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迷宮から放たれた災い①


 思わずゴーブレの安否を問いただしそうになっちまったが、それを呑みこんだ。


「まず落ち着け。ここじゃあなんだ、会議室で聞かせてくれ」


 見たところ、駆け込んできた者にケガの類は見当たらねぇ。とはいえ、どんな目にあったのか想像もつかんほど慌ててやがる。


 ベリルにはヒスイを呼びに行かせて、俺らは会議室へ向かう。

 それから全員揃ったところで、詳しく聞いていった。というより喋りたい順で話させた。


 まず、王都で荷を降ろして、ラベリント伯爵領につくまでは予定どおりだったそうだ。

 問題はこっからで、貸し出す魔導歯車を渡したあと、もっと貸してくれと三日も四日もラベリント伯爵が粘ってきたらしい。

 カネの支払いは後回しにされ、強引にもてなされたり魔導掘削機の本体予備を見せられたりして、ダンジョン近くの集落で足留めされた、と。


 ここまではいい。

 未だにゴーブレたちが引き止められてるってんなら、それで済む話。だが、


「いきなり、ダンジョンの方からスンゲェ瘴気みてぇなもんが溢れやして」


 唐突に物騒な展開になっていく。


「なにごとかと見に行ってみりゃあ……——とんでもねぇバケモノがいたんです!」


 ここでまた血相が変わった。

 うちの者をここまでビビらせるってだけで、バケモノとやらのヤバさがわかるってもんだ。


「おうおう落ち着けって。大丈夫だからよ、なっ」


 ゴーブレのやつは?

 戻ってきた人数が少ねぇのはなぜか?

