混凝土ロード①
ここんところ朝メシ食って以降、ベリルを見かけない。
はじめは気にかけてなかったが、まさかと思い倉庫に行くと、魔導三輪車がない。
「あのやろっ」
乗るのを禁止して以降も、若い衆にあれこれムチャ言って改良させていたのは知ってる。あと魔導四駆を新たに作らせてるのも。
どうして把握してたのかといえば、なにを隠そうホーローたち直々にタレコミあったからだ。
いろいろ試すのは止めねぇが、速度を落とす仕組みが信用できるモンになるまでは、とてもじゃねぇが危なくって許しは出せん。
ベリルの身を案じてるところもあるが、それよりなにより他所に迷惑かけそうで気が気じゃねぇんだ。
だってのに、あのアホたれめ。
どこだ? 広場にいなかったのは確認してる。
なら禿山か? いいや、ベリルはアホだがバカじゃあない。お気に入りの魔導トライクを一発でダメにしちまうようなところは選ばんだろう。
しかし行き先がパッとは思い浮かばねぇ。
もしやヒスイなら心当たりあるんじゃねぇか。
そう考えて家に戻ると、いない。
その代わり食卓には、
『ベリルちゃんからドライブへ行こうと誘われました。夕飯までには帰ります』
っつう置き手紙と弁当が残されていた。
ヒスイがいっしょなら、滅多なことにはならねぇたぁ思うが……。
◇
昼過ぎ。外が騒がしいと思って顔を出してみると、荷運びの連中が戻ってきてた。
荷車ごと女衆やガキらに囲まれて、身動きとれねぇでいる。
ちっと前から、復路はお使いの品を満載にして帰ってくるようになってて、その品を目当てに群がってんだ。
ベリルがあれこれ頼むのに便乗してって感じではじまったんだが、みんな懐があったかくなるにつれ買ってくる量もかなりのもんに。
うちの領地に店なんかねぇから、半月に一度の贅沢できる日ってわけだ。
そんな人集りを抜け出して、
「旦那っ。挨拶が遅れちまってすいやせん。さっき戻りました」
内の一人が律儀に挨拶にくる。
「構わんさ。疲れてんだろ。とくに急ぎの報せがなきゃあ、細けぇ話は明日でもいいぞ」
「へい。では急ぎで一つ」
と、蝋封された手紙を渡された。
まさか⁉︎ と、お偉いさんからかと身構えたが違った。お隣さんだ。ウァルゴードン辺境伯殿ではなく、うちから見て王都方面の土地の主——パスカミーノ子爵殿からだった。
「なんでオメェがこれを?」
「へい。お隣の領主様が帰り道の途中で待ってやして、旦那にって手渡されやした」
領主自らがコイツら通るの待ってたって……。そりゃあよほどの話だな。
「そうか。なんか託かったりは?」
「とくにはないんですが、ものすげぇ気ぃ使ってる様子でした」
まったく心当たりがねぇな。
なにかあったか? と思案してたら「あと」と別件を報告してきた。
それを聞いた途端に、俺んなかで点と点が線になる。
「すいやせん。なにか関係あるかもしれんと思った次第で」
「いいや。オマエの判断は正しい。どうせ途中で、ヒスイやベリルを見かけたんじゃねぇのか?」
「へい。小悪魔殿はすれ違ったとき、手ぇ振ってやした」
やっぱりだ。
追加の報せだが『ここんとこ急に道が悪くなってる』って話で、具体的には轍の真ん中あたりに溝が増えて行き来しづれぇって内容だった。
となると犯人はヤツしかいねぇ。
三輪車で突っ走る爆走娘だ。
たしか前輪に魔導歯車を仕込んでるって言ってやがった。だから轍の真ん中を掻いて溝になっちまったんだろう。
十中八九、手紙はその苦情に違ぇねぇ。しかも迷惑かけたのに、俺らの噂聞いて気ぃ使わせちまってる始末。申し訳ない限りだ。
「……だ、旦那?」
「おう、すまんすまん。報告ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ」
「へい。それじゃあワシらは、これにて失礼しやす」
話してるあいだに荷台は空になってた。
ヘタな物取りよりも手際よく注文した品を掻っ攫い、ホクホク顔で去っていく女衆とガキども。逞しいったらありゃあしない。
これだって、お隣さんが文句言わんでいてくれたからバンバン走らせられてるんだ。
だってのに、あのバカたれは。
明日一番で詫びに行くとして、ベリルをどうとっちめるか考えねぇとな。
おっと、その前に手紙を読んじまわないとか。
…………ふ、ふむ。読むまでもなかった。
いや、どれだけ俺らが無法者だと思われてるかわかっただけでも価値はあったかもしれん。
道が荒れて困るっつう苦情の文だが、やたら遠回しに、こっちの気に触れんよう心を割いて書かれていた。
スゲェ悪いことした気分で居た堪れねぇ。
そんなベリルにとっては最悪の、俺にとっては待ってましたって時分に、
「いっいぇーい! たっだいまー!」
「あなたー、ただいまー」
二人はご機嫌で帰ってきた。
「……え、なんか顔怖いんだけど、なに?」
「あら、アセーロさんのお顔が凛々しくて厳しいのはいつものことでしょう」
呑気なボケかましやがってからに。ったく。
「おうオメェら、魔導トライク片したら、すぐ戻れ。ちぃと話がある」
「ママ。なんか父ちゃんめちゃ怒ってるっぽいし」
「そのようねえ。なにかあったのかしら。早く片付けてしまいましょう」
「ほーい。つーかー、せっかくドライブ最高だぜーいって気分だったのにー。台無しだしー」
「うふふっ。本当に風が気持ちよくて、流れていく景色も素敵だったわ」
ここまで余裕かますからには、コイツらに悪気がねぇのはわかった。
だからって、説教に手心加えたりせんがな。
◇
「そういうことでしたか。浅慮でした。申し訳ありません」
「そっかー、迷惑なっちゃったかー。マジごめんなさいしないとだね」
事情はよっくわかった。
やはりベリルは、ちょくちょくトルトゥーガからパスカミーノを魔導トライクで流してたらしい。ブレーキとやらを試すためって理由で。
で、ヒスイがいっしょしたのは今日がはじめてだったそうだ。
久々にガツンと叱るつもりだったが、こうも素直に謝られると……なんだかなぁ。
「明日、朝一で詫びいれに出向くぞ」
「はーい。したらママ、明日早めに起こしてー」
「それは構わないけれど、どうしてかしら?」
「お菓子作るし。ごめんなさいしにいくのに手ぶらじゃマズいっしょ」
「たしかにそうだが、まず先に補填のことを考えんとな」
「あら、それでしたら私が済ませますよ」
トルトゥーガとパスカミーノのあいだの道、ヒスイの魔法なら端から端まで均すのに半月もあれば足りるか。
「はいはいはーい! 道ぐちゃぐちゃしたのあーしだし、自分で直すし」
「どうやって?」
「ひひっ。あーしにイ〜イ考えがあるし」
と、ベリルはニタリ。とてもイイ考えたぁ思えねぇイタズラっぽい笑みを浮かべた。




