混凝土ロード④
ヒスイをメシ支度に帰したあと、俺はベリルを連れて道の完成の報告と宴の誘いに出向いた。
だが……。
「——わ、我らにトルトゥーガ殿と敵対する意思などありません。なにとぞ、お気を鎮めては頂けないものでしょうか」
これがパスカミーノ子爵殿からの第一声。
いったいぜんたいなにがどうなってこんな誤解をされてんのかサッパリで、俺らは揃ってポカンだ。
ここで我を振り返る。
ちんまい娘を連れてきてるとはいえ、道路の完成にウキウキ浮かれて魔導ギア着込んだまんまきちまった。
これが最初の大ポカ。誰だって完全武装で来られたら驚くに決まってる。
「——パスカミーノ殿。なにか勘違いされてる」
「——そーそー。あーしらそーゆーんじゃねーし」
と、二人がかりでなんとかこっちの事情を伝えて、それからようやく相手の話を聞いていく。
すると、どうやら道路作りがマズかったらしい。道路そのものじゃなくて作業してるさまが、
「あっちゃー」
だったらしい。
まず、ベリルが魔導三輪車で妙な石の円柱を引っぱる絵。これが耳目を集めちまった。
遠目に見られてんのには気づいていたけど、妙なモン見つけたってぇ好奇の視線だから放っておいたんだ。
で、このあと俺らはバカスカ幹をなぎ倒したり、せっかく均した道の上に敷いた混凝土を斧槍でガンゴン砕いていくわけだ。
もちろんこれは小石を敷き詰めるためなんだが……。
そのさまが違う視点からは、どう映るのか?
「フル武装した鬼が、コンクリの道路ぶっ壊しまくってるよーに見えちゃうかもねー」
ベリルの言うとおり。
「ガンガン音めちゃヤバかったもーん。あーし何気に耳栓してたし」
破砕音が日中ずっと響き、何事かと様子を窺ってみりゃあ……。どういう印象だったかは考えるまでもねぇな。
終いには、斧槍をズルズル引き摺る奇行に及ぶ。
俺らが去ったあとの石の道には、無数に刻まれた引っ掻きキズ。ハァ……恐れ慄くのも当然か。
残念だが、合点がいったぜ。
なんとか言葉を尽くしてパスカミーノ殿の理解は得られたが、見るからに宴会などと言い出せる雰囲気じゃねぇやな。
「ト、トルトゥーガ殿のご厚意、感謝します」
「——いやいや、先に迷惑かけちまったのはこっちなんで。つうか、善かれと思ってしたこととはいえ驚かしちまったみてぇで……なんというか、ホント申し訳ない」
こんな歯切れの悪い会話をして、俺らはパスカミーノ子爵邸をあとにした。
◇
戻ってすぐにでも宴は中止だと触れてまわらなきゃあならん。あーあ気ぃ重いぜぇ。
「つーかさー、父ちゃんはパスカミーノどのと仲良くしたかったの?」
「まぁな。しっかりと土地を治めている立派な方じゃねぇか」
「ふーん。なんか『泣いた赤鬼』みたーい」
なんだいそりゃあ?
「イイことしてあげて仲良くしよーとして、でもダメでー、みたいなとこ似てるかも。あと父ちゃん鬼だし」
ほう。鬼の話なのか。
「いったいどんな内容なんだ?」
「えっとね、昔話でー……なんだっけ? あっそーそー、鬼がマッチポンプして人気者になろーとすんだけど、最後はボッチ鬼になっちゃってぴえーん、って感じ? 昔すぎて覚えてねーし」
六歳児が昔とか言うなよ。
まぁそこらへんはどうでもいいや。言ってることも意味不明だしな。
「ままならんもんだな」
「まー、しゃーないってー。でも、あーしら悪いことしたわけじゃねーんだし、ならよくなーい」
「いや、オメェは道ぃ荒らしただろうが。しれっとやらかしたことスッ惚けてんじゃねぇよ」
「ひひっ。そーだったそーだったー。でもさー、これで便利になるわけじゃーん。だったらそのうち気づいてもらえるってー」
「だといいな」
世の中なかなか思いどおりには進まんモンだが、道を整えた便利さは知れ渡っていく。通れば誰にでもわかるもんだしな。
しばらく経ってからヒスイ伝えに聞いたところによると、女衆がパスカミーノ領へ野菜を買いに行ったとき、感謝してるって声があったそうだ。
でもやっぱり怖かったっつう声もあったらしいが。
いつかは、近く通ったら手ぇ振ってもらえるくれぇにはなりてぇもんだ。
いまはまだ、挨拶すっとビクッとされちまうが、そう遠くないうちにそういう日がくるだろう。
後味云々はさておき、これにて一件落着、……とはならなかった。
面倒な事が二件も舞いこんできたんだ。
一つは手紙で、左大臣殿から。
ザックリまとめちまうと、
『聞いたよ。すごい道なんだってね。急ぎじゃないけど、なるべく早めに詳しいところを知りたいな。急ぎじゃないけど』
だとさ。
べつに隠すようなモンじゃねぇから、作り方そのまんま書いて返事した。そしたら、
『直接会って説明してほしいな。王様も褒めてたよ。すごく興味もってて会うのを楽しみにしてるって。あとスモウまだ? とも言ってるよ。どっちも急かすつもりはないけど』
と催促された。
これには、
『年度末、税の申告で伺った際に説明に参上します』
と返して、第二回お茶会が決定してしまった。
言うまでもなく、ベリルは喜んだ。
「あーしもお妃さまとお姫さまからアクセの感想聞きたいし、ちょーどよかったじゃーん」
よくねぇよ。
と、心中でボヤくに留めておくとして、もう一つの方が気ぃ進まねぇ。
なにかってぇと、前回の技術交流会に呼ばなかった職人を連れて、その後援をしてる貴族が出張ってきたんだ。
よくよく聞いてみれば、道作りに使った魔導ドリルが目当てのようなんだが……。
ソイツがまたいけすかねぇ野郎でよ。
「トルトゥーガ殿の噂はかねがね」
なんつう当たり障りない会話から、ネチネチ遠回しに文句つけてくるヤツの名は、
「ラベリント伯爵殿、いや迷宮伯の方がとおりがいいですかね?」
こう呼ばれる、格上の伯爵様だ。
「おおーう。迷宮伯とかなーにー? めっちゃ気になるしー。ダンジョンとか攻略しちゃう系? 武闘派ってやつー?」
「ベリル、そのへんはあとで話してやる。つうわけで迷宮伯殿。ご用件を手短に頼んます」
「さようか。では残念だが本題に。せっかくの機会なのでトルトゥーガ殿の武勇伝、ぜひご本人の口から聞かせていただきたかったのだがな」
だからさっさと言えってぇの。
「魔導歯車と道作りに使った道具を売ってはもらえまいか? 多少割高でも構わんぞ。それと、うちの職人を技術交流会なる催しに再度参加させていただきたい。謝礼が必要なのであれば、そちらも充分な額を用意しよう」
よし。聞くだけ聞いたし、早々にお引き取り願うか。




