扱いに困る客⑥
まずは俺が客役。
で、接客してくれる店員役は、
「いらっしゃいませ」
ダークエルフ店員の片割れ、コハクからだ。
のっけから問題ねぇように見える。
涼しげな美人がスゲェこっち見て表情少なく声をかけてくるから、ちぃと場違い感を覚えて居心地悪くはあるけど。
「ああー、剣を探してるんだが」
「当店で取り扱う剣の類は、こちらのショートソードのみでございます」
「……そうか」
まだはじまったばっかだってのに「はいはい、ストップー!」とベリルは止めた。
「コハクちゃん、固いってー」
「申し訳ありません」
「いやいや、練習だしそんな謝ることじゃないけどさー。んんーと、父ちゃんいまのどー思った?」
えっ、こっちに振ってくんのかよ⁉︎
「俺ぁ商売の素人だぞ。ましてや接客なんか——」
「いーからいーから、思ったまんま言ってみー」
参ったな。しかし曲がりなりにもコイツらマジメにやってるわけで、なら俺の思うところをそのまんま伝えとくべきか。
「なんというか……、居心地悪かったのと、『そんなことも知らなくてごめんな』って気分になったぞ」
「父ちゃん思ってたより卑屈ぅー。でもいーや、なんでそーなったのか、みんなで考えよーう」
以降しばらくは、ベリルが答えを聞かせるんじゃなく全員が自由に意見を述べて、みんなで理由を考えてく時間に。
いったん議論が尽きたところで、ベリルが自ら実演すると言い出した。
やっぱりママゴトみてぇで、こっちとしてはムズ痒い。
だがどうも様子が本気っぽいし、見てる連中も真剣そのもの。
よし、これも稽古。俺も本意気でやるべきだな。
客のつもりで、はじめの立ち位置へ。
「いらっしゃいませ〜」
ほう。ずいぶんと違うもんだな。
思わず『ただいま』と返しちまいそうになるくれぇの気安さだった。さっきみてぇな居心地の悪さは感じねぇ。
いやいや、これは親の贔屓目ってやつかもしれん。ちぃと厳しめに見てやるくれぇにしよう。
「……………………」
へへっ。どうだベリル困るだろ。いまの俺はイヤな客だぜ。一切口を開いてやらねぇぞ。
「お客さん、めちゃ大っきーっすねー。もしかして有名な騎士さんだったりして?」
「いやいや、そんなんじゃねぇよ」
「マジでー? でもすっごく強いんでしょー。なーんかさっきから強者のオーラってやつ、びんびんキちゃってるしー」
ずいぶんと露骨にヨイショしてくんな。ふむ。だがまぁ……、悪ぃ気はせん。
「うちの武器、お客さんに使ってもらえたらマジ宣伝になりそー。せっかくだし、ちょっと握ってみませーん? この短剣お手頃なのにめちゃ斬れるって、むっちゃ評判なんですよー」
「そうかい。ならせっかくだし」
と、勧められるままに品を手に。
「うんうんいーかもっ。メインにってゆーより、予備にどーかなぁ? 小回り利くのとかほしーなって場面とかありそーじゃなーい?」
たしかにある。俺ぁもっぱら斧槍を使うが、味方が密集しちまうと困るときもあるな。
「こいつぁ、そんなに斬れるのかい?」
「もっちろーん。ズバズバ斬れっから、下手クソそーな人にはオススメしてないし。でもお客さんならヘーキっしょ。達人っぽいしー」
「ったく、口が上手ぇな。なら一つもらってくか」
「お買い上げどーもー——みたいな」
うおっ。まんまと買わされちまった。
いや、売るための稽古なんだから俺だって買う方向で進めるつもりだったけどよ。
「つーか父ちゃん、あーしが可愛いからってチョロすぎだし」
そういう問題じゃねぇと思うが。
「でー、ワル商人はどー思ったー?」
「小悪魔会長は幼いのに、口が達者ですな。いえ、元より存じておりましたが」
「んんー、あーしあんまし上手に説明できてなくなーい。アンタならもっと上手にいーとこオススメできるっしょ」
たしかにな。ズバズバ斬れるって、魔導ギアの特徴をまったく説明できてねぇよ。
「ベリル様。いまのは、品の特性より実践した際の利点を推したのでしょうか?」
「使ってるとこ想像してもらうみたいな感じ。でもまーそこらへんはあとで詳しくやるとしてー、父ちゃんはどーだったー?」
コハクへの答えを保留して、またこっちに振ってきた。
「のっけから、ずいぶん不躾なヤツだと思ったぞ。悪い気はしなかったが。あとは、やる気ねぇ店員だなとも——」
「そーそー、それっ」
突然ベリルは、テーブルに手をつき身を乗り出す。
「見張られてんのかなって思うと、めちゃ居づらくなんじゃーん」
「あたしは、凝視してしまったのがいけなかったんですね」
「そーなんだけどー、そーゆーんじゃねーし。そもそもお客さんは商品見にきてるわけでしょー、なら好きに見してあげたらよくね」
ダークエルフの二人はカリカリ覚え書きに記していく。やっぱりマジメだ。
「まって待って、だからどーするこーするじゃないんだってば〜」
……ぉん? 違ぇのか?
「小悪魔会長は心構えを仰っているのでしょう」
ここでノウロが控えめに口を開く。やはり本職だけあって理解が早ぇらしい。
「「と、言うと?」」
ダークエルフ二人の視線にノウロはたじろいだ。
向けられてるのは特別な感触が込められていない目つき。でもきっとコイツにとっては相当な圧だろう。
しかし事は商売の話。さながら直訴でもするかの如く、ワル商人の沽券にかけて腹を括ったようだ。
「はじめの『いらっしゃいませ』は『ようこそ。当店自慢の品をごゆるりとご覧ください』と言い換えることもできます」
なにげにコイツも気が強ぇところがあるな。見直したぜ。
こうノウロの評価を改めたのは俺だけじゃないようで、
「そーゆー感じー」
ベリルもうんうん納得。コハクもメノウも「なるほど」と感嘆の声をあげた。
「わかりました。声かけの真髄は、ただ声をかけるのではなく、なにか伝えたいことを込めるのですね!」
「では、次はあたしがやってみてもいいですか?」
なにか掴んだらしく、ダークエルフたちに積極性が生まれた。二人とも試してみたくってウズウズしてるってところか。
「んじゃ次のお客さん役はワル商人ねー」
そして店員役にメノウが立ち、そこへワル商人が訪ねていくところから稽古がはじまる。
「いらっしゃいませ」
まだまだ固いが、さっきのコハクよりは遥かによくなってるんじゃねぇか。
客役のノウロはテーブルに並べられた品を一つ手に取り、翳してみたりして確かめている。
「お気に召しましたか。斬れ味抜群の品ですよ」
「ほう。本当に斬れるのかね?」
「はい、それはもう。実はあたしも愛用していまして、先日も背後から喉元を掻き切るつもりが、頭がポロンと落ちてしまい——」
「ストォォォーップ‼︎ ちょ、マジ怖ぇしっ。ニッコリ笑顔でたとえても怖すぎだからっ」
生まれながらの強者で、おまけに賢い。そんなダークエルフだからこそ他人の意を汲むの苦手なのかもな。
こりゃあ、まだまだ時間がかかりそうだ。




