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迷宮から放たれた災い③


「さあこい腐れ肉共っ。焼き肉か挽き肉か、好きな方を選ばせてやんぞ!」

「うっへー。そーゆーのマジやめてくんなーい。ゴハンのとき思い出して食欲なくなっちゃうし」


 頼むから緊張感をだな……。ったく。


 マジメな話、数がいるとアンデッドは実に面倒な相手だ。


 まず触れちゃあマズい。なかには精気吸引(ドレインタッチ)なる魔法を使ってくるやつもいるからな。

 他には爪や牙も要注意。キズが深いと腐れ肉の仲間入りだ。

 そしてなにより厄介なのが、頭を潰さんとトドメにならん。それまではどんなに攻撃しても、痛みも感じず元気いっぱいデロデロ迫ってきやがる。


 とはいえ、たった三〇数えるあいだ抑えとくくれぇ、どってことねぇ!


 地を這い足に噛みつこうとしてくるヤツを踏み潰し、飛びかかってくるヤツを斧槍で叩き落とし、両腕広げて突っ込んでくるヤツを真っ二つにしてく。


 雑魚アンデッドは、どいつもこいつも両手をついて獣みてぇな動きをする。

 だがな、ヒトの身体でそれをやってもタカがしれてんだ——よっと。


「三……、二……っ、いま!」


 後ろの方で膨れ上がる魔力を感じて、俺は飛び退く。

 ——と同時に、


「〝浄めの劫火にて、神威に叛く虚なる者共を焼き尽くさん……。業火炎(ヘルフレイム)〟」


 ヒスイの魔法が発動した。

 長い詠唱が必要な、とんでもなく古い時代の魔法。だが威力は一般的なそれと一線を画す。


 教会を含む俺らの周りに張り巡らされた幾重もの魔力の障壁。それを隔てた外側では、ありとあらゆるものが無差別に焼かれていく。

 この強烈な炎がどこまで広がってんのか見当もつかん。もしかしたら街ごと丸焼きかもな。


「……え、マジこれヤバくない⁉︎」

「うふふっ。ベリルちゃんは炎に囲まれていることを心配しているのね」


 ヒスイが呑気にしてるのも当然、あとは大火が落ち着くまで待ってりゃあいい。

 だってのにベリルは喚く。


「いやいやママッ、うふふじゃねーし。みんな息できなくなっちゃうじゃん!」

「平気よ。対策済みの魔法なのだから」

「違くってー、火事はマジヤバいって!」


 と、炎の真ん中は一番危ねぇだの、なんたらっつうガスで中毒になるだの、珍しくベリルは慌てふためくんだ。

 しかしヒスイはコロコロ笑いながら、大丈夫と繰り返すだけ。


 そうしてるあいだにも次々と魔力の障壁は砕けていき、最後の一枚が割れた途端——炎が掻き消えた。


 あたりに残されたのは、黒炭と化した街の残骸。未だプスプスと熱は残ってる。だが火はどこにも見当たらん。あとスンゲェ焦げ臭ぇ。


 本気になったヒスイの魔法は、相変わらずエゲツねぇな。


「ほえぇ〜……。なんかいつものと違ーう」

「あら、やっぱりベリルちゃんにはわかってしまうのね」

「うん。なんつーか、むちゃくちゃだし」


 俺にとっちゃあオメェの魔法の方がよっぽどムチャクチャなんだがな。

 おっといかんいかん。このまま放っとくとヒスイの魔法談義がはじまっちまう。自重するたぁ思うが、念のためな。


「おう。その話はあとにしとけ。ゴーブレを探さねぇとだろ」


 もしかしたら、ヘマこいて教会で匿われてるかもしれん。


「こ、このたびは……」


 目紛しいあたりの変化に頭がついてけてねぇのか、神官たちは必死に礼を捻り出そうしてる。悪ぃがそいつに付き合ってはいられん。

 言葉を遮って、まずは口止めから。


「おうアンタら。いま見た魔法についてはぜんぶ忘れろ。約束できねぇんなら——」

「た、助けていただいたのです。もちろん口外しないと誓います」

「私もです」


 ヒスイが俺にだけわかるように頷いた。

 のちほどコイツらにダークエルフの見張りをつけるって意味だろう。

