混凝土ロード②
「めっちゃ恐縮されちったねー」
「ああ……」
朝一、パスカミーノ子爵のところへ謝罪に伺ったら、どっちが詫び入れてんのかわからんくれぇ遜られちまった。
「父ちゃんの顔見た瞬間『ヒェ!』だったもんねー」
「言うなよ。俺でもそういうのヘコむんだぞ」
言葉を尽くし謝りにきたと説明して、焼きたての菓子を手渡してようやく、落ち着いて話を聞いてもらえた。
あんまりのビビりっぷりに、さすがのベリルも丁寧に頭を下げ、ずっとお利口さんしてたほど。
そんな珍事を招くくれぇ気の毒な様子だったんだ。
「いろいろ省みねぇとだな」
「マジどーかーん」
行きはセカセカ、帰りはトボトボ。
俺らは荒れた道を戻っていった。
さて、落ち込むのもこんくれぇにして、謝罪のおりに約束した道の整備を進めちまわねぇと。
「たしかオメェが魔導三輪車で石の筒を引く、だったな」
「そーそー。出かける前、ママにお願いしといたし、もーできてるはずー」
つうことで倉庫まで行くと、
「あなた、ベリルちゃん、おかえりなさい」
ちょうどヒスイが件の石の筒を完成させてた。
その真ん中には芯のような棒が通っていて、持ち手んところで繋がってる。
「「ただいま……」」
しかし普段なら、その見事な出来栄えとデカさに驚いてみせるところだが、そんな気分じゃねぇ。たぶんこれはベリルもだ。
「あら、なにかありましたか?」
詫びに出掛けてってヘコんで帰ってきたら、そりゃあ心配させちまうな。
「実はな……」
と、事情を掻い摘んで説明した。
「まあ、そんなことが……。それで、道についてはなんと?」
「好きにしてくれってよ。いちおう手間と費用はこっち持ちで、均すだけじゃなく整えるってことまで了承をもらってる」
「なんかー、こっちがごめんなさいしてるのに、めっちゃ脅かしてるみたいな感じだったしー」
「そういうことですか。チカラを示すほどそういうことは多くなります。残念ですけれど慣れる他ありません」
たしかにな。ヒスイのように二つ名呼びで畏怖されるってほどではねぇが、ここんとこ俺もベリルもやりすぎた。身に覚えがありすぎる。
パスカミーノ子爵領は麦や芋を主に育てていて、その合間に葉物野菜やら蕪なんかを作ってる。あとは家畜を少しだけ。
位置だけで見ればうちよりも王都よりだが、田舎も田舎。領主同士の付き合いなんてなく、うちの女衆が収穫の時期に野菜を買いにいくくれぇか。
そんな長閑な領地を真っ当に営んでる御仁が、パスカミーノ子爵殿だ。
きっと領民たちから道について陳情され、恐る恐るって感じで苦情を伝えてきたに違ぇねぇ。
腹黒い輩やら気ぃ強ぇ貴族なら慣れてんだが、あそこまで腰の低い温厚な相手だとどうにも……。
「いやー、マジ悪者ってツラいねー」
軽い調子で言ってくれるけどな、そもそもの原因はオメェがやらかしたからだろ。
いいや違うか。品物満載の荷車を往復させまくってるんだ。いずれ似たようなことはあったかもしれん。
「どう思われていようが、俺らの流儀を貫くしかあるめぇ」
「どーすんの?」
「決まってんだろ。度肝抜くほど立派な道に仕上げてやるんだよ」
「おおーう。父ちゃんにしては珍しくだいたーん」
「おうよ。ベリル、思いっきりやんぞ」
「ひひっ。むっちゃあがるかも! 予算度外視ってやつかー」
いや、そこまでは言ってねぇよ。
◇
まず俺がやらねばならんのは、人手の捻出だ。
つっても余裕ある回し方なんかしてねぇんで、王都から戻ってきたばかりの連中に『なんとかならんか』と聞いてまわったわけだが……。
「こんどは道作りですかい」
「おおー、ちょうど近ごろ走りづれぇ思ってたとこですぜ」
「たしかにな。隣んとこまで真っ平らになるだけでも、かなり違いそうだ」
「旦那、ワシらやりやすぜ」
と、休み返上で働いてくれるそうだ。
「代わりの休みはやれんが、手当ては満足いくだけ用意させてもらうからよ」
「なに言ってんスか、ちっと前まではもっとムチャさせてたでしょうに」
「まったくだ」
「傭兵仕事のハシゴとかな」
「ガッハッハッ。いま考えると、アホかってくれぇコキ使われてたよな」
「…………ほぉう。オメェら全員、手当ては要らんっつうことでいいんだな。助かる」
「「「——待って待って旦那待ってくだせぇ!」」」
ったく。ひとの好意にケチつけんなってんだ。
とにかく、これで人員確保と。
んで、ベリルの方はといえば、
「ブレーキ異常なーし。つーか慣れると後輪が右と左で止められるっていーかもしんなーい」
ブレーキなる装置の最終確認をしていた。
「そのブレーキってのはどういう仕組みなんだ?」
「めっちゃ原始的なやつだし」
おう。それを説明しろって言ってんだが。
あとベリル、必死こいて考えたホーローたちが不憫だから、そういう言い方はやめろ。
「ホーロー。頼む」
「はい旦那っ。さっき小悪魔が言ったとおりホント単純ッス。握り手んとこにもう一本付いてるのがブレーキの柄で、これをいっしょに握り込むと後輪の車軸を革のベルトが抑えて、止まるって仕組みッス」
なるほどな。握ったぶん短くなって、車輪に革の帯が当たって回転を抑える、か。
「よく出来てんじゃねぇか」
「あざーッス!」
「あーしは油圧ってゆーの頼んだんだけどー、よくわかんないらしくってさー」
「小悪魔もよく知らないんだろ。そんなもん作れるかよ」
「そこはホーローたちがガンバるとこじゃーん。あーしまだ六さーい」
都合のいいときだけ、幼児ぶりやがって。
「さっきの左右別に止められるとか言ってたのは、なんだ?」
「んっとねー、乗らないと理解しづらいかもだけどー」
という前置きして、ベリルは説明していく。
たしかに理屈がなかなか腹落ちしない。実際にゆっくり動かしながら聞かされて、ようやく『そんなもんなのか』って程度だった。
「なんにせよ、小回りが利くようになったんだな」
「そーそー。めっちゃコーナーせめちゃうぜーい」
「オメェが責めんのは、地面が先だ」
「いっけね、そーだったし」
という具合に準備は万端。
俺らはさっそく道作りに取り掛かった。




