迷宮から放たれた災い②
「お待たせー。乗っちゃってのっちゃってー」
そうベリルに勧められたのは、魔導三輪車に繋がれた荷車だった。
「めっちゃ飛ばすから、ちゃんと掴まっててね」
と、俺らが荷台に乗るや否や、即座に魔力を注いで前輪を高速回転させ——急発進!
途端、身体が後ろに引っ張られた。
「ムリないくらいでいーからぁぁ、身体低くしといてぇぇぇー! 空気抵抗めっっちゃヤバァァァーい!」
なんのこっちゃだが言われたとおりに屈む。
するとさらに加速。
みるみる景色が流れていく。
スゲェ揺れを想像してたんだが、
「道の整備、しておいてよかったですね」
ヒスイが言うとおり、快適だ。
目ぇ開けてんのがしんどいくらい風を切って進んでいく。
先に出発したダークエルフたちも追い越して、ビュンビュンと。
しかしそれもパスカミーノ領を抜けるまで。そっからは途端にガッタガタ揺れ、速度も落ちた。
もうけっこう長いこと、ベリルは魔導トライクを走らせっぱなしだ。
「おうベリル!」
「えぇぇ、なんか言ったぁぁー?」
「少し休めっ」
ややあって、停まった。
ブレーキを使ったんじゃなく、勢いが削がれるまで転がしたって感じか。そうするくれぇ魔力をムダにせず進みてぇんだろう。
「んじゃ、ちょいオシッコ休憩ねー」
そうってベリルは、懐からガサゴソと地図を取り出した。いつの間にこんなモンまで買ったのやらだ。
「ふむふむ。やっぱしヘンなカタチー。ピラミッドみてーだし」
言ってるのはダンジョンがある山のことだろう。他とは違い、そこだけ四角錐で描かれてるんだ。
「麓を掠める街道沿いに小さな街があるな。そこらがラベリント領で、山へ登ってくとダンジョン手前に集落がある、か」
「ねー父ちゃん。ゾンビ、どこらへんまで来てると思う?」
「なんとも言えねぇな。ヒスイはどうだ?」
「話を聞く限りでは、勢力拡大は手勢に任せているようなので、最初の位置に居座る類のアンデッドなのでしょう。だとすると、街道沿いの街は危険かもしれませんね。逆にそれ以上に広がってはいないかと」
「ふむふむ。ゾンビのボスは先頭に立つ目立ちたがりじゃないってことかー。そーなるとー、ここらへんでいったん休憩しときたいかも」
ベリルは麓に沿って街道が曲がる手前を指差した。
「こっからなら、たぶん行って帰って全速力でしても保ちそーだし」
まだ速くできるってことか? いまでさえ、飛ばしすぎて横転しちまいそうだってのに。
「わかった。そこまで進んで大休止だな」
「ベリルちゃん。ムリはしていないかしら? まだ魔力は平気なの?」
「ヘーキヘーキー」
と、ベリルはペロペロ飴をしゃぶり、また魔導トライクに跨がる。
いや、立ち乗りしたっていうべきか。揺れがひどいからって、立ちっぱなしなんだ。
魔力も心配だが、このちんまい身体を見ると体力の方が心配だ。
「マジだいじょぶだってー。父ちゃんの魔法で立ってっから、ぜーんぜん疲れてないし」
そう言うなら信じとこう。
◇
予定してた麓手前までついた。
途中から陽は暮れちまったが、ベリルは「〝ポチィ〟」と握り手の間にある筒を突っついて、進行方向を照らしてみせた。それで進めたんだ。
いまは荷台でスピースピー寝てる。
陽が昇るまで、俺とヒスイで交代で見張りにたって野営だ。いちいち天幕なんて張らない。つうか持ってきてねぇ。
ヒスイが気ぃ利かせて背負い袋に詰め込んでくれた干し肉やら干し芋やらを腹に納めて、あたりを警戒しながら過ごした。
そして朝を迎えると、すぐさま出発。
ここまでよりも控えめな速さだ。
この一つを取っても、少しでも余力を残しておこうってぇ慎重さが窺える。あのベリルからだ。
できるんならこんなマネさせたくはねぇんだがな。事ここに至っては堪えといてくれとしか言えん。
陽が真上にくるころ、やっと街道沿いの街が見えてきた。
ここまで休憩含めて丸一日か。俺らが自分の足で進んでたら、まだ半ばの半分にも達してなかったろう。
んなことを考えていられたのも、ほんの僅かな間だけだった。
近づいてくにつれ、街の状況が明らかに。
そこではなんと、すでに害獣避けの囲いは薙ぎ倒されていて、動く腐れ肉どもが闊歩してやがったんだ。
ありゃあ……一箇所に向かってんのか?