 もし疑わしいマネでもしたら、誰にも悟られることなく即この世とおさらばにされちまう冷徹な監視の目だ。


「わかった。信じるぞ。それと匿ってる者んなかに、デカい爺さんはいるか?」


 本来は敬意を払う相手なんだが、俺にも余裕がねぇ。言葉遣いはこの際気にせず、こっちが言いてぇことと聞きたいことだけ話しちまう。

 で、返ってきたのは、


「いえ、おりません。さきほど申したとおり、ここにいるのは幼い子ばかりでして……」


 想像はしていた答えだった。

 にしちゃあ、心中の落胆が激しい。


「みんないまのうちに逃げちゃってー。たぶんあーしらきた道、王都に向かう方ならゾンビいねーし」


 俺よりもまだベリルの方が冷静かもしれん。コイツに見捨てるって頭はねぇようだ。


「あの……、お縋りするようなことを申して恐縮なのですが、あの子らを連れていくにあたり、ご協力いただけないものでしょうか?」

「そいつぁできねぇ相談だ」


 俺らが人探しに来たのは理解してるんだろう。それでも頼らなきゃままならんと、無理を承知で言ってきたんだ。


 だがヘタに粘られでもすれば、ゴーブレが間に合わなくなっちまうかもしれん。

 そのあたりヒスイはもちろんベリルもわかってるのか、反対してこない。


「えっと、あっちねあっち。王都の方に進んでったら、あーしら探してる人連れて追っかけるし。合流できたら、小ちゃい子は乗せてってあげっから。めちゃ早ぇーし、すーぐ追いついちゃうもん」


 妙なとこ良心があるっつうか……。ベリルは心から申し訳なさそうに逃げるよう勧めた。

 子供の足じゃあ、この手前の村か街まで行くのも厳しいってのもわかったうえで、それでもここに留まるよりはマシだと。


「周囲の者らには、ここらへんがアンデッドに襲われてるって事情は伝えてあると聞いた。村落にでも辿りつければなんとかなるだろ」


 そのうち規模の大きな救いの手も来る。とはいえ、それはまだ先の話。


「薄情なようですまんが、ここに居てもどうにもならんぞ」


 時間が許すんなら協力してやってもいいんだけどな。残念だが、できん相談だ。


 ここで時間を浪費すんのはいかんと割り切り、神官殿たちは子供らを連れていく支度をはじめた。

 俺らも先を急ごうとした。

 そのときだ——


「……ゥグッ」


 一人の若い神官殿が小さく呻き、膝をつく。

 見ると、辛そうに押さえた腕には青々深々、噛まれた跡が。


「ハハ……この、人手が必要な、ときに……すみません。私、ここまでみたいです、ッ……」

「え? なになにどしたん⁇」


 ——マズい!


「ベリル近づくな!」

「はあ? どーしてさ」

「ソイツはアンデッドに噛まれた。もう助からん」

「それってゾンビに噛まれてゾンビなっちゃうってこと? でもママの魔法ならっ」

「ごめんなさい。キズは癒せても、アンデッド化は魔法ではどうしようもないの……」


 俺らなら仲間の手で介錯って場面だが、他の神官殿たちはやりたがらねぇだろうな。やるせなさに顔を歪めてるだけだ。

 まだしばらくはアンデッド化するまでに時間がある。だから余計に踏ん切りがつかねぇんだろう。


「まだヒトでいるうちに——」


 しかたなしに俺が買って出ようとしたら、ベリルが「まって待って!」と止めてくる。


「時間がないんだ!」


 テメェは俺にゴーブレの介錯させるつもりかっ。


「ちょい待ってって言ってんのー‼︎ マジ十秒でいーからっ」


「「「…………」」」


 俺とヒスイは納得させるために、神官殿たちは藁にも縋る思いで、んーんー唸るベリルを待つ。


「——おっ! そーそー思い出した。たぶんいけるしっ」


 ……いったいなにするつもりなんだ?

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