橋上の決闘⑤
ムチャしたぶんが、一気に身体を苛む。
しんどくて立ってんのすらツレェ。だが、ここでヘタり込むわけにはいかねぇ。
ウァルゴードンの野郎は……よし。ビクビク痙攣してっから生きてんな。
さて、お次はテメェの主人の危機に駆けつける忠義者の相手をせねば。
「我が主に対する狼藉の数々、黙認できません」
使者としてやってきたオッサンだ。ウァルゴードン家の家臣なのか家令なのか知らんけど。
「狼藉だぁあ。一騎打ちの結果だろ。しれっと話変えてんじゃねぇぞ」
「まだ、我らとやり合うおつもりですか?」
「だから話逸らすなって。大将同士の一騎打ちが済んだとこだろうが。つまりオメェらの負けだ」
ここでゴーブレらもやってくる。遅えよ。
「おう。大事な金蔓だ。丁重にふん縛って小屋にでも放りこんどけ」
「「「へい!」」」
「旦那、お見事でした」
「おう。ざっとこんなもんよ」
うちの者数名がウァルゴードンを拘束していき、残りはヤツの家来どもを威嚇する。
「この状況でもまだつづけるってんなら、まず白目剥いてるコイツから簀巻きのまんま川に叩き落とすぞ。こっちで捕虜にしてる連中もだ」
「……クッ」
「そうそう。そうやって負けたんだから悔しがっとればいい」
領主は当然として、兵士の目の前で捕虜にされた者を見捨てられんわな。んなことしちまえば今後もくそもねぇ。もう誰もついてこなくなる。
「では、私も主人に付き添います」
ほぉう。その忠心には敬意を示してやってもいいが、あんま嘗めたこと抜かすなよ。
「おいおい正気か? オメェはよっぽど物忘れが激しいらしい。それともトボけてんのか」
「なんのことでしょう」
「即時解散、即時撤退だったな。まさか負けといてテメェんとこは違う条件にしてぇとかふざけたこと抜かさねぇよな」
「…………わかりました。領軍は直ちに解散します。ですが主人のお世話のためにも、同行を希望——」
ギリッと睨み、圧をかける。黙りやがれ。
「……ど、同行のお許しをいただけませんか」
「テメェがウァルゴードン辺境伯の家でどんくれぇの地位なのかはわからん。だがまず先にやることがあんだろ」
そんなにこの野郎が大事なんかねぇ。いい家来持ってるんだから、こういう出会いじゃなきゃあちっとは話せるヤツになってたのかもしれんな。
だからってここで譲ったりはしねぇけどよ。
「呆れるぜ。オメェさんは相当忘れっぽいヤツらしい。一部割譲する領地の候補地選び、魔導ギア一式に見合うだけの品、ケジメのための賠償金、あとは身代金。急ぎで用意しやがれ」
「…………」
「テメェは駆け足で帰ったらすぐ、家中引っ掻きまわして金目のモンかき集めて戻ってくるって仕事があるだろ。交渉は一切受けつけねぇ」
「——横暴な!」
「と言いてぇとこだが、寛大な俺は『オメェが言うな』と苦言を呈すに留めといてやる」
「………ギッ」
「ったく。しょうもねぇな。ウァルゴードンんとこの者は礼の一つも言えねぇのか?」
「か、寛容さに感謝します」
ひでぇツラになってんな。左右で表情がチグハグになってら。
ウァルゴードンの身柄も引き上げたみてぇだし、橋の周辺も固め終わってんな。んじゃ、そろそろ時間稼ぎはいらんか。
「交渉は明後日の午後以後だ——」
「明日ではいけませんか?」
「ダメだ。わかるだろ、俺らぁこれから祝勝会で忙しい。つうかあんまりダダ捏ねてっと、うちの者が酔っ払った勢いでなにするかわからんぞ」
「旦那ぁ。ワシらそんな乱暴者じゃありやせんぜ。なぁオメェら」
「「「ガッハッハッハッ!」」」
こんだけ脅しておけば、夜襲で解決しようなんてバカなマネしないだろ。
「明後日、こっちが納得いく目録揃えて持ってこい。念のため言っとくが出し惜しみはお勧めせんぞ。俺らぁ短気らしいからよ、甘い顔してるあいだに機嫌とっとけ」
「…………承知、しました」
「おう。俺の気ぃ変わらんうちに済ませてくれ——オラ! 駆け足ッ‼︎」
「ギッ。それでは失礼します」
そっからウァルゴードンの兵隊共が見えなくなるまで、睨みを利かせた。
◇
「ふぅ……。行ったか?」
「へい。ですが旦那——」
「わぁってる。東屋までは自分で歩くさ」
ここでヘロヘロなとこを見せるわけにはいかん。それはゴーブレたちも同じだ。
つうか、ヒスイも捕虜じゃなくコイツらに回復魔法かけてやりゃあいいもんを。こっちの限界を知らせないためってのはわかるが、ちぃと厳しすぎだ。
河岸まで戻ると、想像してた以上の大喝采で迎えられる。
そして、
『よっしゃーあ。宴会代もワル辺境伯に請求しちゃうぞーう! みんな飲んで歌って盛り上げちゃってー!』
こっちは予想どおり……。
親父の勝利を喜んでくれるのは嬉しいんだがよ、ちったぁ疲れてるとか考えねぇの?
「あなた、素敵でした……っ♡」
このままベッドに押し倒してきそうな勢いで、ヒスイは腕をとってきた。が、さすがわかってる。俺の耳元に口を寄せると、
「〝完全治癒〟」
こっそり回復魔法をかけてくれたんだ。
「うふふっ。宴会の主役がいなくては、盛り上がりに欠けますもの」
「いまの、俺以外にやるなよ」
「あら、妬いてくれるのですか。嬉しいっ」
キズと併せてギスギス荒れた気分も癒してもらってると——
『こらそこーっ。イチャイチャしなーい!』
ベリルがイジッてきやがった。
ただでも煩ぇアイツに、魔導メガホンを持たせるのは喧しくて敵わん。よし。おりをみて取り上げちまおう。
ま、そういう些事は後回しだ。
乾杯待ちしてる連中を、これ以上焦らしたまんまにしておくわけにはいかねぇからな。
「おうオメェら! いまから飲み食いするぶんは、ぜんぶウァルゴードン辺境伯からの奢りだ。あとで礼言っとけよ。んじゃ、乾杯ッ!」
「「「乾杯ッ!」」」