もしそうなら生き残ってる者がいたとしても、すでに……。これ以上は考えない方がいいな。
「うっひゃあ〜……。マジでゾンビ映画みたーい」
「構うな。避けて進むぞ」
「なんでさー」
「俺らはゴーブレを連れ戻しにきたんだ。あの街に構ってる猶予なんかねぇだろ」
助けてぇのはわかる。だが、遠目に見てもわかんだろ。街ん中にあんだけ押し込まれたら、いまさらどうしようもねぇ。そもそも生存者がいるかも怪しいくれぇだ。
アンデッドの厄介さは、味方が減ったぶんだけ敵が増えてくところ。
そうダメな理由を諭そうとしたとき、
「——ほら、あれ!」
ベリルが街の一角を指差す。
すると一瞬だけ、そこから火柱があがったんだ。
他の建物の陰になってはいるが特徴的な飾りが屋根にあり、ここからでも教会だとわかる。
そして火柱は瞬く間に消えた。まず間違いなく魔法によるもの。
「アンデッドの魔法かもしれんぞ」
「ゾンビって火ぃ苦手そーじゃね?」
「たしかに効きめはあるけれど、炎の魔法を扱うアンデッドもいるわよ」
「んもーっ。そんなん突っ切ってみればいーじゃーん。もしかしたら、ゴーブレあそこで立て籠ってるかもしんないしっ。つーか行くし!」
ベリルは言い切ると俺の返事も待たず、音を置き去りにするような勢いで——
「どけどけどけーい! チンタラしてるゾンビは轢いちゃうぞーっ」
魔導トライクを猛加速。
だが上手いことあいだを縫って進み、衝突はない。
いらんとは思うが、振り落とされんよう隣のヒスイの肩を抱きかかえておく。
そうやってあっという間に教会の手前まで。
「やっぱし人いるし!」
やはり立て籠ってるってんのか。神官たちが協力し合い、なんとか教会への侵入を防いでた。
しかしゴーブレは見当たらん。
ここの他に抗ってる様子はない。かなりの割合でアンデッドが教会に集ってたから、間違いねぇはず。
たぶんこの街にゴーブレはいねぇ。
「父ちゃん、ママ、突っ込むし!」
ベリルは振り返らずに警告すると、片方の指を交差して胸許に。
「——ぬっおおおーう! 傘〝バリヤー〟」
凶悪な防御魔法を張るとアンデッドの群れへ突っ込んだ。
バチッバチッバチッバチンッ!
無数に、焼け焦げ弾けていく。そして肉壁を突き抜けると——急停車。
「神官さん、だよね? だいじょぶ?」
「え、ああ……み、味方?」
相手は状況が掴めんといった様子。
マズいな、コイツらの遮二無二な守勢を削いじまった。いまここを放っぽり出したら、もうコイツら守りきれんぞ。
チッ。首突っ込まんと約束しただろうに、ベリルのアホたれめっ。
「おうアンタら、他の生き残りは!」
「わ、私共と、奥に子供たちがっ」
やはりゴーブレはいなかった。
チッ。いまのを聞いちまった以上、見過ごしたら寝覚めが悪ぃ。さっさとカタつけちまうか。
「ヒスイ!」
「三〇お願いします」
わかったと告げる間も惜しんで、俺は群がってくるアンデッドの前に立ち塞がる。
「ベリル! 神官連れて——」
下がってろって言っても絶対聞く耳持たんだろう。なら、
「神官たちと教会の入り口を死守しろ!」
「オッケーイ! 神官さんたち、こっちこっちー」
よし。聞き分けたな。
ベリルも魔導トライクから降りて、神官たちの前——俺とヒスイの後ろ——に立ち、
「マジ〝バリヤー〟」
デカデカとバチバチ雷が爆ぜる盾を作った。
それ、俺らの退路を塞いじまってんだけどな。まっ、構うもんか。退くつもりなんかサラサラねぇんだからよ。
ベリルの魔法見ちまった神官二人には、あとで口止めしとかんと。そっちの方が面倒そうだ。
そのあたりは後回し。いまはヒスイの魔法が整うまでちっとの間を稼ぐことに専念だ。
「さあこい腐れ肉共ッ。焼き肉か挽き肉か、好きな方を選ばせてやんぞ!」
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