帯びた熱は右肩上がり④
誤字報告ありがとうございます。
泣き止んでからの商人は抜け殻みてぇなツラで、聞かれたことを素直に答えていく。
どうやらコイツが言ってた『重用されてる』ってのは本当らしく、ウァルゴードン辺境伯の変遷ぶりやその背景なんかを、かなり深いところまで知っていた。
「ほーほー。あるあるかもー。若社長になった途端に、経営方針ってゆーの、そーゆーの変えておかしくなっちゃうパターン」
「はい。私も先代からの付き合いもあり、断りきれず……」
どうやら代替わりしたウァルゴードン辺境伯は、拡大路線を取るつもりなんだそうだ。
うちにイチャモンつけてきたのも、リリウム領を困らせたのも、その一環とのこと。
仕上げにリーティオを唆してうちと揉めさせる算段だったらしく、のちに諍いへ介入して、両者まとめて配下に収めようと企んでたんだと。
細かいところまでは想像つかんが、ザックリこういう話だった。
「いきなり綿花の値を上げられてしまい、困り果てた私に辺境伯様は『しまい込んで値が釣り上がってから売ればよかろう』と……。信じてください! 卸値が暴利すぎて、値上がりしたいまでさえ私の利益は以前とさほど変わらないのですっ」
さほど、ねぇ。
「それさーあ、みんなの前で言える?」
「…………ぇ」
「あーし神官さんとお話ししてこよー——」
「いい、言え、言えます言います証言させてください!」
「ひひっ。よろしー」
まだ罪人座りしたまんまの商人を、ベリルはテーブルに腰掛けて見下ろしてる。
「なーに、悪ぃよーにはしねーし」
「は、はは……」
「そーそー、アンタ名前は? あーし、トルトゥーガさんちのベリル。みんなには小悪魔って呼ばれてるから、アンタもそー呼んでいーし」
「私はノウロと申します。こ、小悪魔様」
「ふーん、ノウロってゆーんだー。んじゃアンタが悪者になんないよーにしとくから、いまあーしと話したことは内緒ね。いーい」
「も、もちろんです。絶対に口外しません」
「ホントかなー?」
ったく。この性悪が。
「おいベリル。そろそろ信じてやれ」
「いーのー? ウソ言ってるかもしんないよー」
「う、嘘など申しません!」
「それってウソつきの常套句じゃーん」
この期に及んでコイツはウソなんか吐かねぇさ。
とはいえ、まだウァルゴードン辺境伯からどんな取り引きを持ちかけられてたかは聞けてねぇがな。
おおかた、魔導ギアの販売権をくれてやるやらなんやら言い含められてたんだろうけどよ。んな空手形なんざぁ、いまさらどうでもいい。
「コイツだって二度目はねぇって懲りてんだろ。なぁ」
「ふぁい! んも、もちろんです」
ベリルは、ジーッと畏まるノウロを見たあと、急にニッコリ笑みを向ける。
「とりあえず、持ってる綿花ぜんぶ持ってきてー」
「……か、買い取って、いただけるのですか?」
おうおう厚かましいヤツ。まだまだ余裕ありそうじゃねぇか。だがな、たぶん厚かましさならベリルの方が何枚も上手だと思うぞ。
「もっちろーん。たくさん在庫抱えさせられて大変なんでしょー。あーし、トモダチが困ってたら助ける方だし」
「私を友人と……。小悪魔様、ありがとうございます!」
「うんうんトモダチトモダチー。だからトモダチ価格でよろー」
「……え、あ、はい」
ノウロはガックリ項垂れた。
ほれ、言わんこっちゃない。
◇
いくつもの馬車を引き連れて、ノウロは王都方面へ向かった。
俺らに逃げたと思われただけで終わりだと悟ってか、かなり急ぎめで。
持ってきた綿花は安く買い叩かれるとわかっちゃいても、それ以上に抱え込まされた綿花の在庫に苦しんでいて、実は渡りに船。
そういう話だったけど、ホントかどうか怪しいところだ。
