亀の魔物を増やすには②
「ひひっ。あーあー、だらしないなー」
こうなることがわかってて用意していたセリフを言ってる。そうとしか思えねぇ口ぶりだ。
「ほらー。シャキッとしてー」
んなこと言われてもよぉ。
つうか冷や汗かいたからか、やたら寒い。山頂だからってのもあるんだろうけど。
あたりは見回す限り、岩みてぇなガッサガサな地面。余計に寒々しい。
意外なことに一番早く順応したのはホーローだった。これも若さ故だろうか。あまり深く考えんようにしよう。
「なぁ小悪魔。こんなとこまで来て、オレらになにさせるつもり?」
「亀さん増やそーかなーって」
「それ答えになってないぜ」
「ちっとは自分で考えたらー。まったくもー。なんでもかんでもあーしに聞けば教えてもらえると思ったら大間違いだかんねっ」
ひでぇ言い草だな。こんなとこまで半ば騙し討ちみてぇに連れてきといて。
亀の魔物を増やす。それと木箱の中身の草。答えは……、考えるまでもねぇか。
「こんな土地じゃあ、さすがにどこでも育つ雑草でも根ぇ生やすのムリだろ」
「おおーう。さっすが父ちゃん。よくわかったね!」
そりゃあ箱の中身知ってたからな。
というかだな、『よくわかったね!』とか言うくらいなら、テメェでもわかるわけねぇと思ってたんだろ。
ったく。いちいち勿体つけねぇと話を進められんのか、コイツは。
「つーか父ちゃん」
「んだよ」
「雑草なんて名前の花はありませーん」
「おう。こいつぁ花じゃなく草だからな」
「あ、あれれ⁇ そっか、草だね。そーかも。いや違くって! あーし言いてーのそーゆーんじゃねーしー」
まーた聞き齧った名言でもひけらかすつもりだったんだろ。うろ覚えならいちいち口にしなけりゃあいいもんを。
「んで、この草の名前は?」
「知んなーい」
「じゃあ名無しの草、雑草でいいじゃねぇか。そういやオメェ、前になんたらって草に似てるとか言ってなかったか?」
ここでようやく息を吹き返したゴーブレが、
「たしか、アシタバとかチンダチソウとか言ってやしたぜ」
思い出した名前を教えてくれた。
まだ顔色悪ぃが、大丈夫か?
「ちょっとゴーブレ、やめてくんなーい。あーしそんな下品なこと言ってねーし」
「そ、そうでしたか。なら、そういうことで」
「まったくー。でもまーチンダチでいーや。スッポンたちの餌だし、めっちゃ元気っぽいし。つーわけで、今日からこの謎の草をチンダチと呼びまーす」
あんまり嫁入り前の娘に言ってほしくねェ響きだな。
まっ、名前がないのも不便だし他所で使う名でもねぇ。
なにより覚えやすくって、うちの連中も少しは興味もって面倒見るかもしれん。よしとしとくか。
「で、話を戻すが、こんなところに植えてもすぐに枯れまうぞ」
「水だけやっとけばなんとかなりそーだから、そのへんは問題なーし。つーわけでー」
と言ってベリルは木箱を漁り、ズルズルと魔導ショベルを引っぱりだして「はい」と渡してくる。
「掘れってか?」
「そー。まずデッカい穴ねー。池にしちゃうし」
却下して帰りてぇところだが、
「せっかくここまで登ってきやしたんで……」
ゴーブレが諦めの呟きを漏らし、
「亀の魔物、増やせるんなら増やしといた方がいいよなぁ……」
つづくホーローのボヤキを受け、俺ら三人は穴掘りに従事することにした。
◇
カタチなんぞ気にせず、とにかく掘ればいい。半分ヤケクソでガツガツ地面を抉ってやった。
あんなに寒かったのに、いまは額から汗が止まらん。
以前の水路んときと違い、今回は魔導ギアを着込んでるから、たった三人なのに進捗が半端ねぇ。
「よーし。こんくらいでオッケーかも」
ここでようやくベリルが満足する広い穴を掘り終えたわけだ。
そっからいつもの「〝ポチィ〟」とデタラメな魔法で、大穴を水で満たしていく。
「小悪魔まだチビなのに、魔力だけはスゲェな……」
「まったくだ。大人でもここまでの魔力量をもつ者なんぞ、そうはおらん」
驚く二人を気にもせず、ベリルは呑気に鼻歌交じりでアホほどの水量を作りだしてった。
「つーか暇ならさーあ、掘った柔らかい土にチンダチ植えといてー」
ずいぶんな物言いだが、黙ってても身体が冷えちまう。さっさと済ませちまうか。
そっから俺らはチマチマと株分けした草——もとい、チンダチをデッケェ水溜りの周りに植えてった。
「よーし。こんなもんでしょー。んじゃつづきはまた明日ってことでー」
「「「……え」」」
「なにイヤそーな声だしてんのさー。うちの命運を賭けた大事なことなんだかんねー」
たしかにそのとおりなんだが……。
「——そ、そういえば、他の連中も小悪魔の荷車に乗りたがってたぜ!」
「おうおう! そういや今回乗れずに悔しがってた者が大勢おったな」
コイツら他の連中に押しつける気だな。ったく。よし、ここは俺も。
「うむ。つうわけで交代せんとならんな。うむ。こんなスゲェ物に乗る機会を独り占めはよくねぇ。うむうむ」
「父ちゃん、うむ多いし。まーいーけどー」
なんとか生き地獄を回避できたと、俺ら三人はホッと胸を撫で下ろした。
が、それも束の間……。
よくよく考えたら帰り道も残ってたんだ。
「帰りは乗ってるだけでいーし。スイスイ〜ッと降りてっちゃうから」
絶対にスイスイ〜なんて生優しいモンじゃねぇと思うが。
とはいえ歩いて帰るわけにもいかん。これ以上のびんりしてると陽も暮れちまうしな。
本当の恐怖は下り坂に待ち受けているとも知らず、俺らは魔導四駆に乗り込んでしまった。




