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扱いに困る客②


 ベリルの言う『ドレイ』と俺の認識してる『奴隷』には、かなりの隔たりがあるようだ。


「オメェはどういうもんかわかって文句つけてんのか?」

「そんなんあれじゃーん。誘拐したりとか借金のカタにってしたりする悪いやつに決まってるし」


 やっぱりか。


「そういう例がないとは言わん。だがほとんどの場合は、身持ち崩したヤツが借金の立て替えとして身をやつすんだぞ」

「……んっと、お給料の先払いみたいな?」

「ああ、それがわかりやすいのかもな。だから基本的には期間も決まってる。罪人なんかはまた別だけどよ」


 まだ納得いかんようだ。

 それもわからんでもない。

 ラベリント伯爵の話を聞いちまったら、な。


「じゃー大人はそれでいーや。なーんか微妙だけど年俸制みたいな感じって思っとくっ。でもさー、子供とかなしじゃね?」


 そう。あの野郎はガキの奴隷を買うんだ。しかも罪人の子やら身寄りがなくなった気の毒な子ばかり。


 どうしてかと言えば、迷宮伯が持ってるダンジョンに理由がある。

 普通なら夢見る冒険者が殺到するところだが、誰ひとりとして寄りつかない。なぜか。そこがアンデッドが巣食うダンジョンだからだ。


 聞くところによると、頭痛がするほど臭いがキツく、ダンジョンから出たあとの生活にも不便をきたすと避けられちまってるらしい。


 そこで、ラベリント伯爵がとったのは、ガキのころから臭いに慣れさせてダンジョン探索に当てるって手段。きっと取得物を独占できるって利点もあるんだろう。

 いちおう行き場のない者らの食い扶持にはなってるのは、事実の一端ではあるが……。


 ダンジョンに潜るしか知らず、字も読めなければ算術もできん。そんな身体だけデカくなったヤツはもうそれでしか食っていけねぇ。

 野郎はそうやってガキのころから縛りつけてんだ。きっと奴隷から解放したあとの賃金だって微々たるもんに違ぇねぇ。

 さすがに使い潰すようなマネまではしてねぇだろけど。


 なにせよ胸クソ悪ぃ話だ。


「ベリルの気持ちはわかる。だがよ、曲がりなりにも法には則ってんだ。そいつを感情だけで覆すってのは、どうなんだ?」


 ムッスーとされちまった。


「……父ちゃんにも、どーにもできないのっ?」


 んな顔すんなよ。


「ひとひとりが一人前になって自分で食ってけるよう育つまで、いったいどれだけの手間と時間がかかるか。そのあたりはオメェにも想像つくだろ」

「……うん」

「そういうことだ」

「……なんかムチャ言って、ごめーん」

「オメェのムチャはいまにはじまったことじゃねぇよ。もう慣れてるさ」

「そっか。ひひっ。んじゃよろしくー」


 なにをよろしくされたのかは知らんが、できることを考えてんなら好きにさせてやりたい。ある程度は見ないフリしてもいい。

 どうにもならんかったら、そのとき、そういうこともあるんだと知ればいいさ。



 道作りから微妙な気分にさせられることがつづいちまったが、喜ばしいことだってある。


 リリウム殿の長男ニケロが嫁のボビーナといっしょにやってきた。

 目的は技術交流ではなく、かねてから話していた『ミシン』なる縫製用の道具の目処がたったと報告に来てくれたそうだ。


 試作機を会議室に運び込むと、さっそくベリルとボビーナは、下糸がなんじゃ摩擦がなんじゃとギャーギャー騒ぎながら仕組みについて話していく。

 当然、俺らは放ったらかし。


「ニケロ、オメェも大変だな」

「あははっ。いやまったくもってそのとおりなんですけどね、そこはせめて『できた嫁をもらったな』とか……」

「これぞ歯に衣着せぬ物言いってやつだろ」


 へへっ、我ながら上手いこと言ってやったぜ。


「——ぜんぜん上手くなーい! つーか、お喋りしてんならあっち行っててっ。あーしマジなのっ。いっぱい稼がなくちゃだし」


 どうやらお邪魔だったらしい。


「おうニケロ。出とくか」

「はい。あっ、水塀の周りを見学してもいいですか?」

「構わねぇぞ」


 ってな具合に追い出されるようにして、俺らは連れだって塀を見て歩くことに。


 つっても、水場を見せたらあとは似たような景色がつづくだけ。

 しかしニケロにとっては発見も多いようで、


「トルトゥーガ様。なぜ、水堀に木炭を沈めているのですか?」


 妙なところに興味を示す。


「俺も詳しくは知らんが、なんでも水を浄化できるらしい」

「それはいいことを聞きました。木の種類は関係ないのですか?」

「たしか特別なんにも言ってなかったはず。あとな、ひと月くらいしたら交換してる。引きあげた木炭は乾かしてから砕くと肥料にできるって話だ」


 うちは農作物は作ってないが、禿山の天辺に撒いてる。

 ベリルが言うには『たぶんチンダチの育ちよくなるし。よく知らねーけど』だと。


「うちでもやってみようかな。真似てみてもいいですか?」

「おう、構わん。水場の水も幾分かキレイになった気がするし、それなりに効果はあると思うぞ」

「うち、綿花を洗うのにも染色するのにも、かなり水を汚すので。いままではそのまま河に流してたんですが、これから量が増えていくと下流からの苦情が心配だったんです」


 へぇえ。若ぇのに先々のことまでよく考えてるんだな。感心しちまったぜ。

 そういうことなら、ベリルにも聞いてみるか。なんぞいい案があるかもしれん。


 つうわけで、戻って聞いてみると、


「ほーほー、たしかに公害とかマジ怖いもんねー。水資源めちゃ大事っ」


 ベリルはうんうん唸りながら、沈殿がどうの濾過がどうのと、排水についての聞き齧り知識を披露していった。

 実際に試してみるところからは、いつもの如くぜんぶ丸投げだ。


 そのあとボビーナは早々に帰り支度。

 わざわざリリウム領からここまで来たってのに。いますぐにでもミシンの改良に取り掛かりたいんだと。

 メシくらい食ってけばいいもんを。


「結果が出ましたら、また報告に伺いますね」

「ほーい。楽しみにしてるしー」

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