苦しんでたって割には、まだまだ資金に余裕ありそうだしな。
そもそも免税市だと高く売れると知るや否や、買い集めようと奔走してたってんだからよ。それも本当んところは、市で買い占めるために俺らへ向けた方便だったのかもしれん。
なんにせよ。しぶてぇ野郎だ。
「アイツんとこ潰しちまうつもりか?」
「それはちょっと可哀想かなー。どーにかしてワル辺境伯にババ引かせなきゃねー。どーしよ?」
考えなしかよ。
「以前の買い取り相場くらいで払ってやれよ」
「それねー。あーし、アンテナショップとかセメント買うので使っちゃったし、いまあんましおカネないんだよねー。あっ、タイタニオどのに借してもらうとかどーお?」
それもいいが、もっと簡単な方法があるだろ。
「テメェで言ってたんじゃねぇか。買ったその場で他の商人に売るって」
「そっかー。あーしら買ったもんをリリウムさんちに売ってるってことにしてもらえばいーのかー。メンドーだし、帳簿だけ合わせてもらっとこーっと」
「他の商人でもいいか、まっ、そういうこった。んで、のちに買い取り費用をウァルゴードン辺境伯からブン取るんだろ」
「それなんだけどさーあ、」
と、ベリルは腕組んで考える素振り。
「勿体つけんな」
「そーゆーんじゃなくってー。そもそもだけど、ワル辺境伯っておカネ持ってんの?」
いまさらか。
「ノウロに高く売りつけたぶんは残してんじゃねぇか。軍備にカネを回してぇって話だったろ。きっとノウロの野郎も、そっちの取り引きを当てにして耐えてたんだと思うぞ」
「そっかそっかー。んじゃ、モリモリ上乗せしてスッカラカンになるまで請求しちゃえばいっか」
よくねぇよ。
「オマエ、辺境伯がどんな役割担ってんのかもう忘れたのか」
「ん。モーモーヒヒーンってケンカしてるミノとケンタを見張ってんでしょー。それがなーにー?」
「あんまりに詰めすぎて、万が一が起こったらこっちの責任になんだろ」
「あー、そーゆーのあるかも。したらさ、綿花払いでいーじゃん」
「さっきのノウロの言いぶりだと、その現物だってほとんど残ってねぇんじゃねぇのか」
「したら毎年払ってもらえばいーし。良心的な利子つきでー」
生かさず殺さず未来永劫毟り取るってか。ひでぇ話だな、おい。
ひとまず皮算用もこのへんにしといて。
「なんにせよ、ウァルゴードン辺境伯を誘い出さねぇとな」
「マジそれー。いい加減イヤガラセされてるって気づいてもよさそーなのにさー」
綿花云々は置いとくとして、もう一つ確認しとかなきゃならんことがある。俺は「ところでベリル」も一段低い声で、切り出した。
「え、なに。なんか怖いんだけど」
「オメェ、さっきは散々ぱら神罰やらなんやら騙ってたが、ちぃとマズくねぇか?」
やや逃げ腰になってたベリルは、ここまで聞くと、
「たぶんヘーキ。んな細かいこと、女神さま気にしないってー」
なんでもないことのように返してきた。
「ホントか?」
「あーしらの区別とかあんまついてないんじゃね。たとえんならさー、王様が農家さんの顔と名前、一人ひとり覚えてると思う?」
なるほど。そう考えると下々のことなんか覚えちゃあいねぇのかもな。
「だが、それと騙ったのは話が別だろ」
「それってー、神さまはこーこーこーゆー感じで考えてるからこーせよってのを、ぜんぶ否定することになんじゃーん」
「もうちょい詳しく」
「神官さんたちは、実際に神さまの声を聞いて『神さまはこーゆーふーに教えてます』って言ってるわけじゃないってゆー話っ」
解釈はそれぞれってことか。
「でも、ちっと悪いことしちゃった気ぃするし、こっちからごめんなさいしにいこっかな」
「おう。そうしておけ」
つうわけで、俺らは仮設した教会へ向かうことにした。




