帯びた熱は右肩上がり⑧
誤字報告ありがとうございます。
スモウ大会最終日の前日——
今日は、明日の奉納試合に出る選手を紹介するっつう催しがある。
二日も空けるのは微妙だと、ベリルが急遽予定を捩じ込んできたんだ。
いまは朝メシ食ったあとで、催しの時間までまったり過ごしてる。
「とーとーワル辺境伯こなかったねー」
「だな。でも却ってよかったんじゃねぇか。俺ぁこんだけ盛り上がってる催しをブチ壊しにしたくねぇぞ」
我ながら甘っちょろいこと言ってるたぁ思う。
ケジメについちゃあ、帰る前にちょいとウァルゴードン辺境伯んとこ寄り道して、小突きまわしたあとに屋敷でもぶっ潰しちまえばいいだろ。
「わかるー。つーかいまごろきたら、マジ空気読めないヤツだし」
「それってよ、オメェふうに言うところの『フラグ』ってやつなんじゃねぇか」
「ちょ! あーしもそれ思ったけど言わないどいたのにー。ホントにワル辺境伯来たら、父ちゃんのせいだかんねー」
そこはウァルゴードン辺境伯のせいだろ。
「来たら来ただ。どんだけ軍団引っぱってこようが、催しが終わるまでくれぇは俺らで食い止めてやるよ」
「まーたフラグ重ねてるしー。てゆーか、そもそもワル辺境伯呼び出すためにやったのに、なんかヘンなのー。マジ『オマエが言うな』ってやつじゃーん」
おう。そっくりそのまま返してやる。
◇
「あなたあなたっ。ほらベリルちゃん、あそこにベリルちゃんがいますよっ」
んなもん見りゃあわかる。
ヒスイと並んで、いちおうの貴賓席から簡素な式典を見物してる。
さっきからずっとヒスイは興奮しっぱなしで、袖をグイグイ引っぱってきて、落ち着く気配すらねぇ。
土俵に立つベリルは、いつもの小悪魔仮装。
派手なワンピースとサンダルに、装飾品をジャラジャラと。
さらに、黒く透きとおる板を入れた伊達メガネをかけてる。グラサンっつうらしく、爪の素材をギリギリまで薄くさせて作らせたんだそうだ。
そんなの掛けたまま立ち合い人できるかと問えば、試合になったらオデコに載っけると返ってきた。
だったら端っから外しとけ。そう言うと『司会者にグラサンは必須だし』と聞きやしない。
そして、もう一つ見慣れないモンを手にしてる。その名は魔導メガホン、だとよ。
こんなもん作らせてたから、ヒスイの出発が遅れたんじゃねぇのか。
『ええー、テステス。本日は晴天なりー。あめんぼあかいなあいうえおー。いぇーい、みんな聞こえてますかー?』
円錐状の筒なんだが、先っぽを切って小さな円錐を重ねたような妙な品で、口を当てるとやたら声が通る。
『聞こえてるっぽいねー。んじゃーさっそく、グランドファイナルまで勝ち残った選手を紹介——の前にー、注意事項でーす』
ここでいったん区切ると、首を傾げる観客をぐるり見渡した。熱しかけた空気に水を差すように。
当然の如く会場は静まり返った。
ベリルは少しマジメ声音でつづける。
『これから呼ばれた選手が土俵にのぼって、みんなにアピりまーす。そんとき、ワーとかキャーとか声あげたり、パチパチ拍手したりは神事って都合上ご遠慮ぉぉ……』
神事と聞いた観客の面々は、なんとなくそういうもんなのかと姿勢を正す。知らんうちに神聖な場所に立たされてた、そんな雰囲気に。
が、ベリルはそいつを裏切り、
『——しなくていーし。ひししっ』
イジワルに笑う。
するとあちこちから「脅かすなー」「背筋伸ばしちまっただろうが」「ああびっくりした」などなどヤジが飛ぶ。
