帯びた熱は右肩上がり⑨
俺が土俵に立った時点で、観客にも趣旨が伝わったらしい。
「おーい小悪魔ちゃん! この試合も賭けていいんだよな?」
真っ先にリーティオが茶化す。
これは賭けが成立しないのわかってて言ってんだ。つまり、胴元で儲かってるんだから少しは譲れって催促だ。
『しゃーないなー。んじゃ、あーしは義理で父ちゃんに賭けるし。この大勝負受けてたつぜい!』
ベリルは啖呵を切り、ポッケから取り出した金貨を賭けちまった。
絶対に勝てる賭けに、観客は殺到する。
しかしよくよく考えてみりゃあ、大して儲からんとわかるだろうに。
賭け金の一割を差っ引いた残りを、当てた連中で山分けだ。これは公開してる。
だから倍率はタカが知れてるっつうのに、よくやるぜ。ヘタすりゃあトントンより減るぞ。
あっという間に、
「もう割り符ありませーん。完売でーす!」
売り子が叫ぶ。
つづけて、
——ドドン! ツ、ダカタン!
リーティオが太鼓の音を響かせる。
『あーしが一人勝ちしちゃうか、お客さんたちが金貨持ってっちゃうのか。緊張の一戦でーす』
そろそろ試合だって雰囲気に、鼻垂れボウズは前屈みに。一丁前にやる気を漲らせてやがる。
そういう蛮勇は嫌いじゃねぇぞ。ガキがみせる場合に限ってだがな。
そんじゃあこっちも、と俺は腰を目一杯低くした。尻がつくスレスレまで。
俺ぁゴーブレみてぇな大根芝居はしねぇんだよ。キッチリ勝負して、勝ちを譲るところをみせてやろう。
『見合ってみあってー……』
作戦はこうだ。
まず全力の当たりを受ける。
でだ、手で押してくるところを何度か払ってやり、その一つをスカす。そいつをキッカケに俺が姿勢を崩したところへ、鼻垂れボウズ渾身の攻め。
あとはイイの食らって、ゴテンと転がってやりゃあいい。
本気の接待スモウ、とくとご覧じろってんだ。
『はっきょーい……——のこった!』
よしよし。出し惜しみしないのは好感が持てんぞ。
『いきなりハナタレ山っ、体当たりからのーっ、どとーの張り手、連打っ連打っ。のこったのこったー! 父ちゃんだーいピンチッ』
「「「のこったのこったー!」」」
ほう。観戦して学んだんか? しっかり腰の入ったいいツッパリだ。軸もブレてねぇ。
『おおっとここでー……』
でもやっぱガキだな。いったん離れて勢いつけてやがらぁ。
んなマネしたら背中から押し込まれちまうぞ。もちろん待ってやるがよ。
なにするつもりかと期待してたら、
「どぅおおおーう!」
と、頭から突っ込んできた。
——ゴツン!
で、額同士がぶつかっちまった。
『いったー! ハナタレ山、必殺の頭突きっ! 渾身の一撃ぃいいいー! これは父ちゃんも効いちゃったかー⁉︎ あ、あれ……?』
おいおい足元フラついて——あっちゃぁ。
鼻垂れのやつ、目ぇ回して尻餅ついちまった。
「「「…………ハァ〜」」」
『…………。あーあ。大人げない父ちゃんの勝ちー』
いや待て、わざとじゃねぇぞ。
「——おうベリルッ。鼻垂れは泣いてないよな。だろ。もうそれで勝ちってことでよくねぇか?」
『よくなーい! お相撲は真剣勝負だし。八百長とかありえねーから』
どの口がほざく。
『まったくー。んじゃ、いまの勝ちぶんはあーしがもーらい』
「「「…………」」」
『ひひっ。使い道はー、まずハナタレ山の参加賞にペロペロ飴っ。あと! いまから材料なくなるまで屋台のハンバーガー食べほぉーだいっ。ここにいるみーんなに、ゴチッちゃうぜーい!』
「「「おおおおっ!」」」
現金なヤツら。手のひら返してベリルに喝采を贈りはじめた。
でも一番狡いのはベリルだけどな。いいとこぜんぶ持ってきやがったんだから。
「小悪魔ちゃーん、最高だぜ!」
「小悪魔様! 今日も可愛い〜い!」
『いやいやそれほどでもあるし』
「いよ! 太っ腹っ」
『——こらーっ。いま太っ腹って言ったの誰さーっ。あーし太くねーし。そんなこと言う人には奢ってやんねーもーん』
「そんなー」
『きひっ、ウソウソ。みんなジャンジャン食べちゃってねー。つーわけで、明日のグランドファイナル、おっ楽しみに〜!』
と、一方的に締めて降りてっちまった。俺と鼻垂れを土俵に置き去りにして。
「おうハナタレ山。さっきのはいい気合いだった。けっこう効いたぜ」
「にっひー。オデ、大きくだったらデカいオニでぃだるんだー」
鬼をスモウとるヤツと勘違いしてねぇか? まぁ、んなこたぁコイツのデカい夢にとっちゃあ些事だよな。
「だったらターンとメシ食ってキリキリ母ちゃんの手伝いして、その合間にみっちり鍛錬するんだ。毎日欠かすんじゃねぇぞ」
「うん。やるもん!」
すきっ歯を見せると、鼻垂れボウズは母ちゃんところへ駆けてく。
こっち見て母親は、また済まなそうにペコペコ頭さげてる。なんも気にしなくていいのによ。
いつまでもそうしてるから、俺は頷いて応えてやった。
「父ちゃーん。あーしらもゴハンいこーっ」
気づいたときには、土俵の周りはガッラガラ。みぃんなハンバーガーの屋台に群がりに行ってら。
「どんな相手にも手加減をしないアセーロさん。嗚呼、なんて苛烈なのかしら。痺れてしまいました……」
「いや、手加減はしてただろ」
これでもかってくらい。
「あれさーあ、受けないで素直に転んであげればよかったのにー。したら、ダブルノックアウトでめちゃ盛り上がったってー、ゼッターイ」
「お、おう……。その手があったか。いやこう、俺の攻めもあった方がいいんじゃねぇかと思ってよ。それを耐え切ってギリギリ鼻垂れが勝つみてぇな画ぇかいててな。まさか自分から頭突きしてきて目ぇ回すとは思ってなかったんだ」
そういやアイツ、デコにゴブできてたな。
「あの子には、あとで治癒魔法をかけておきますね」
「助かる。せっかくの催しに、ガキがケガしちまったなんてケチはつけたくねぇからよ」
さて、俺らもメシにすっか。
急がねぇとハンバーガー食い尽くされちまう。
と、市へ向かおうと立ち上がったとき、
「——旦那っ。来やしたぜ!」
ゴーブレが駆け込んできた。
「あーあー。だからフラグ立てないよーに言ったのにー」
「あら、またアセーロさんの素敵なところが見られるのでしょう。嗚呼……心が躍るわ」
どうやらウァルゴードン辺境伯軍のお目見えらしい。間の悪ぃ野郎だ。




