橋上の決闘③
近くで見ると、よりデケェ……。
こりゃヤベェかも。ちぃとばかし早まったマネしちまったか。
歩くだけ地鳴りがしそうな巨漢。もしくは天突く巨人。それがウァルゴードン辺境伯の第一印象だ。
武闘派だとは思ってたが、これほどたぁな。
縦幅も横幅もスゲェし、おまけに分厚い。筋肉の塊に脂をたっぷり蓄えた身体を、これまたゴツいフルプレートで覆ってやがる。
そもそもあれだけの軍勢の統制とってんだ、これくれぇ当然か。
俺の身の丈よりもある肉厚な片刃の剣を——いや、ありゃバカデカい鉈だな——ズルズル引きずって、こっちへ悠々向かってくる。
お互いに声の届く距離まで近づくと体格の違いってやつがハッキリわかるぜ。
そして一騎打ちの舞台は橋の上。左右に大きくは動けず、あれこれと制限が多い。
広い川幅を跨ぐのは大昔の神様がこさえてくれた決して壊れねぇ鉄板で、これだけの長さがあるってのにまったく揺れない。
魔法は無効にされちまうが、派手に暴れても大丈夫って安心できるのだけが救いだ。
「貴様がトルトゥーガ子爵か?」
顔の作りはどこも丸っこくブッサイクな野郎だが、その目つきだけは鋭い。
「そういうテメェはウァルゴードンだな?」
「フンッ。子爵如きがずいぶんな口を利く」
流暢に話すのには第一印象を裏切られた気分だ。
というより、
「気にいらん。我の企てを台無しにしおって」
見た目に反してよく喋る。
聞いてもねぇのに、
「リリウムの三男坊が失敗るまでは狙いどおりだったのだがな。まさか結託するとは。大鬼種のような考えなしの類は真っ先にリリウム領を攻めると睨んでおったが、当てがハズレてしもうた」
とかリーティオを唆した真の狙いを語ったり、
「脳足りんな鬼が暴れたところで、我が介入し鎮圧。そののちリリウム領の一部割譲、ついでに魔導ギアも取り上げてやろう算段を立てておったのだがな。まったくしてやられたわ」
聞いてもねぇ悪巧みについてもペラペラよく喋りやがる。
脳足りんはどっちだってんだ。
どうも聞いてる限りだと、最初に手紙でイチャモンつけてきたのは、警戒させてリーティオを失敗させるためだったらしい。
いまさらどうでもいいわ、んなこと。
まだ喋り足りねぇのか、牛頭と馬脚を駆逐するだのなんだのと延々語ってやがる。
つうかコイツ、図体だけで三下くせぇ野郎だな。
なんか力みが抜けちまったぜ。
「フハハハッ。巨体種の血を色濃く継いだ我が威容に、声も出せんようだ」
いや、呆れてるんだっつうの。
口ゲンカでもしに来たんか、コイツぁ。
「して、あの頭の悪そうな煩いガキはなんなのだ?」
激しく同意するが、同時にカチンとキた。
もう口上云々スッ飛ばしてブン殴ろうとした、そのとき——
『あー、ワル辺境伯がこっち見てなんか言ってるしー。ぜーんぜん聞っこえませーん。もっと大っきな声で言ってくんなーい』
ベリルが俺の頭越しに、ウァルゴードンを挑発しはじめた。
『よーし、あーし唇読んじゃうし。ではではコメントど〜ぉぞっ』
「グヌッ。我はガキとて容赦せんぞ」
『ぶひっ、あのコ可愛すぎて堪らんぞ。ってうわーマジ引くわー。ワル辺境伯ロリコンだし。めちゃヤベェヤツじゃーん』
「——ウソを申すな! 我はそのようなことは言っておらぬっ‼︎」
ウァルゴードンはベリルに向かって怒鳴り散らすが、距離があってまともに届いちゃいない。あっちから見たら、喚いてんなぁってくれぇだろ。
『うわうわ可愛いな。あれは天使かなにかではないかのう。だってー』
「——違うわ! 黙らんか!」
『近くで、お茶しないか。って、いやーマジごめんだけど、アンタあーしのタイプじゃなーい。つーわけでムーリー』
両岸に届いてるのはベリルの声だけ。
まだ好き勝手言いたい放題だが、いったん意識から外しちまう。
「ギッ。我自ら叩き切ってくれるわ」
いくら叫ぼうがムダだと悟り、ウァルゴードンがノシノシ歩を進めたからだ。
もちろん無視くれた野郎の前に、俺は割り込む。
「おうコラ。テメェの相手は俺だ。間違えんなや」
「フン。ここがどこか忘れてはおらぬか? 貴様らが得意とするチカラのカサ増し魔法は使えんぞ」
「だから手加減してやるっつってんだろ」
「ほう。トロルの血を引く我に、無手でか。よかろう、あのガキの前に貴様から血祭りに——」
デカい得物を構える前に——右拳を一発。
「ベラベラよく喋る野郎だな。茶会に来たのと勘違いしてねぇか。こっちは一騎打ちしにきてんだよ。ゴタゴタ言ってねぇでかかってきやがれ!」
と啖呵切ってみたはいいが、まるで効いちゃいねぇ。トロルってのはよほど頑丈らしい。
つうか殴ったこっちの手が痛ぇよ。
さぁてどうしたもんか。
「フハハハッ。やはりこんなものか。まるで勝負にならんだろうから捨て置いたまで。我を侮るな!」
ふぉ! スンゲェド迫力っ。
振り下ろし——からの切り上げ、撫で斬り。
なかなかどうして、チカラ任せじゃねぇ一端の剣技を見せてくれるなぁ、おい。
「どうしたどうした! 口ほどにもない。手も足も出んではないか!」
そいつぁどうかな。
ただでさえタッパの差があって間合いが違う。
おまけに得物のぶんも加わって、とてもじゃねぇが詰められん。
避けるので精一杯。
だがな、手も足も出ないってのは大間違いだ!
キッチリ、捨ての攻撃まで織り交ぜた突風みてぇな斬撃を避けてると、鋭い鈍色の塊は地を這って俺の足を刈りにきた。
ここだ!
地面スレスレ。僅かに浮かして迫りくるデカ鉈を、踵で踏む——踏み抜く!
パッ————キッンンン………‼︎
「んな⁉︎」
へへっ。どうだ、甲高い音と共に野郎の得物はポッキリ真っ二つ。ざまぁみろってんだ。
『うぉおおおお〜う! 父ちゃんスッゲェエエエエエ! 踏んづけてデッカい剣折っちゃったしぃぃぃー!』
おうおう騒げ騒げ。
「んだよ。テメェと同じで見かけ倒しか。安モン使ってんだな。ォオン?」
「貴様ッ! なにをした⁉︎」
「うちの問題幼児も言ってたじゃねぇか。踏んづけてやったんだよ。見たらわかんだろ」
「その程度で折れるような剣ではないわ!」
まぁ、こいつぁちょっとした手品だ。
ベリルは試し割りがどうのと言ってたが、いまのは蹴って折ったわけじゃなく、踵で大昔の神様がこさえたバカみたいに頑丈な橋にぶつけてやっただけ。
んな理屈なんざぁ、なんだっていい。これで殴り合いには持ち込めるんだからな。




