小悪魔は欲張り③
鬼とスモウをとって勝った者だけが参加できる『グランドファイナル』は、奉納試合ということで賭けは厳禁だ。
にも関わらず、多くの観戦者が集まった。熱気だって物凄ぇ。
台を積み上げ、土俵より一段高い位置に祭壇を用意してるのが大きな違いで、それだけで野蛮な遊びが神聖なものに早変わりした気がする。
たとえ祭壇に、誰の仕業か屋台メシがこん盛り山盛りに供えられてあっても、その尊さは損なわれちゃあいねぇ。
予定どおりベリルが土俵に立ち、開会を宣言する。それに先立って神様に口上を述べた。
『これからお相撲っていう、押し合いっこをしまーす。スポーツってより格闘技って感じで、マジで面白いしっ。大っきな身体でチカラいっぱい押し合ったり、技で一瞬で勝負ついたりするから、女神さまたちも瞬き禁止っ見逃し注意っ。あっ、よかったらお供物も摘んでね。あーしからのゴチだし。ひひっ』
ここまで話すと、祭壇からクルリと観衆へ向き直り、
『それじゃーみんな「褌だらけのお相撲大会グランドファイナルッ。ポロリはねーし」はっじまるよ〜っ‼︎』
ベリルは開幕を告げた。
大歓声を受け、満足そうに『どーもどーも』と手を振ってる。
そして大興奮してる者が、俺のすぐ隣にも。
「あなたあなた、ベリルちゃんですよ、ベリルちゃんがいます!」
「ああ、見りゃあわかる」
「あんなに立派に成長して……、ママ、感激っ」
どこがだ? 昔っからでしゃばりで目立ちたがりで、なんも変わってねぇだろ。おまけに背だってちぃとも伸びとらんしよ。
ま、それでもいいんだがな。
◇
どれも見応えのある熱戦ばかりだった。
しかし賭けがないぶん円滑で、奉納試合はサクサク進んでいき、
『サボリ関の勝ちー!』
陽が高いうちに優勝者が決まった。
『優勝したサボリ関には、賞品としてトルトゥーガ印の魔導ギア特注品をプレゼントしまーす! おっめでとーう。みんな拍手ぅ〜』
観客はもちろん、負けた参加者からも惜しみない称賛と拍手が送られる。
その余韻が冷めきる間際、祭壇にあった屋台メシが消え——
「「「————⁉︎」」」
『うぉおおおーっと、女神さまから⁉︎ デッケェ……輪っか⁇』
代わりに現れたのは、銅貨でも銀貨でも金貨でもなく、リリウム領にかかる橋と同じ鈍色の輪。それが宙に。
背丈の何倍もあるそれは、ゆっくりと土俵に降り、コロコロ転がるとパタンと倒れる。
『すっごーい! 土俵とぴったしおんな……じ……あ、あれ? ——ふわ! これヤバ!』
なんだなんだと想像もしない展開に、客も関係者もざわめく。最も慌てふためいたのは、言うまでもなく神官殿だ。
「ベ、ベリル様、いったいこれは⁉︎」
『ぅわかんないし! でもでもこの輪っかんなかいると魔法使えなーいっ。うわマジーっ、ポチィもできねーし!』
あんのバカたれ。昨日ヒスイに怒られたばっかりじゃねぇか。
案の定ヒスイは立ち上がり、ズンズンとベリルの元へ。で、猫でもつかまえるみてぇに襟首を摘みあげて『メッ』と叱りつける。
それから神官殿に向き直り、
「あとのことはお任せします。これは神からスモウをとる者皆様へ贈られた共有の財ですので、教会で管理していただくべきかと」
謎の物体の管理や調査諸々すべてを押しつけ、娘を連れていく。
「——ぎゃあああーっ! ママ、ママだってだってママ、まほっぶひゃ、いゃあああ〜っ! 父ぢゃんおたっ、お助げっ、ふげっ、ひゃひっ、ほんげぇぇぇ〜っ!」
齢五歳にして、嫁の貰い手がなくなるようなひっでぇアヘり顔したベリルは物陰へ……。
「「「…………」」」
大魔導の剣幕を目の当たりにした観客は、見なかったことにしたらしい。
賢明な判断だ。だがよ……。
「「「…………」」」
おい、幕を閉じんまま放ったらかしか。
どうすんの? っつう沈黙を破ったのは——
ドドン! タカタッタ!
リーティオが叩く太鼓の音。
「これにてスモウ大会は終了だ! 免税市は明日の昼まで、それ以降は税をとるぜっ。つうわけで、それまでは売った買った飲んだ食った歌っただ! 寝る間を惜しんで楽しんでくれ‼︎ あとなんとなんとっ、国王陛下と王妃殿下からの酒の差し入れも届いてるぜ! 一滴残らさずありがたく飲んじまぇええええ〜っ‼︎」
そう叫ぶと、景気いい拍子を打ち鳴らす!
ドンタカタッタ! ドンタカタッタ! タカタカタッタカタ……ドドン、ドンタカタッタ!
その晩は煌々と火を焚いて、陽が昇るまで明るく騒がしかった。
もちろん俺は、リリウム殿たちと夜遅くまで回る円盤についての話を詰めてた。
んでベリルは、二日連続の『メッ』てことでヒスイに思いっきり詰められてた。
よって最終日の打ち上げに一家揃って不参加っつう、これまた締まらない感じで、俺らのスモウ大会は幕を閉じたんだ。
◇
眠い目ぇ擦って、商人たちは屋台や露店を畳んでいく。
それも昼前にはチラホラになり、市を開いてた場所はガラリと開く。
見渡すとだだっ広い広場に土俵だけがポツンと目立ってる。遠目には、銭湯といまもベリルがイジケてるだろう木組みの小屋、それと混凝土で建てた教会だけ。
そういう寂しい風景になった。
そんな慌ただしく変わってくさまを眺めてると、神官殿が出立前の挨拶にくる。その隣には若い神官殿も。
「神からの贈り物については、こちらからミネラリア王国に報告いたします」
「手間とらせちまって、申し訳ねぇ」
「いえいえ。この土俵を使い奉納スモウを行う際は、トルトゥーガ様にもお声がけさせていただきますので」
正直いらん。そっちでやってくれってのが本音なんだが、陛下からの手紙の件もある。ありがたく声がかかるのを待つとしよう。
「ホイホイ催すのもどうかと思うんで、年に一回くらいで頼む」
と、いちおうの抵抗はしておくが。
「ですな。競技の周知や遠方の参加者の誘致を考えると、それくらいがよろしいでしょう」
ここまで話すと、神官殿はあたりを見回した。
「ああ、あの問題幼児は女房に説教されて、いまは膝抱えてるぞ」
「ほっほっほっ。さようですか。では、よろしくお伝えくださいませ。当地には、この者が残りますので」
若い神官殿がペコリと頭を下げた。
それから、輸送の手の者がくるまではリリウム領に建てた教会で神様のくれた土俵を管理する旨なんかを話して、神官殿は去っていった。
さあて、お次は今回の総仕上げだ。
なんだかんだで、ウァルゴードン辺境伯からどうケジメとるか、これがいっちゃん厄介な仕事だったりする。




