扱いに困る客⑤
メシのあと、なんでか俺も販売員研修会とやらに参加させられるハメに……。
以前ヒスイと接客術の話をしたとき、ポロッと口にしちまった『こんど俺にもやってもらうかねぇ』っつう痛恨の失言をベリルが聞きつけて、客役にと呼ばれちまったんだ。
参加者は、五名。
講師にベリル、客役に俺、あとはダークエルフ二人とノウロが受講生。
「ロープレの前にー、アンテナショップで困ったこととかそーゆー報告から聞かしてー。兄ちゃんに言えないこととかあるかもだし」
開店してからもイエーロからはマメな報告を受けていた。
一見、品物が足らん以外の問題はなさそうなんだが、文面から『なぁんか隠してんじゃねぇか』っつう気配は感じてたんだ。
こいつぁ都合がいいと、俺も耳を傾ける。
「接客する間もなく売れていくので……」
「陳列などもしてみたいんですけど、工夫して並べる間もありません」
ずいぶんと贅沢な悩みだ。
「あっ、一つだけありました」
「ああ、あれね」
「なーにー?」
「実は一度、不具合がある品がありまして。その際の対応で……」
そんなもん取り替える品は残ってねぇだろうし、詫びてカネ返すしかねぇだろ。
にしてはヘコんでるような顔してんのは、なぜだ? くどくど文句でも言われたか? ダークエルフに? ちっと想像つかんな。
「ふーむふむ。不良品でクレームかー。それはこっちでも対策考えるとしてっ、んで、どーやって接客したの?」
「教えられたとおりお仕事用のニッコリ笑顔で『なにか苦情ですか?』と対応しました」
「なのに、クロームァちゃんにすごく怒られてしまって……」
そのさまが目に浮かぶぜ。
不良品つかまされた客からしたら、おっかねぇダークエルフが『うちの品に文句つけてんじゃねぇぞゴラ!』って脅してきてるように映っちまったんだな。
本人たちに悪気がねぇのはわかるけど、そりゃあマズいだろ。
「うんうん。なーる。で、クロームァちゃんからはなんて?」
「今後、苦情などがあれば自分かイエーロ様にと」
まっ、そうなるわな。
「そっかー。つーかワル商人ならどー対応するー?」
「——わ、私ですか⁉︎」
ノウロは慌てふためく。
ただでもダークエルフと同席して居心地悪ぃのに、急に話ぃ振られたら堪らんよな。
しかし商人の矜持でもって己を奮い立たせたんだ。
声の調子を確かめるように「ええー」と喉を鳴らすと、思うところを口にしていく。
「お客様の過失がない前提ですが、品物の交換が可能でしたらそうします。品がなければ返金いたしますね」
「そーなっちゃうかー。つーか父ちゃん」
こんどは俺かっ。
「もし、このお客さんの立場だったらどーお?」
「どう思うか聞いてんだよな。そうだなぁ……、武具なら生命を預けるモンなわけで、しれっと対応されたらイラつくかもしれん」
「それが、ママにプレゼントするために買ったアクセだったらー?」
「……⁇ どうもせんだろ。交換してもらえりゃあいい。なければ諦めて別のモンにする」
と、当たり前の答えを返したのに、ベリルは偉っそうに「ちっちっちっ」と指を振る。
「コハクちゃん、お買い物がプレゼントの場合ってどーしてる?」
「贈り物用の布袋に入れ、リボンを結びます。クロームァちゃんが来てからは、そうするよう言われてますので」
「ってゆー状況なら問題なーい?」
ちっと想像してみる。
買ったらその場で包んでくれると……。
「そのまんま渡すより、開ける楽しみが増えるかもな」
「そーそーそのとーり」
「なるほど! そういう理由があったのですね」
「たしかにその方が贈られた方も喜ぶと思います」
感心するダークエルフを他所に、ノウロは『そのくらい知ってた』って様子。
袋に包んで飾りまでつける利点は理解できる。
だが、まだ答えになってない。
…………。
ああ、そういうことか。
「開けるまで不良品かどうかわからんな」
「そゆことー。もしママにプレゼントして微妙なの出てきたら、父ちゃんどーお?」
「んな場面、想像したくもねぇ」
「でっしょー。たぶんこれ、お客さんが一番キレるパターンね。自分のモノよりプレゼントの方が気ぃ使うし」
もって回った話されちまったが、おおよそベリルの言いたいことは伝わってきた。
「要は悪びれとけってことだろ」
「はーい、父ちゃん五〇てーん」
「品の受け渡しの際に、確認が必要ですね」
「そーゆー話じゃなーい。ワル商人は六五てーん。でも商品届いたら、検品ってゆーの? 売っても大丈夫か確認するのは大切かもねー。あと売る直前にも。そーそーこれ、ダブルチェックってやつ。メノウちゃーん、いまのマニュアルに入れといてー」
「はい、ベリル様」
と、メノウは覚え書きにカリカリ記していく。
ダークエルフっていうと危険な趣味人の印象が先立つが、案外マメでマジメなんだよな。
じゃなきゃあ複雑な魔法についての研究や、繊細な武技を扱えるわけもねぇか。
「えっとねー、あーしが思うに『お客さんにとってはその一個だけ』って意識がないのかなって見えちゃうし」
「……と、言いますと?」
誰よりも先に、ノウロが食いついた。
やっぱりベテランの商人だけあって、知らん商いの概念に興味をそそられたのかもしれん。
「百個千個ってたくさん作って売ってしてたら、不良品あったり接客失敗しちゃったりもすると思う。それはしゃーない。けどさーあ、買ってくれたお客さんにとっては、判断すんのってその一個だけなわけじゃーん。そーゆー話ぃ」
つまり、なにが言いてぇんだ?
「ふむふむたしかに。目から鱗ですな。いえ、けっして理解していなかったわけではありません。ですが小悪魔会長が仰られるのは、売る側と買う側、双方の視点を持て、そういうことでございますな?」
「……………、うん!」
ベリルのやつ、絶対いまのわかってねぇだろ。
「いわゆるお客さま視点ってやつねー。ワル商人わかってんじゃーん。つー感じで、そーゆー意識をちょっとでも持ってたらいーし。どーゆー顔するとかそんなんじゃなくってー」
「「……はい」」
具体的にどうせいこうせいじゃあなく、心構えから導くってのは難解なようで実は近道なのかもしれんな。
「んじゃ、具体的にどーすんのかってのを、いまからやってみよーう」
ハァ〜……。やっぱりママゴトみてぇな店員ごっこに、付き合わなきゃあならんのか。小っ恥ずかしいったらねぇな。




