橋上の決闘②
橋の上ではじまった合戦。
相手の先陣は、ウァルゴードン辺境伯領きってのバリバリ現役な領兵なんだろう。見るからに士気も練度も高く、経験を積んだ強者揃いなのは間違いねぇ。
もちろん一対一でゴーブレたちが引けを取るこたぁないだろうが、橋の上ってのは、ちぃとマズい。
魔導ギアは稼働してるようではある。
しかし、昔の神様が創ったっつうこの橋の上では魔法が無効化されちまう。
相手も同じ条件とはいえ、白兵戦でモノをいう『筋肉隆々』が封じられてんのは痛いな。
加えて、ゴーブレたちは加減してる。
戦闘不能にした敵兵が川に落ちねぇように、引き返せるように。
うちの連中は動ける幅を残すために横並びに五人ずつ。三人倒すたびに隊列を入れ替えてく。そうやってバテねぇように戦線を押し上げてってる。
そんななか後列の者が、どうにもならなくなった負傷兵をこっちに放ってよこしてきた。
「ねーねーママ、この人たち治してあげてー」
「そうねえ。どうしましょう」
「ひひっ。あとで治療費いっぱい請求しちゃおーよー」
「身代金という手もあるけれど、どちらにしても死んでしまっては使い道がなくなってしまうわね。では延命できる程度に」
二人の緊張感がないやり取りに、囲んでトドメを刺そうと群がった者らは手が出せない。
そのあいだにヒスイは負傷兵を回復魔法で癒させちまう。
大魔導に食ってかかるほどではないが、これには納得いかないって空気が蔓延る。
「悪ぃけどよ、コイツら伸びてるあいだに手ぇ空いてる者らで縛っといてくれ。で、あっち岸から見えるようにズラッと並べちまうんだ。へへっ。向こうのカカシども、スゲェ悔しがんだろうぜ」
こうやって怒りの矛先を反対岸に向けておかねぇと、目の前の敵兵に暴発させかねんからな。
『ヘーイ、リーティオく〜ん。イイ感じに応援の太鼓お願ーい。あと飴屋さーん、ペロペロ飴ほしーかも。ママのぶんもねー』
調子に乗ったベリルは、合戦を見せ物扱い。
ここにきて、だんだんと趣旨を飲み込めてきた群衆も苛立ちを鎮めて——いや、気の晴らし方を変えて、
「おい、誰か遠眼鏡持ってねぇか?」
「いいな。ヤツらの悔しがる顔、拝んでやろうぜ」
「おう酒持ってこい!」
「ハハッ。オマエ煽りすぎだってー。こっちも酒と食い物頼む!」
などと悪ノリしだす始末。
いったいいつどこで覚えたのか、太鼓に合わせて、手足を身体や地面に打ちつけて鳴らす例の威嚇みてぇなのまでしだす。
もちろん下品なヤジも飛ばす。
ったく。とんでもねぇな。
こんな嘗めた戦なんぞ聞いたことねぇよ。小領同士の軽い小競り合いだってもう少しは真剣にヤルぞ。
これじゃあまるで酒場のケンカだ。
この奇跡的にバカげた光景の要因は、川で隔てられてる状況が大きいってのは言うまでもねぇ。
戦場が極めて狭い。
橋を渡らなきゃ敵はやってこれず、よしんば来たとしても囲んでタコ殴りにできる。
そういう限定された争いの場が、一般人まで豪気にさせちまってるんだ。
つけ足すんなら、腕に覚えがある商人やら護衛の冒険者やら休暇とってまでスモウ取りにきた兵隊やら、血の気の多いヤツらが集まりすぎた影響もあるんだろう。
おまけに見た目三歳児が、繰り広げられてる合戦をケラケラ眺めてんだ。マジメにやるのがアホらしくなっちまうのも頷ける。
——結果、戦史に残してもいいくれぇの珍事が出現したわけだ。
