橋上の決闘④
これで間合いはだいぶマシになった。
ウァルゴードンは折れた剣を放ると、怒涛の連打を仕掛けてきた。
躱しては一発、避けては二発と、こっちもやり返す。
野郎の攻撃を避けるのは容易い。動きづらそうなモン身につけてっから起こりがみえみえだ。
だが依然として、俺の拳はゴツい鎧に弾かれちまう。魔法で身体を強化できてないのもあって、殴るたんび、拳が痛ぇいてぇ。
「グハハハハッ! そんなヌルい拳、効かんぞ」
言ってくれるじゃねぇか。テメェのスットロい突きを棚に上げてよぉ。
なら、こういうのはどうだ。
バレねぇ程度に大きく躱してスキをみせてやると、食いついた。
決めてやろうって殺意バリバリの拳が迫る。ガチガチの装甲で覆われた凶器みてぇな鉄拳だ。
その手首をとって懐へくぐる。
クルッと背を向けて、内側へ巻き込む。
時分を見計らって腰を跳ね上げてやりゃあ——
巨体は浮き————ゴゥンッッ!
『うぉほほおーう! 父ちゃん選手の一本背負いが——キマッたぁああああーッ‼︎」
瞬く間に、ウァルゴードンは背中から地面に打ちつけられるって寸法だ。
いくら自慢のフルプレートだって、神様の創った鉄板には敵うまい。重さだって仇になる——はずが、
「チィ。……ぬかったわ」
舌打ちしてぇのはこっちの方だ。盛大にぶん投げてやったのによ。
もうフルプレートは鎧の体を成してねぇ。主要な部品はひしゃげ、鋲やら留め具は弾け飛んでる。繋ぎ止められなくなった鎧だったモンは、ガラガラ破片になって落ちてくばかり。
がしかし、だってのに立ち上がるウァルゴードン自体には目立つ損害なし。
「残念だったな。我の肉体には、打撃や衝撃など通らんぞ」
コイツの言うとおり、あの筋肉と脂肪の塊は、殴ったり投げたりでどうこうなる域にねぇ。よほどトロルってやつは丈夫らしい。
ったく。いやんなるぜ。
「あんまりにトロくせぇから身軽にしてやったんだろうが。親切だ、ボケ」
「フン! 我に捕まったときが——貴様の最後だ‼︎」
言い草とは裏腹に、ウァルゴードンの野郎、なかなか狡いじゃねぇか。
左右どっちに避けても対応できるよう腰を落として、膝を刈りにきた。引き倒されて馬乗りになられちゃあ堪らん。
チカラ比べしちまってもいいが、ちょいと削らせてもらうぜ。
左右でダメなら——上だ!
低い姿勢で突っ込んでくるウァルゴードンの頭を抑えつけ、俺は飛び越える。そして背後を取ったら、即座に膝裏へ蹴りをかます。
「——痛ッ‼︎」
肉厚で打撃が通らんなら、おデブちゃんでも肉付きの悪いとこを狙ってやりゃあいい。
——オラ、もういっちょ!
こんどは関節の側面へ、回し蹴り。
「——苦ッ‼︎」
強引にぶん回してきた裏拳。風切り音だけでヤバさがビンビン伝わってくる。が、キッチリ掻い潜り——肘を打つ。
こうやって末端からじわじわ削ってく。
魔法が使えりゃあ、針の穴を穿つような一撃も決められんだけどな。ないものねだりしててもはじまらねぇか。
こっちはまだ一つも食らっちゃいない。それでも不慣れな自分よりもデカいヤツとのやり合いは、ジリジリ俺の体力を擦り減らしていく。
「ええい! チクチクとォオオオオオ!」
「ドンくせぇデブ妖精の末裔が。御託はいいから一発くれぇ当ててみやがれってんだ」
「フンッ、粋がるな! 息が乱れておるぞ」
「オメェこそフガフガいってんだろ。まん丸い鼻んなかに贅肉でも詰まってんのか? ァアン?」
ウァルゴードンの手数が減った。弱らせたからってわけじゃなく、関節狙いを警戒されたからだ。
おかげで、ますます俺の手札が少なくなっちまう。
バッテバテの泥試合ってのは性に合わん。ここらで一発、大技で勝負に出とくか。
俺は構えを捨てて、脱力してみせた。
そして徐に、近づく。
この虚を突く挙動に、ウァルゴードンが反応した。反応させた。遮二無二掴みかかってくる——
だよな。意味不明だよな。無防備に間合い詰められるなんてよぉ。
だがそれが——命取りだ!
