亀の魔物を増やすには③
復路の席順も同じ。
しかし乗り心地はさらにひどい。順調に進んでるわけもなく、谷側へ真っ逆さまに転げ落ちてるみてぇな勢いで——
「ベリルオメェ! ホンットッ、バッカじゃねぇのぉおおおー‼︎」
「バカってゆーほーが、バカだしぃぃぃー!」
さっきからガナリっぱなしで喉が痛ぇし、ケツも痛ぇ。
下り坂、とんでもないことになってる。
はじめはチョロチョロ降ってってたんだが、ベリルがキャッキャと魔導歯車を回して加速させやがったんだ。
もちろん途中でやめさせたが、ついた勢いは増す一方。
さっきからバンバン車輪が跳ね、ガンガン速くなってくからまともに会話もできねぇ。
「おいベリル! なんで回すのやめても止まらねぇんだ‼︎」
「いきなり止まったらぁあぁぁ〜、つんのめって危ないしぃいいいーっ!」
要するに回転槍とは違い、部品同士に隙間を設けてあるんだそうだ。
チッ。たしかに急に前の車輪だけ止まったら、尻の方が浮いてひっくり返っちまうわな。
「おい小悪魔ぁあああっ、こ、これ、ちゃんと止める方法あるんだよなー‼︎」
ホーローが叫ぶ。
これに対してベリルは、
「……………あっ」
刺すような激しい風圧で掻き消えちまいそうな、微かな声。だってのにハッキリクッキリ耳に届いた。
「オンマエふっっっざけんなぁあああーッ!」
「作ったアンタらが、ブレーキ必要って気づかなきゃでしょーっ! あーし、アイディア出しただけだもぉぉぉーん!」
「——るせぇオメェら! 責任なんざいまはどうだっていい! どうやって止めるか考えろっ!」
口ゲンカをはじめるベリルとホーローに怒鳴りつけて、黙らせる。
そこでゴーブレが斧槍を手に身体を乗り出した。
なるほど! 地面に突き立てて勢いを削ごうってんだな。
「おうホーロー。わかってんな!」
「はい、旦那っ!」
俺らも同じように斧槍を地面に——刺さらん⁉︎
いや、刺さってるんだが、ザクザク地面を裂いちまってツッカエになってねぇ。
魔導ギアの鋭さが仇になってんだ。だからって魔力を帯びさせなきゃ、たぶん斧槍がポッキシいっちまう。
「おい小悪魔ぁぁぁ、オマエ亀の魔物がいたらどうするつもりだったんだよぉおおおー!」
「そんなん知らねーしー。そーてーがぁあああ〜い!」
いっくら斧槍を刺しても速度が衰える気配がねぇ。
そして——麓が見えてきた。
「うわうわ、壁っ、塀っ、旦那ぁあああ〜っ」
情けない声をあげつつも、ホーローは必死に斧槍で地面を掻く。もちろん俺らも。
「旦那っ。こりゃあ飛び降りるしかありやせんぜッッ!」
だがゴーブレは頭を切り替えた。
俺も娘を抱えて、と腹を括る。がしかし!
「んじゃそゆことでっ」
ベリルのやつ、尻に敷いてた詰め物の端っこを掴み——
「緊っ急っだっしゅつぅぅぅーっ!」
逃げた。ひとりさっさと逃げやがった。
「おいコラ待てボケぇえええー‼︎」
魔法で浮いたんだろうが、ズンズン後ろへ遠ざかっていく。そんだけ速さがあるってことだ。
「旦那っ。ワシらもッ!」
「おう! ホーローもいけるなッ! 三つ数えたらだッ!」
「「応ッ」」
そっから呼吸を合わせる。
「「「三ッ」」」
軽い車体。バラバラに飛べばひっくり返りかねん。
「「「二ッ」」」
谷側がグングン近づいてく。
「「「いまッ‼︎」」」
暴走する荷車から——飛び降りた。
叩きつけられた地面をゴロゴロ転げまわり、なんとか勢いが止む……。と、すぐさま他の者の安否を確かめた。
「ワシぁ——痛っ、つつ、問題ありやせん!」
「オ、オレもなんとか〜。ハァー、怖かった……」
あとはベリルだが、
「おおーい! みんなだいじょーぶー?」
ケガはねぇみてぇだ。詰め物に座ったまま、宙を滑るようにこっちへ降りてきた。
ふぅ……まっ、無事ならいい。
ホッと胸を撫で下ろした直後、麓の方から、
——ガッシャアァァーン‼︎
と、残念な音が。
「「「…………」」」
「あーあー。壊れちったねー」
「んなことより、おうコラベリル。テメェ一人だけ助かろうたぁどういう了見だっ。ォオン?」
「ちょ、ちょっと父ちゃん顔怖いってー」
「おうよ。そりゃあ怒ってるからな」
止める方法を考え忘れてたのはいい。よかぁねぇが、失敗くれぇ誰でもする。
だがな、一人さっさと助かろうとしやがったのは勘弁ならん。ここらでいっぺん、コイツの根性叩き直してやらねぇと。
「旦那。説教も大事かもしれやせんが、まずは降りちまいましょう」
「……そうか。そうだな。おうベリル、命拾いしたな。だが帰ったら覚えとけ」
「は、はーい」
叱られるとわかるや否や、ベリルはゴーブレの背中にぴったりへばりつく。俺から隠れるようにして。
んだよ、それ。地味な抵抗しやがって……。
なんとか陽が暮れる前には帰ってこれた。
だがもう暗ぇ。塀の壊れ具合を確かめたり荷車の残骸を回収したり、そのへんの後始末は明日に持ち越しだ。
ここまで行き来しといてなんだが、亀の魔物にぶち当たらなかったのは本当に運が良かったとしか言えねぇな。
◇
そして翌日——
ベリルを乗せた荷車を引っぱり、昨日の激突現場を確かめにいくと、
「うっわー。ひっでーねー」
魔導四駆は見るも無惨な姿を晒してた。
「塀の方は……、いちおう補修しといた方がよさそうだな」
「ママ呼ぶ?」
「いんや、混凝土を塗りつけるだけだ。こんくれぇなら俺がやっちまう」
「そっか。んじゃあーし、散らばってるの集めとくねー」
「おう。手ぇ切んなよ。あと重いモン運ぶときは気ぃつけろ。無理そうなら呼べ」
「だいしょぶだいじょぶ。あーし何気に力持ちだし〜」
そう言ってベリルは魔力任せにちんまい身体を動かして、ズルズルと魔導四駆の残骸を荷台に運んでく。
珍しく自ら働いてるが、これは昨晩こってり説教かましたからじゃねぇ。んなもんはスッカリ忘れちまったに決まってるさ。
では、なぜかといえば、
「ふーむふむ。やっぱ、壊れてる部品とそーじゃないのあるし。軸のあたりとかズタボロじゃーん」
ホーローたちに作り直させるためだ。それも壊れ具合を研究材料にさせて。
ホント欲望に忠実なやつ。呆れちまうぜ。
「父ちゃーん」
「なんだ?」
「次いつドライブいくー?」
「——二度とごめんだ!」