 早く聞きたくて焦れちまうが、それを抑えて報告をつづけされる。


 いつもは喧しいベリルだって、大人しい。コイツでさえ事の重大さはわかってるってことか。

 ヒスイの表情は変わらず。たぶん、いくつかの考えられる可能性に当たりをつけて、どう動くべきなのか頭を回しているんだろう。


「ワシら、戻りがてら方々へ散って周りの土地の者らに警戒するよう触れてまわりやした」


 ずいぶん話はとんだが、一つ合点がいった。人数が少ないのはそういう理由か。

 これには俺だけでなくヒスイもホッとしたようで、少し張り詰めた空気が緩んだ。


「でだ。そのヤバそうなバケモノってのは、どんなヤツなんだ?」


 アンデッドだってとこまでは予想どおり。つうかラベリント伯爵領のダンジョンから出てきたってんなら、それしか考えられん。

 しかし数が揃えば厄介な魔物だが、動く腐れ肉如き、コイツらならどうってことないはずだ。


「申し訳ねぇんですが一瞬だったんで、ハッキリと確認できちゃあいやせん。なにしろ伝わってくる魔力が禍々しいっつうか、ヤバくってヤバくって……」

「おう。そんで?」

「遠目に見た限りだと、魔物のくせにずいぶん豪華なローブをきた洒落者で……。だってのにガタイはヒョロくってガリガリの骨と皮でした。ですが、」

「魔力の質がヤベェと」

「……へい」


 ここでヒスイになにか思い当たる節はねぇかと視線を送る。が、首を振られちまった。


「アンデッドの王のどれかだとは思いますが情報が少なすぎて。いまのところ断定はできません」

「……面目ありやせん、奥様」

「いいえ、あなたを責めたわけではないのよ。よく報せてくれました」


 とにかく、そのうち全員戻ってくる。それにそこそこ離れた領地の話だ。

 方々へ報せに走ってるってことだし、そのうち国から招集があるかもしれんな。


 あとは王国軍の判断に任せよう。そう決めつけたとき——ベリルが口を挟む。


「つーかなんでゴーブレが帰ってきてないの?」

「そりゃあ、危ねぇアンデッドがいるって触れまわってるからだろ」


 言ってて矛盾に気づく。

 嘘だ、気づいてた。俺んところへ真っ先に走るのは一団を任されたゴーブレの仕事。それを放って他所を巡ってる時点でおかしいってな。


「実はゴーブレのやつ、逃げ遅れたガキどもを助けようとして……」

「——で、どうなったんだ‼︎」

「あなたっ」

「もー。まず父ちゃんが落ち着かなきゃだし」

「お、おう……そうか。そうだな。すまねぇ」

「いえ。それでゴーブレの安否ですが……すいやせん、不明です。取り残されたガキどもを連れてくるって腕まくりして出てったっきり……」


 さっきから報告の順番はめちゃくちゃだが、それだけ混乱してるってことだ。

 急かす言葉をグッと耐え、そのときの状況説明をつづけさせた。


 どうやら、ヤバいバケモノが現れたと同時に、配下らしきアンデッドの群れがラベリント伯爵領を襲ったんだそうだ。

 ダンジョンの外にいた者らは散り散りに逃げていく。がしかし、まだ小させぇチビらはどうしようもなかった。

 それでゴーブレは、ソイツらをなんとかしようとダンジョン近くの集落まで戻ってたってことらしい。


 あのお人好しめっ。手間かけさせやがって。


「おうヒスイ、ちぃと出掛けてくる」

「私もご一緒します」


「「あたしたちも——」」


 とダークエルフ二人も同行を申し出てくれたが、ヒスイは遮った。


「あなたたちは、いますぐ王都へたちなさい。国王陛下にご報告をして必ず協力の要請を引き出しなさい。その間に、すぐにでも動けるよう支度を整える。あとは……、わかるわね」


「「はい! それではトルトゥーガ様、ヒスイ様、ベリル様、失礼します」」


 それだけ告げると、コハクとメノウは返事も待たずに飛び出していった。


「ではベリルちゃん。お留守番をお願い」

「あーしも行くし」

「——おいベリル!」

「なにさ‼︎ 父ちゃんもママも走ってくつもり? もしくは馬車? てか、そんなゆっくりしてらんねーし」


 なにを主張してんのかはわかった。だが、コイツを連れてくわけにはいかねぇ。


「観光に出掛けるわけじゃねぇんだ。いいから聞き分けろ」

「んなことわかってるもん! ゴーブレがヤバいんでしょ。んで父ちゃんたちはゾンビやっつけに行くんでしょ。つまり一刻を争うわけじゃん。だったらあーしが送った方がゼッタイ早いし!」


 たしかに魔導三輪車(トライク)なら、かなり時間を削れるだろう。

 考えるまでもなく早けりゃあ早いほどいい。多少の危険を冒すくれぇなら構わねぇ。けどよ……。


「私が動かすのはどうかしら?」

「ダメッ。そんなんしたら疲れっちゃうじゃん。あっちついてゾンビうじゃうじゃいたらどーすんのさ、本末転倒ってやつだしっ。つーかママはあっち行ってからが本番でしょ!」 

「それはそうなのだけれど……」


 いくらベリルがスゲェ魔法を使えるっつっても、まだ六歳。見た目に関しちゃあ三歳児だ。

 ——そうだ! スッポンがいた。


「スッポンに乗っていく」

「はあー? スッポンだってずっとは走れないし。てか魔導トライクの方が断然速いし」

「そう……だがよ」

「——もぉーっ、いまはゴーブレのピンチなんだかんねっ。ガーッて行ってパパッと見つけて、あとはみんなでスタコラ逃げてくればいーじゃん!」


 そうだな。うん。ちぃとムリあるが、ここでああだこうだ言っててもはじまらん。


「いいかベリル、約束しろ。ゴーブレを助けたら——いや、俺らを送り届けたらすぐに帰ると」

「もしすぐ見つかったらー?」

「そんときはいっしょに帰ればいい」


 ベリルはキッチリ俺の目ぇ見て、


「……わかった。約束っ」


 気負うことなく言い切って「準備してくるし」と、たったか倉庫へ向かった。


「お互いヘマはできねぇな」

「ええ。いつにも増して慎重にならなければなりませんね」


 いつもなら始末できそうだったら手ぇ出すかもしれんがな。今回ばかりは、なにがあっても救出ののち即撤退っつう前提で動かねぇと。

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