「うっほほーい。強いつよーい。ゴーブレたち強すぎー!」
ベリルが手ぇ叩いて面白がってるように、うちの連中は、あっち岸までウァルゴードン領の兵を押し込めた。
だが橋からは降りない。そんなことすれば囲まれちまうからだ。
しばらく睨みくれて、向かってこないとわかるとノッシノシ悠々と肩で風切って戻ってきた。
「あんな連中なんぞ、屁でもありやせんぜ!」
そう言ってゴーブレは強がるが、バテバテで脚にキちまってんの丸わかりだ。他の連中だって膝がカクカク笑ってらぁ。
無理もねぇ。川に落とさないよう致命傷を避けつつ倒すなんて、何倍も負担がかかるに決まってる。
いつまでもつづけられねぇな。
こんな膠着状態なんぞ、ウァルゴードン辺境伯が尻込みしちまった兵のケツ叩けば済む話で、つづけばいつかは押し切られちまう。
そうなる前にさっさと手ぇ打たねぇと。
やるならいまだ。相手の士気が下がったいまが勝機だ。
「おうベリル。その道具かせ」
「魔導メガホンね。ほい」
ポンと渡されたモンに口を当てて、
『おうゴラ、ウァルゴードン辺境伯! このアセーロ・デ・トルトゥーガと一騎打ちだ。喜べ! ビビってるテメェに、手加減くれてやんぞ。よっく見とけ‼︎』
反対岸の有象無象共に怒鳴りつけた。
それから俺は斧槍を地面に突き立て、鎧も脱ぎ捨てていく。
我ながらムチャこいてんなとは思う。だが長引かせないためにも、ウァルゴードンを引っぱり出さなきゃあならん。ぜんぶ覚悟の上だ。
「キャー! アセーロさん素敵ィィィ!」
「父ちゃん父ちゃん! パンイチパンイチ。そこはボロン寸前まで脱いどこーよー」
脱がねぇよ! 上着で最後だ。いくらなんでもズボンは履いとくっつうの。
いいからベリルはヒスイを見習って、親父にカッコつけさせておけ。
『オメェが勝ったら、お望みの魔導ギア一式くれてやんぞコラ! こっちは無手だ。メソメソ隠れてねぇで——出てこいやッ‼︎』
「うっひょひょーい! 父ちゃんマジ出てこいやの人みたーい!」
ポイッとベリルに魔導メガホンを返したら、俺はズンズン橋を渡っていく。
その歩みが半ばに差し掛かったら、そこで相手が出てくんのを待つ。
さあ引っ込んでられるか、ウァルゴードン。
領兵大量にかき集めたのが仇になったな。
ここまでされて一騎打ち避けたら、もう示しもなんもつかんぞ。臆病風に吹かれたって毒は今後の統治を蝕んでくぜ。
『あー、ワル辺境伯。ワル辺境伯。アンタは完全に包囲されてるし。大人しくでてきなさーい』
いや、包囲はしてねぇだろ。
『田舎のママさん泣いてるぞー』
なにがしてぇんだ、アイツは?
『大人しくお縄につきなさーい』
ベリルがなんか言うたびに、背後からはゲラゲラ笑い声、正面からはギリギリ歯軋り。そういう気配がありあり伝わってくる。
いちおう挑発にはなってるからよしとしとくか。
しっかしこれでウァルゴードンが無視をキメこんだら、俺、橋のど真ん中で待ち惚けって間抜けを晒さにゃならん。
「…………」
おいコラ早く出てこいよ。頼むから。
そんな祈りが通じたのか見た目三歳児におちょくられてキレたのか、
「ようやくお出ましかよ。トロくせぇ野郎め」
軍団を掻き分けて、とうとうウァルゴードン辺境伯が姿を現した——が、
…………え゛。やたらデカくねぇか。
野郎、周りの兵士どもが子供に見えちまうほどの大漢だったんだ。




