帯びた熱は右肩上がり⑥
なんだかんだでひと月も経っちまった。
まだウァルゴードン辺境伯は顔を見せねぇ。さっさと手勢引き連れてくりゃあいいもんを。
スモウ大会も参加者は増えつづけて、おかげでそろそろ賞品に用意した魔導ギアの試作品が尽きちまう。
追加を持って来させるか悩みどころだ。
免税市の方も敷地にギッチリ露店や屋台が並んでて、盛況も盛況。
大きなキッカケになったのは、辺境伯のお抱え商人ノウロが抱え込まされてた在庫を放出したことで、おかげで綿花の値段は以前と変わらないところまで落ち着いたらしい。
その買いつけに王都の大店まで訪れて、さらに市は賑わう。
うちの連中がしてる仕事といえば、スモウ大会の決勝戦の相手。あとは橋の前の関で屯ろしてるだけ。ほとんどなにもしちゃいない。
ベリルのやつは、スモウの立ち合い人と銭湯で使う湯を用意してるくれぇか。下手すりゃ俺らより働いてるかもしれんな。
で、いまは暇にかまけて市を巡ってる。
俺が見たくてってわけじゃなく、ベリルの付き添いでだ。
主に回るのは、小さな商いしてる屋台ばかり。メシのついでみてぇなもんだな。
「あっ。トルトゥーガ様と小悪魔様だ。こんちはー!」
「おう、こんちは」
「こんちはー!」
いく先々で声をかけられる。
長く居座ってるから、リリウム領の者らはもちろん、商人やスモウの観戦客にも俺ら顔と名前が知れたようだ。おまけにうちの連中の挨拶まで覚えちまったらしい。
もう来たばっかりんときみてぇに、意味なく恐れられるってこともなくなった。
だいぶ居心地よくなった市場を、呑気にプラプラ歩いてると、
「おーう。干し芋じゃーん」
ベリルは、大して珍しくもない干し芋に興味を示した。
「お一つどうですか?」
商人に話しかけられると、ベリルは無言で服の裾を引っぱってくる。買えってことだ。
「オメェ、こないだ神様からいっぱい小遣いもらってただろうが」
「あれは、また別の使い道があんのっ。いまはママが来たときに『ここ美味しーよ』って教えてあげるためのリサーチだし」
そういう話なら俺が出しておくべきか。
おっといけねぇ、感覚がズレてきてんな。ガキに菓子買ってやるくれぇ当たり前なんだが、コイツといると……なぁ。
「いくらだい?」
「五枚の包みで銅貨二枚です」
俺が「ほれ」と大銅貨を渡すと干し芋屋はニッコリ受けとり、釣りを俺に、品をベリルに手渡した。
「これ、一枚けっこーボリュームあるかも。はい。残りぜんぶ父ちゃんにあーげる」
「食い切れねぇんなら欲しがるなよな」
と、文句は言いつつも四枚重ねて食っちまう。うんうん。塩気が利いてて美味ぇな。
「——うげっ。塩っぱっ」
「そうか? いい塩梅だろ」
「いや違くって。あーしは甘いと思って食べたらさ、塩味がきてびっくりしちったし」
甘い芋なんてあるのか?
