小悪魔は欲張り④
ウァルゴードン辺境伯領との交渉に入る前に、いちおうベリルにも声をかけておくことにした。
あとでギャンギャン煩くされるのも叶わんし、なによりいい知恵があるかもしれんからな。
一昨日はさんざん威勢のいいことを言ったし脅しもかけた。
しかし奪いすぎはマズい。なんてったって相手は牛頭種と馬脚種の係争地に接してる地を治めてる辺境伯なんだ。
追い詰めすぎて、万が一の事態に対応できなくなってもらっちゃあ困る。こっちの責任問題にされかねねぇ。
そこらへんの塩梅を話したかったんだが……。
広場の外れにある木組みの小屋に向かうと、そこにベリルはいなかった。
「ったく。アイツどこ行った」
どうせ「しゅーん」とか「いじいじ」とか、ふざけてんのか反省してんのか判断つかんショゲたフリをしてるんだろう。と思って覗いたら部屋にはいない。
グルリ広場を見回しても、見当たらない。
日頃やりたい放題してるんだから、こういうときくれぇ父ちゃんの役に立ってくれればいいもんを。
ヒスイとどっか行ったんか。そう思い至り、探すのをやめた。
いらんときには首突っ込んで口も挟んでくるくせに、こういうときに姿くらますってのはどうなんだ。ホントままならん娘だな。
俺は交渉の場である橋手前の東屋へ。
そこには、
「父ちゃんおっそーい」
「おい。なんでオメェがここにいる」
「だってあーし、敏っ腕っネゴシエーターだもーん」
などと意味不明なことをほざくベリルがいた。
ヒスイはどこだとあたりを見回すと、橋にご執心な様子。
「母ちゃんと橋で遊んどけ」
「やだ!」
「高ぇとこ怖いんか?」
「こ、怖くねーし」
ほう。コイツにも苦手なもんがあるんだな。
それはさておき。
「これから冗談が通じん相手と話すんだ。オメェはどっか行ってろ」
「ええーっ。つーか、あーしみたいに可愛い子いたら、鼻の下びよーんってなって油断しそーじゃね」
せんわ。その自信はどっからくんのやら。
これまでの、コイツの年齢を忖度してくれる相手とは違う。ヘタな言質とられたくねぇから帰しちまいたいところだが、はじめから相談しようとは思ってたのも事実。
「だったら大人しくしとけ。あと俺が却下したらどうあっても却下だ。いいな」
「ラジャ!」
また妙ちくりんな敬礼しやがって。ホントにわかってんのか?
ま、最悪はヒスイ呼び出して連れていかせればいいか。都合よく近くにいるしな。
と橋の方へ視線を向けると、遠くに一台の馬車が。例の家令みてぇなヤツがやってきたんだ。
◇
「先日は名乗りもせず失礼しました。私はジョルドーと申します」
こないだの戦の装いとは異なり、今日はパリッとした使用人姿。違うのは格好だけじゃなく、振る舞いや態度諸々すべて。
対してこっちは使い古しの普段着で、ガキまで連れてるわけだ。
なんか見劣りしちまってんな。
「もー。普段から、あーしみたいにオシャレしとかないから、こーゆー感じになっちゃうしー」
「お、おう」
言われてみりゃあそのとおりだ。初っ端から一本取られたか。
「こちらが、当家の財の目録です」
うかうかしてる間に話が進められてく。
当たり前のように差し出してくるから、ついついなんも考えずに手を伸ばしちまう。が——パシッと、ベリルに叩き落とされた。
「んだよ」
「それ見ちゃったら交渉終わりだし。どーせ父ちゃんのことだから『これしか払えませーん』って言われたら『しゃーねーか』って認めちゃうんでしょー。なし。ダメ。ありえねーし。つーか、オジサンも勝手に進めないでくんなーい」
「…………」
ベリルの物言いに、ジョルドーは無言で返す。
なんか俺を置いてけぼりにして、コイツら二人、バチバチと紫電を散らしてるように見えた。
「なるほどな。そっちの都合なんか知らんってところか」
「そーそー。そーゆーこと」
つづけてベリルはリュックをガサゴソ漁り、一枚の紙を取り出した。表題には『賠償金とその内訳』と記されている。
それをテーブルに滑らせ、さらにベリルは、
「読んでみー」
と、生意気そうにアゴをしゃくる。
ジョルドーは「拝見します」とだけ断りをいれて目を通していく。すると瞬く間に顔色を変え——ダンッ‼︎
「冗談ではない! こんな巨額の賠償金なぞ、払えるものかっ」
テーブルを叩き、怒鳴った。
しかしベリルは、
「いーっていーってー。そーゆー怒ったフリとかいらねーしー」
と、どこ吹く風。
俺にはジョルドーが本気でキレたように見えたんだが、違うのか? 違ったらしい。
「…………。やはり噂は本当でしたか。与太話だろうと一笑に付しておりましたが、いやはや」
「なになにー、どーゆー噂なーん? トルトゥーガさんちの娘めっちゃプリチーとか、そーゆーのー?」
「さて、どのような噂でしょうかね……。実は私、いま法外な要求に戦々恐々としておりましてね、大変重たい気分になっております。そこでどうでしょう、賠償金の桁を二つほど削ってみては。そうなればきっと私の口は、鳥の羽よりも軽くなるに違いありません」
「いらねっ。なんかオジサンの話つまんねーし」
「それは残念」
このやり取りを皮切りに、タヌキジジイと小悪魔の舌戦がはじまった。