『そーそーそんな感じでよろー。みんなノリいいじゃーん。目一杯ヒヤかしちゃうよ〜ぉにっ。それが注意事項ねー。オッケー?』
「「「おおーう!」」」
『それじゃートップバッターは〜』
ここでベリルはガラッと声色を変える。
なんつうか、尖った巻き舌とでもいえばいいのか、怪鳥みてぇなスンゲェ声で叫ぶ。
『兵隊のゥ、お仕事ズゥルルル休みしてサンセェェェェンヌ! 匿名希望ォォ——シィィゴトッ、サボリィィィィ関さァァァァ〜〜ァンヌァッ‼︎』
「「「うぉおおおおおおおー!」」」
「税金返せー!」
「仕事しろー!」
「王様に言いつけんぞー!」
「——い、いや自分は休みをとってっ」
「いいわけすんなー!」
「スゲェ試合しねぇと承知しねぇぞー!」
「キャー! サボリ関さまー!」
「強いのに狼狽えちゃうとこ、」
「「「カッワイ〜イ♡」」」
『ケホケホッ。はーい。一部に目を診てもらった方がよさそーなお姉さんたちもいますが。サボリ関さーん、まずは仕事をサボッた言い訳をどーぞ』
「普通は抱負を聞くところでは⁉︎ だから自分は休暇をとってだなぁ。というかサボリ関ってなんだね」
『四股名でーす。あーしが勝手に決めましたー。つーわけで、気を取り直してほーふをどぞっ』
「ええー、自分が目指すのはスモウを通して——」
『はーい。サボリ関さんでしたー』
「ええーっ。まだ話してる途中なのに!」
『ひひっ。ウソウソ。みんなー、なんか偉っそーなこと言うみたいだから聞いたげてー』
「すごく話しづらいんだが……」
ってな具合に、ベリルの辛辣なイジリと温かい雰囲気のなかで、選手の紹介は進んでいった。
そして事件は起こる。
つっても少々困った事態というか、二番煎じだな、こりゃあ。
「オデ! オニでぃ勝った」
そう。全選手の案内を終えて、連中が鬼とスモウして勝った者だと説明したとき、ハナタレ山こと鼻垂れボウズが参戦を希望したんだ。
一瞬ざわついたが、事情を知ってるリリウム領の連中が茶番だったと話してって、観客たちは納得した。
だが、鼻垂れはズンズン土俵に向かっちまう。
混雑してるからアイツの母ちゃんも上手く捕まえられず、大人の足元をすり抜けてく。
この場面、まともな立ち合い人なら止めただろう。宥めすかすなりして諦めさせたはず。
しかし、その役を担うのはベリルだ。断言できる。アイツがそんなマネするはずねぇ。
『よーし決めた! 明日の本戦前に、いっちょエキシビジョンマッチしちゃーう』
ほれみろ。
「「「……え? 大丈夫?」」」
客席の空気はだいたいこんな感じ。
そして客の戸惑いなんて放ったらかしで、よじよじなんとか土俵に登りきった鼻垂れボウズを、ベリルは紹介する。選手として。
『ハナタレ山には参加資格あーり。異議は認めーん! でもちゃんとした予選には出てないから、一回だけねっ。てゆーかハナタレ山、相手めちゃ強いけどヘーキなん?』
「オデ、やるもん!」
『おおーう、やる気じゅーぶーん! つーわけで、ハナタレ山の対戦者は〜……』
おうベリル、もうオチは読めてんだよ。いちいち勿体つけんな。
そんな俺のウンザリ感なんか他所にして、ベリルはまた、わざわざ声音を変えて思いっきり喉を震わせる。
『トォルトゥーガァァ〜最っっ強っのオッサァァンヌ! アセィロ・デッ……トルルルトゥゥゥゥゥゥーゥガッッ‼︎』
だよな。
はいはい。鼻垂れボウズ相手に接待スモウとりゃあいいんだろ。
「あなたー、ガンバってー!」
どうガンバれってんだか。
 