意図的に遅らせた動きを、常の倍速へ。
膝から崩れていく重心移動に、目一杯の蹴り足を加える。すべてを同時に。すると——輪郭がブレて見えるほどの——加速!
あとは身体の流れに逆らわずに、ウァルゴードンの出っ腹に手を添えて——ダンッ! 踏み込むだけ。
「——————グホォッッッ‼︎」
頬と肩を掠めた太っとい指先で、皮膚が裂かれた。血飛沫が舞う。
が、それ以上に俺の掌はヤツの腹部にめり込み、内側を壊す。
へへっ。どうよ。こいつぁカンフーっていうらしいぜ。オメェがバカにしたうちの娘に仕込まれた無手の必殺技だ。
「……ッッッ、グヌッ——ギワッ!」
おっと危ねぇと、すぐさま飛び退く。
直後、俺がいた場所をデカい手が握りつぶした。
ヒヤッとさせやがる。
つうかまだまだ元気いっぱいだな、おい。
「ゴフッ……ッ、フゥ、フゥ……、貴様ァ、ッ、またわけのわからん技を使いおって!」
少しばかし致命打には届かなかったらしい。
魔法で身体の制御もできてりゃあ、完璧だったんだがな。僅かな体捌きのズレで、不完全になっちまった。
だが、もう一発ブチ込めば!
と踏み出した瞬間——カクッ。微かに膝にきちまう。
失敗った。どうやら俺は大物とやり合う愉しさにのめり込みすぎてたらしい。うっかり生身にかかる負担を勘定し忘れちまってたぜ。
こんな特大の勝機をウァルゴードンが見逃すはずもなく、
『——父ちゃん‼︎』
俺の身体は軽々と弾き飛ばされた。
スゲェゆっくりな視界んなか、目の前がゴッツい肉の塊で埋めつくされ——腹ん中身がはみ出ちまうくれぇの衝撃っ‼︎
正面から息が止まる体当たりの直後、こんどは背中から地面に叩きつけられた。
あとは身体がゴロッゴロ転げてく。
前から後ろから鈍痛が全身を苛む。
真っ直ぐ当たってくりゃあいいもんを、わ、わざわざ覆い被さるようにしてきやがってっ……っ。ヘタこいた……ぜ。巨体と地面で逃げ場のねぇ圧をモロに食らっちまった。
チッ、軽く意識が飛んじまったじゃねぇか。
転がった先で橋から落ちなかったのは、ただの幸運でしかねぇな。
『父ちゃぁぁぁ〜んッ‼︎』
るっせぇえええ!
聞こえてるっての。いますぐに元気いっぱい立ち上がってやっからよ。だから、そんな心配そうな声あげんなや。
こん——————ちきしょうがッッ!
「……ハァ、ハァ……クッ……」
どうだコラ。オメェの親父はまだ立ってんだろ。余裕そうだろ。
正直、ちっとでも回復の時間が欲しいとこ。
ひと呼吸もできてねぇし、未だに目の前がグラグラしてやがる。
だがウァルゴードンは待たねぇらしい。
「トドメだ! トルトゥーガァアアアーッ‼︎」
さっきまでみてぇにムダ口叩いてりゃあいいのによ、地を這うような迫力満点の体当たりをかましてくるんだ。
まいったな。手札がねぇ……。
いや、ある! 一つあった。身をもって知った一撃が。
脳裏を掠めるのは、ちんまい身体でも怖気づかずに立ち向かってきた——鼻垂れボウズの姿。
視界を覆い尽くすほどにデカくなってくウァルゴードンに対して、引けちまいそうになる腰に喝を入れて、低く落とす。
足腰にリキ入れて、前に踏み込んでやる!
そして全身を一本の槍へと気合いで押し固めちまう。その穂先は額。
テメェが想像だにせん向こう見ずな渾身の一発を——食いやがれ!
——————ゴゥッッッ‼︎
鈍い音がビリビリ骨の髄に伝わる。
ウァルゴードンの丸膨れヅラが近ぇちけぇ。
俺の頭突きが、ヤツの上顎を砕いたんだ。
こっちも半分自滅みてぇになったが……。へへっ。野郎、前歯ボロボロ落ちてやがんの。
「……アガ……ッ…………」
ざまぁみやがれ。ウァルゴードンのやつ、白目剥いて落ちやがったぜ。
『…………か————勝ったどぉおおお〜う! めっっっちゃ強ッ烈ッッ! ワル辺境伯、頭突きがカウンターで、ダウゥゥゥゥーンッ! 父ちゃんの勝ちぃいいいーい‼︎』
そうそう。オメェはそうやって騒いどけ。




