帯びた熱は右肩上がり⑤
臨時の教会へ行く前に、俺らは屋台によっていくことにした。ベリルが「手ぶらでごめんなさいとかねーし」と言い出したからだ。
しかし、詫びの品が屋台で売ってる菓子ってのはどうなんだ?
「お兄さーん。飴ちょーだーい」
やってきたのは、こないだからベリルがタカりまくってる飴屋。
「おう、お嬢ちゃん——じゃなかった。ベリル様と、トルトゥーガ様」
「いーっていーってー。そーゆーのっ。あーしのことは小悪魔でいーからっ」
飴屋は『ホントにいいの?』って顔を向けてきたんで、構わんと頷き返してやる。
「今日はおカネ払うからさー、めっちゃイイ感じのちょーだい」
「そりゃあありがたい話ですが、イイ感じって言われても……」
「んんーと、花束みたいにすんのー。ちっと貸してみっ」
ベリルは受け取ったペロペロ飴を並べては「紐ちょーだい」「包む紙あるー?」などと要求を繰り返して、束ねていく。
するとみるみる花束みてぇになってった。
「こんなもんかなー。どーお? めちゃ可愛いくなーい?」
と、聞かれてもな……。
俺にはわからんありがたみだが飴屋の琴線には触れたらしく、今後も飴代はいらんから作り方を教えろと乞うてきた。
「またこんどねー。はいこれっ。釣りはいらねーぜーい」
飴屋は手渡された銀貨を眺めながら「ぜんぜん足りないんだけど、ま、いっか」と苦笑い。
「それよりペロペロ飴は他の飴屋にマネされちまったんで、早めに頼んますよ。小悪魔様っ」
他の貴族なら眉を顰めるような言い草だが、俺ぁ馴れ馴れしいコイツが嫌いじゃねぇ。
売り物が飴じゃなけりゃあ、俺もなんか買ってやれるんだがな。
「考えとくー。つーか、見てたんだから自分でやってみればいーじゃーん。簡単なのだとまたマネされちゃうし」
「おっと痛いとこをつきますな、小悪魔様は」
「でっしょー。んじゃガンバってー。楽しみしてっからー」
飴を両手で持つベリルは、少し歩きづらそうだ。
混んできたしと、ひょいっと脇を抱えて肩に乗せてやる。
「きゃはっ。めっちゃ楽ちーん」
「おうベリル。それはいいんだけどよ、あんまりタカるようなマネすんな」
大事に抱えてる飴の花束。こいつに一個銅貨五枚で売ってるペロペロ飴をいったい何個使ってんのやらだ。
「つーかペロペロ飴のアイディアって、デッカい会社作れるレベルだかんねー。飴ちゃんもらって済む話じゃねーし」
「よくわからんが、スゲェ商売のタネだったってわけか」
「そーゆーことっ。まー特許とかねーし、すぐマネされちゃうからそーでもないんだろーけどー。でも、あーしが飴ゴチになってもイヤな顔してなかったっしょー。そんくらいは儲けてんじゃね? 知らんけど」
と、ベリルはペロペロ飴の花束から一本抜き取って、パクリと咥えた。
「おいそれ、供物にするモンじゃなかったのか? ったくオメェは、信心深いのか罰当たりなのかわからんヤツだな」
「ひひっ。これは、あーし用に一本多めに刺しといたやつだもーん」
クスクス「一本儲かっちったし」とイタズラっぽく飴をしゃぶる。
ホント、賢いのかバカなのか判断に困る。
ゆったりと賑わう市を抜けて、臨時の教会へ。
夕刻ってのもあって、金の出し入れで混雑してる。
しかし祭壇あたりはガラガラだ。
もちろん、いつもどおり教会に入る手前でベリルを降ろしてやった。
「これはこれはトルトゥーガ様」
「あぁ俺らカネの出し入れじゃねぇから、お構いなく」
「申し訳ありません。ではお言葉に甘えて」
ずいぶんセカセカしてて大変そうだ。
神官殿だけじゃなく、他の商人たちも先を譲ろうとしてきたが、俺らの目当てはそっちじゃねぇ。
勝手にやらせてもらうさ。
かなりの人目があるが、秘密にしてぇ品を供えるってわけでもねぇしな。
「ベリル。あんまり他の者には聞かせたくねぇ。心中で詫びるだけにしとけ」
「そっか。それでもよさそーかも」
そう言うと、ベリルはよったよったと祭壇へよってって、飴の花束を供える。
で、なんだか知らんがパンパン柏手を打ちペコペコ頭ぁ下げて、そっからゆっくり目を閉じる。
じっとすることしばし。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
ややあって口を開く。
「つー感じで、これお詫びの印にどーぞ」
言い切ると同時に飴の花束は消え——金貨⁉︎
は? え? 嘘だろ。
「ひひっ。ごめんなさいしたら、お小遣いもらっちったー」
そしたら俺がなんか言う前に——
神官殿はカネの出し入れ待ちの列を押しのけて、スゲェ顔で駆け寄ってきた。
「べ、ベリル様! いまなにをなさったのですか⁉︎」
当然だが、めちゃくちゃ注目されちまう。
「あーしちょっと悪いことしちったから、女神さまにごめんなさいしただけー。あとお詫びの品に、お気に入りのペロペロ飴どーぞーって」
「わ、詫びたと、そう仰られる?」
「うん。おっしゃる」
「かか、神とたた、対話されたと……」
「いやいやそんな大袈裟なんじゃねーし。ごめんなさいってしただけ。お小遣いくれたし、あんまし伝わってないかもしんなーい」
「さようですか。いやはや、早とちりしてしまいました。騒がしくしてしまい申し訳ありません」
ホッと胸を撫で下ろした神官殿は、俺らはもちろん、キョトンとしてた商人たちにも頭を下げてく。
「つーか、なにと勘違いしたのー?」
「いえ、神の声を聞かれたのだと思いまして……。まるで古い文献に残る聖女様のようではないかと取り乱した次第であります」
「ほーほーそっかー。マジうっかりさんだし。あーし小悪魔だからそもそも違うもーん」
ベリルは金貨を拾うと、無造作にポッケに突っ込み、
「んじゃ、みんなバイバーイ」
軽ぅい足取りで外へ向かっていった。
教会の外に出てしばらくすると、ベリルは誰ともなく、しかし独り言にしてはデケェ声で呟くんだ。
「そっかー。あーしは聖女さまなのかー」
「ぁあ? オメェは小悪魔だろ」
「そーそー。あーし小悪魔っ」
と、ムフムフ含み笑いして、
「ひししっ。早くリンゴ飴お供えしなくっちゃー」
なんぞ意気込んだ。
よくわからんが、お咎めなしならそれに越したことはねぇ。




