橋上の決闘①
あんだけ騒がしかった市が、祭りが、シーンと静まり返ってる。誰も彼もが逃げ出したってんなら、それでいい。
だが違う。楽しい楽しい催しに水差されたってんで、物騒なモン片手に熱りたっちまってんだ。
免税市を抜けて橋の手前まで辿りつくと、対岸にはウァルゴードン辺境伯の兵隊がうじゃうじゃ。
こっち岸には、賑わう熱量がそっくり殺気に入れ替わった連中が勢揃い。女子供までピリピリしてやがる。
たぶんだが、あっち側の領民も交じってんな。
「待て、皆、早まるな!」
「落ち着け! 落ち着くんだ!」
なんとかリリウム殿の配下が暴発を抑えちゃあいるが、いまにも突貫しちまいそうな雰囲気だ。
あいだを流れる河が広いのもあって、なんとか睨み合うに留まってる。しかしいつまでも保ちそうにない。
東屋につくと、慇懃な礼をみせるヤツがいた。
この状況だと辺境伯の使いかなんかか。
「トルトゥーガ殿。ウァルゴードン辺境伯からの使者殿がこれを」
リリウム殿から手渡された文にざっと目を通す。
ひっでぇ要求だ。こいつぁ俺が考えてた以上に追い詰めちまったのかもしれん。
「使者さんよぉ、ああだこうだと書いてあるが、そっちの言い分を平たく言ってくんねぇか」
「この迷惑な催しの即時解散。トルトゥーガ傭兵団の即時撤退。本件の賠償としてリリウム領の一部譲渡と魔導ギア制作方法の無償提供です」
問うと、送り込まれた壮年の男は淡々と要求だけを告げてくる。
「正気で言ってんのか?」
「はい。ウァルゴードン辺境伯様は一つの譲歩も認めないと」
「——なんと横暴な!」
リリウム殿が憤るのも当然だ。
綿花の卸しを止められたのもあって、俺より先にブチキレちまいそうだ。
いや、足りないか。自領の弱みにつけ込んで息子を唆されたんだ、その怒りは怒髪天をとうに超えてる。俺らへの詫びのために堪えてるってのが正しい。
俺としても、ここまでコケにされちゃあ黙ってられん。
だがな……。
「こっちは陛下から催しの許しをもらってるんだ。そっちとしても他所に飛び火させたかぁねぇだろ。つうとこでどうだい、ここは橋の上で一騎打ち。それで済まさねぇか?」
殺気だつ空気なんかどこ吹く風、見物客気取りで河岸に陣取ってるヒスイとベリルを見ると、なぁ。
それにイラついてる連中だって、ついさっきまであんなに楽しそうにしてたじゃねぇか。
なんとか血みどろの展開だけは避けたい。この催しに参加した者らを巻き込みたくねぇ。
そんな情に絆されちまっての、提案は——
「お断りします」
「明日まで、待てねぇか?」
「待てません」
「陛下はテメェらの行動をお望みじゃねぇぞ」
「今現在をもって、王国側から我らに控えるようにとのお達しはございませんので」
呆気なく退けられた。
「一刻待ちます。刻限になっても要求が履行されない場合、総攻撃に移りますので、あしからず」
それだけ告げて使者は去っていく。
せめて一日あれば暴徒一歩手前の者らも、ちったぁ頭冷やすと思ったんだがな……。
それに東屋で話したのもマズかった。
遠ざけてはいたが、様子で察したヤツらが群衆に火ぃつけちまう結果に。
「渡れるもんなら渡ってみやがれ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「橋降りた瞬間にタコ殴りにしてやんぞ!」
「「「やっちまうぞ!」」」
まだリリウム領の者だけなら、リリウム殿が統制とってくれただろう。
しかし、商いの邪魔された商人をはじめ、スモウ大会の観戦者らは昂りすぎだ。
なにより困るのは奉納試合の出場者ら。腕に覚えがあるからってヤル気まんまんになってて、それが余計に群衆を強気にさせちまってる。
だが、辺境伯領の兵士は半端じゃねぇ。
仮に退けたとしても、本気でやり合えばここら一帯が真っ赤に染まっちまう。
こんなもん戦意でも蛮勇ですらねぇ。なんの覚悟もねぇ狂騒状態ってやつだ。
厄介なことに、ひと月近く祭りみてぇなバカ騒ぎしたせいで妙な団結心も抱いちまってて始末が悪ぃ。
くっそ。コイツらさっさと逃げちまえばいいもんを。どうせ言っても聞かねぇんだろうな。
「トルトゥーガ様、まずは我らが先鋒を」
言わんこっちゃない。
奉納試合の出場者たちが、一番槍を欲してきちまった。その義憤は嬉しいがよ……。
「おうおう。ワシらを差し置いて一番槍かすめようたぁいい度胸だ。嘗めんのも大概にせぇ」
ゴーブレ、テメェも落ち着けって。
はいはい言うこと聞いたフリして、あとから乗り込んでってブチのめすって手もあんだろうが。
「我らはそういう意味で言ったのでは——」
「明日、アンタらぁ神様の前でスモウとるんだろ」
「大事を控えてんだ。スッ込んでろ」
「うちの小悪魔殿がスモウ楽しみにしてんだ。邪魔ぁさせんぜ」
「おうよ。オメェらは、ワシらが暴れてんのをサカナに酒でも呑んどれ」
ダメだ。雰囲気に流されて小競り合いの枠を超えちまってる。いや、それだけじゃない。うちの連中も盛り上がった催しを邪魔されて怒ってんだ。
もう宥めてもムダか。ヘタに抑えたら逆になにしでかすかわからん。
ここに至って『巻き込みたくない』なんつうセリフも、余計に群衆を英雄的な気分に酔わせちまうことになりかねん。なら、
「おうゴーブレ。ネズミ一匹通すんじゃねぇぞ」
もう俺に言えるのはこれだけだ。
しゃあねぇ。やるか。
あっちの者も含めて、ひと死には出したくなかったんだがな。
ったく。俺自身、言ってることやってることアベコベでデタラメだぜ。
「へい旦那っ。待っとってください。ワシらがウァルゴードンの野郎を引っ張り出しやすんで」
「おうゴーブレ。相手は貴族で、おまけに辺境伯だぞ。口の利き方には気ぃつけろや」
「おっと失礼しやした。フニャチン辺境伯の萎えた逸物を引きずり出してやりやす」
「それでいい。いけ!」
「「「応ッ!」」」
完全武装したトルトゥーガ傭兵団——もとい竜騎士団がズンズン橋へと進んでいく。
その後ろ姿に、
『おーい、ゴーブレやーい』
ベリルが声をかけた。
怒り群れる連中からのヤジはもう熱狂の域に達しているというのに、それをまったく気にしない呑気な響きで、
『ほどほどにねー』
と。
うちの連中には、これだけでベリルの意図が伝わったらしい。
「おうテメェら! まぁた小悪魔殿から難儀な要求だっ。精強な辺境伯軍相手に手加減してやれとよ!」
「「「応ッ!」」」
「ひと死に出して明日の神事に水差すようなマネすんなたぁ、ずいぶんとお優しいこったな。ォオン?」
「「「応ッ!」」」
「ワシらにもちったぁ優しくしてほしいもんだ。なぁオメェら!」
「「「まったくだ。ガーッハッハッハッハ‼︎」」」
ゴーブレ以下十九名が、橋の半ばへ。
そして刻限を待たず、ウァルゴードン辺境伯の領軍も動き出す。