コイツがそういうんなら、あるのかもな。俺ぁ聞いたことねぇが。
いかん。ベリルの反応見て、干し芋屋が青い顔しちまってる。これだと俺らがイチャモンつけてるみてぇじゃねぇか。
と、焦ったが、ふた口目を食べるとベリルの評価はガラリと一転。
「おっ、知ってて食べると……ふむ。モチッてしててイイ感じかも。塩がちょーどよくお芋の美味しさ引き立ててるしー」
真っ青だった干し芋屋もホッと一安心したみてぇだ。
「オメェ、もう少し気ぃ使って喋れよな」
「ん? そっかそっか。干し芋屋さーん、ごっめーん。つーか父ちゃん、もう一枚ちょーだい」
「多いんじゃなかったのか。ぜんぶ食っちったぞ」
「めっちゃ食い意地張ってるしー。まったくー。干し芋屋さーん。もひとつくっださいなっ」
「ありがとうございます!」
ご覧のとおり、俺は見事に散財させられるわけだ。
しかしベリルは、素直に買わせるばっかりじゃなく……、
「あーし、のり塩味ほしーなー」
「ノリ?」
「海藻干したやつ、だったかなぁ?」
「ほうほう。ペロペロ飴を考えたと噂の小悪魔様の助言だ。さっそく乾物屋を覗いて試してみますよ」
「また来るから、できたら教えてねー」
「ありがとうございます。では二つめの干し芋はお礼にどうぞ」
タダで貰っちまう。
ベリルが飴屋にペロペロ飴を作らせたってぇ噂は、教会の一件からすぐに広まっちまい、いまではコイツがムチャこいても困った顔されなくなった。
むしろ、商売のタネをこっちにもよこせと、あちこちから声がかけられる始末。
「小悪魔様。ドライフルーツはいかがですかい?」
「んんー。これーさーあ、種類ごとじゃなくってー、いろんなの入ってるやつ作ってみたらー。あーしいっぱい食べらんねーし。でもいろいろ食べてみたいじゃーん。お得感あるし見た目可愛いし、どーお?」
「ほうほう」
「ちっと貸してみー」
と、ベリルは包み紙にドライフルーツをちまちま並べていく。
品物を勝手にいじくりまわされてるってのに、露店の者は興味深そうにそれを見てる。
「ひひっ。イイ感じー。めっちゃ可愛くなーい」
「いいっすね。これ、うちで売り物にしても?」
「ええ〜っ、どーしよっかなー」
「そう仰らずに。小悪魔様っ。ここはこいつで一つ、どぉぉか困ってるドライフルーツ屋を助けると思って」
「しっかたないなー」
と、ベリルはたったいま作ったドライフルーツの詰め合わせを堂々と受けとる。
飴屋に行けば、
「いぇーい。儲かってまっかー?」
「へい。小悪魔様のおかげさまで絶好調ですぜ」
「そっかそっかー。でー、リンゴ飴は?」
「できましたぜ。あとイチゴでも作ってみたんですが」
「いーじゃんいーじゃん」
「どうぞ。試してみてください」
当然のように飴を持ってく。
こんなふうに、ベリルはほぼカネを払わず飲み食いしてやがるんだ。稀にカネ払う場合は俺の財布から。
「オメェはアコギだな」
「ひっどーい。あーし、アイディア料もらってるだけだしー」
コイツが店先で適当こいただけで、あっちから差し出してくるんだから、いいっちゃいいんだけどよ。
カネ持ってんだから払ってやればいいのに、とも思っちまうわけだ。
「あっ。小悪魔様。こんばんは」
「おおーう。ハナタレ山のママさんじゃーん。こんばんはー。これからゴハン?」
「ええ。たくさんお賃金をいただきましたので」
「そっかそっかー。あっそーそー、あっちの干し芋屋さんめちゃオススメッ。あと飴屋さん。新しいの作ったみたいでー、これなんだけどね、マジ美味いしーし」
「それはいいことを教えていただきました」
「母ちゃーん。オデ、アベ食いてー!」
「はいはい。ゴハンのあとでね。ではトルトゥーガ様、小悪魔様、失礼します」
ってな具合にベリルから勧めたり、逆にコイツが食い歩いてる姿を見て、珍しいところや美味いところはないかと尋ねられたりもするんだ。
もう免税市の主気取りで、ベリルはノシノシ練り歩く。
そして最後に寄ってくのは、ハンバーガー屋。
ここはベリルがカネ出して開いた屋台で、仕込みから調理や販売まですべてをリリウム領の者に任せている。
「どんな感じー?」
「あっ、トルトゥーガ様に小悪魔様。今日も、日が暮れる前に完売しそうですよ」
「売れちゃうのは嬉しーんだけどさー、ちゃーんと賄いのぶん取っとかなきゃだかんねー」
「いつもすみません」
「いーっていーってー、そーゆー約束じゃーん」
「ありがとうございます。で、どうされますか? 召しあがっていきます?」
「父ちゃん、どーする?」
「食ってくか」
へへっ。ここはベリルの財布だしな。どんだけ貰っても心苦しくねぇぜ。
「まいどー。ハンバーガー二個で大銅貨二枚でーす」
「……カネ、取るんだな」
しかもけっこう高ぇ。
ホント、コイツは逞しいな。ったく。どこへ行っても食いっぱぐれなさそうでなによりだぜ。




