硬貨袋は、未だに運ばれてきてる。
「父ちゃん、噛まれた神官さんを箱んなか入れちゃって」
「なぁベリル」
「——理由とかあとだし! 時間ないんでしょ!」
助けようとしてる。それはわかるから従うが、いつアンデッドになっても対応できるよう気は緩めない。
普通に考えて、この状態から元には戻らん。しかしなぜか俺はベリルの閃きに期待しちまってる。
「つぎつぎっ。どんどん銅貨に沈めちゃって。早く!」
「お、おう」
ここでヒスイが「まさかベリルちゃん」と、なにかに気づいたようだ。が、しかしベリルは先を言わせない。
「ママも手伝って!」
と、自らもそこらのイス引っぱってきて、銅貨を握っては放りこんでいく。
「おうベリル」
「なに!」
「どけ。俺がやった方が早ぇ」
なにがなんだかわからんが、もう言われたとおりにしてやるよ。掴んだ硬貨を逆さまにして、ガンガン箱んなかにブチ撒けてった。
すると、
「グォ、ォォ、グッ……」
アンデッドになりかけの神官殿が、呻く。
「ッ、か、神の与え賜うた貨幣……、その神気に包まれながら最後を迎えさせて、いた、だけるの、ですね……」
「はあー? なに言ってんのさ。そんな開運ブレスレットの広告みてーなことしないっつーのー。マジあーしらガンバってんだからさっ、神官さんも生きるってめちゃガンバって! ゾンビウィルスなんかに負けるなーっ」
「やはりそう言うことなのね。考えたこともなかったわ」
「おいヒスイ、どいうことだ?」
「事情はあとで。私たちも運ぶのを手伝いましょう」
そっから身体が埋まるまで、銅貨を箱んなかに放り込んでやった。
「そろそろワケを話せ。もうできる手は尽くしたんだろ」
噛まれた神官殿は、万を優に超える銅貨に埋もれてビクンビクン悶えている。見るからに苦しそうだ。
いま追い詰められてんのは神官殿か、それともアンデッドにしちまう悪いなにかか……。
「たしかさー、おカネって神気でできるみたいに言ってたじゃーん」
「おう」
「だから」
それじゃあ説明になってねぇよ。
もうベリルに聞いても埒があかん。代わりにヒスイへ目を向けてつづきを促した。
「たぶんベリルちゃんはリリウム領とウァルゴードン領に掛かった橋を思い出し、閃いたのでしょう。かの橋は神気によって、魔法を無に帰してしまうので、同じくどのようなチカラにも侵されない神気で創られた銅貨のなかでなら『ヒトをアンデッドと化してしまう邪悪なチカラを祓える』と。そのようにベリルちゃんは考えたのではなくて? 呪いのように不可思議なアンデッド化を、魔法の類するモノと推測して……」
説明、長ぇ。
「………えっと、あーうんうん。それ」
そんでもって、やれと言った張本人はチンプンカンプンみたいだぞ。
でもまっ、おおよそんところはわぁった。
「要は神聖なゼニ風呂に沈めて悪ぃモン追っ祓う、と。スンゲェ罰当たりなマネしてる気ぃするが、そういうこったろ」
「そーそーそんな感じー。ゆーて不思議なことってだいたい魔法じゃーん。いけるかなーって。ほら、豆ぶつけて鬼退治するくらいだし」
豆くらった程度で退治されちまう鬼なんぞ聞いたことねぇよ。つうか親父を悪ぃモン扱いすんな。
「あなた、ベリルちゃん。そろそろ……」
ビクビクッと震え、箱んなかの神官殿が大人しくなった。
それからゆっくり身体を起こして、
「……わ、私は……助かった? のですか?」
「おおーう。やっぱし大丈夫そー。ひひっ、実験大成功〜っ」
おい実験とか言ったるな。
助かったって喜び合う場面が台無しじゃねぇか。神官殿たち揃って微妙な顔してんぞ。
いや、いまはこれでいいのかもしれねぇな。
「感動の場面にはまだ気が早ぇぞ。もう平気だってんなら、アンタらはさっさとガキ連れて逃げな」
「ちょい待ち!」
「んだよ。俺らだって急いでんだぞ」
「わかるけどー。銅貨袋に詰め直してって。じゃないとゴーブレがゾンビなりそーだったとき困るじゃーん」
たしかに。
助けに駆けつけたはいいが『すでにアンデッドに噛まれてました』じゃあ救いようがねぇやな。
「悪ぃが、手伝ってもらえるかい?」
「ええ、もちろん」
「皆でやればすぐです」
そっからテキパキ袋詰めしてってくれる。なんだかやたら早い。さすが貨幣を扱う本職と舌を巻くほど。
チマチマした作業にイラつく間もなく済む。
パンパンにした硬貨袋を、先に魔導トライクが引く荷台に乗せた木箱んなかに納めきった。
「あっという間だな」
「父ちゃん、呑気なこと言ってないでっ。出発するし早く乗っちゃってー。んじゃ神官さんたち、まったねー。チビッコちゃんたちにもよろー」
と、俺らが乗り込んだ途端に——急発車。
隣にいるヒスイの長い髪が、なびく。
「だいぶ時間食っちまったが」
「けれど実りもありました」
アンデッド化を止められる方法がわかった。これほどの実りはねぇ。
しかし誰も、すでにアンデッドになっちまってた場合にも効果があるか不明とは口にしない。
いいや大丈夫に決まってるさ。さっきの神官殿でさえじわじわ蝕まれてたんだ。
生きてるあいだにアンデッド化が進むのは少しずつ。
あとは悪ぃモンに負けたとき。
とすれば、あのデッカいガタイしてるゴーブレなら二、三日は余裕で保つだろ。そもそもアイツの腕ならキズを負わされてるかも怪しいところだ。
それにしても、坂ぁ登りはじめてから少しトロくねぇか? 小走りよりかは速いんだけどよぉ。
内心スンゲェ焦ってるからなおさら遅く感じちまってんのかもしれんが。
「おいベリル」
「ご、ごめんだけど話しかけないでー。いまちっとキチーし」
「は?」
「銅貨……、めっちゃ重い」
「ムチャすんな。降りて押すか?」
「へ、ヘーキ〜」
「キツいなら言えよ」
「オッケーイ」
こんとき俺もヒスイも、ベリルがどんだけムリしてんのか気にしてはいた。
でも、その見積もりは甘かった。




