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扱いに困る客⑧


 パッタンパッタン戸棚を開けて、ベリルは食材を確かめていく。


「うむうむ。今日のコースが決まったし」


 と、本格派っぽく唸ってみせて、調理をはじめた。言ってもほぼ家電魔法任せのインチキ料理だが。


 その様子を見逃しちゃあならんと、さして広くもねぇ台所にヒスイたちも詰めている。俺も含めて大人が四人に幼児一人。めちゃくちゃ窮屈だ。


「ひひっ。父ちゃんってば、美人さんに囲まれて鼻の下びよーんだし」

「——おいコラやめろっ」


 そういうこと言うなよな。頼むから。


「ヒスイ様をお姉様と呼べる日がついに!」

「ベリル様、あたしのこともママと呼んでくださいますか?」

「……ねえ、アセーロさん。どういうことかしら?」


 言わんこっちゃない。


「あぁあ、もう喧しいやかましい! おらベリル、戯言ほざいてねぇでさっさとメシ作っちまえっ」

「あーしのことはシェフって呼んでー」

 

 いつまで経ってもはじまらねぇ。


「てかママたちも、ちゃーんとテーブルについててっ。お客さんなんだし」

「けれどママ、ベリルちゃんの魔法を近くで見たいんだもの」


 コハクもメノウもうんうん頷く。

 が、ベリルは聞き入れない。


「コースなのっ。せっかく本格的にやろーとしてんのにさー、お行儀よくしてくんないとシェフはヘソ曲げちゃうかんねー」


 こう言われて、ヒスイたちはしぶしぶ席につく。


 で、さっそく俺は、


「ウェイターさーん、お客さんに食前酒だしといてー」


 カップを運び、それぞれに果実酒を注ぐ。

 これ、俺が楽しみに取っといたやつだったのに……。


 んで、ヒスイたちはチビリチビリとやりながら、家電魔法を使うベリルから視線を外さねぇでいた。


 台所に戻るとそこでは、宙に浮かんだ野菜や肉が刻まれて、ツボのなかへと収められていく。

 他にも、潰された芋がグツグツ煮込まれてたり、フライパンの上では肉がジュージュー焼けてたり、蓋された鍋からは甘い香りが漂ってきたり。


 おいおい、いったい何品作るつもりだ。



 最初に供したのは、蒸し野菜と塩漬け野菜の盛り合わせ。それぞれの皿にキレイに盛りつけられてる。


 芋のポタージュにハムのソテーとつづき、お次はふっくらした薄焼きのパン。ベリル曰く『パンケーキだし。甘くなくてゴハンっぽい感じの』とのこと。

 そのあとも、スムージーなる野菜の搾り汁やハンバーグと、どんどん料理をこさえていく。


 その間ずっとヒスイたちは無言だ。食ってはいるが、ベリルから目を放さない。


 そして締めの焼き菓子を出したところで、ベリルは恭しく芝居がかった足取りで、テーブルに向かった。


「お客さーん。当店のお料理いかがでしたかー?」

「シェフ、堪能させてもらいました。どのお料理も素晴らしかったわ」


 なにが当店だ、と思ったが口にしないでおく。ヒスイもベリルのお遊びに付き合うつもりのようだしな。


「ええ。心が震えました」

「未知に出会えたことを感謝します」


 これ、コハクとメノウはメシの味について言ってないだろ。


「ひひっ。よかったー」

「おうベリル。そろそろ俺らもメシにしようぜ。腹減って目ぇまわっちまいそうだ」


 ずっと美味そうなモンを見てるだけだったからな。

 だってのにベリルは無慈悲にも、


「…………あっ」


 だとよ。


「テメッ、まさか俺のぶん忘れてたとかじゃねぇだろうな!」

「ピンポンピンポーン。父ちゃんだいせーかーい。つーか大変っ、あーしのぶんも忘れてたしっ」

「ったく勘弁してくれよ。ああーもういいや、テキトーでいいからさっさと作んぞ」

「ほーい」


 っつうわけで、俺とベリルはご馳走にはありつけず終い。

 でも、余りモンを乗っけまくった雑なメシは、それはそれで美味かった。



 翌日早々に、収支の報告を済ませたノウロはシャツの見本品を抱えて出発した。

 行く先々で反応を見聞きしてまわるんだと。

 元が綿花商人なだけに、売り物が衣類だってんで意気込みが違うようにみえた。


 で、ダークエルフの二人はまだしばらく滞在するそうだ。

 朝から昼過ぎまで接客の稽古して、午後からは趣味に没頭する。

 その趣味とは、言わずと知れた未知の魔法の研究。もう隙あらばベリルにベッタリなんだ。

 


 ひとけのある場所だとかなり迷惑なことになりそうなんで、禿山を少し登ったところを使わせた。

 亀の魔物と出会(でくわ)すかもしれんから、俺も同行してる。

 ダークエルフが二人もいれば問題なさそうだが、念のため。あとは素材になるモンをムダにさせるわけにもいかんって理由もあってだ。


「ベリル様ベリル様、いまの『ポチィ』をもう一度お願いします」

「ええ〜……。何回もみせたじゃーん」

「では『パッチン』をぜひ!」

「しゃーないなー」


 いつもはしつこく見せびらかすベリルも、こう何度も立てつづけだと飽きるらしい。

 ウンザリ顔を隠しもせず、気怠そうに目標へ向けて腕を伸ばす。


 そして口では、


「〝パッチーン〟」


 と言いつつ指はカスッと、鳴らない。


 ——が、直後なんでもない石塊が青白い炎に包まれた。

 そこそこ離れているのに、熱が伝わってくる。


「とてつもなく魔力効率が悪い……」

「だというのに、発動した魔法は……」


 あんまり褒めてる感じじゃねぇが、慄いてはいるようだ。


「見たことがない炎の色に、恐ろしさすら感じます」


 コハクとメノウの目の色の方がヤベェ。


「ベリル様。なぜ、あのような炎があがるのですか?」

「そんなん指パッチンしたら火ぃでるに決まってんじゃーん。常識だし」


「「はあ……」」


「んんっとぉ……、火の色はちゃんと燃えてるから、だったかな⁇ ガスコンロがヤバいときって、オレンジとかだったはず、たしか」

「ガス、ですか……」

「ちゃんと燃えるとは?」


 こんな感じで質問責めだ。

 あんまりにつづくと、


「あーもー! あーし理数系苦手なのっ。わかんないもんはわかんないしっ。いちいち聞かないで!」


「「あっ……その……すみません」」


 ベリルがキーッと癇癪起こして、コハクとメノウはシュンとする。で、ベリルはあたふた。


「いやいや、マジで怒ったとかじゃないかんね。ちょっと苦手なこと聞かれて微妙だったっつーかー、そんだけだし。ええっとねぇ〜……あっそーそー酸素ってやつ! 酸素とくっ付くの!」


「「——なにがくっ付くのでしょうか?」」


「そんなん知んねーし‼︎」


 こんな流れが延々と繰り返されてった。



 しばらくは、困らされるベリルっつう珍しいモンを拝んで日々を過ごしていたんだが——

 ある日、こんな平穏な時間に水を差す報せが舞いこんだ。


「旦那っ、急ぎ報せが!」


 コイツはゴーブレに率いさせた一団の一人。

 たしか王都への荷運びついでにラベリント伯爵のところへ魔導歯車を届けさせていたはず。

 それが予定を遅れて帰ってきたんだ。しかも数を減らして。


 戻りがズレたのも気になる。が、なによりイヤな予感を掻き立てたのは、血相変えて報告にきたのがゴーブレじゃなかったこと。

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