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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第三章

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帯びた熱は右肩上がり③


 目当ての商人を留めてる東屋まで顔を出せば、間抜けにも、ウァルゴードン辺境伯と取り引きがあると自ら喋りやがった。

 いまもペラペラと自分がいかに多くの商いができる人間かを語ってる。


 実はコイツを見つけるために、二つの罠を仕掛けてあったんだ。


 まず、免税市の出展者利用者すべてに木札を持たせるっつうのが一つめ。


 引き渡しは台帳への記入だけで済むんだが、かなり面倒だろうってのは想像するまでもない。

 そこでありがてぇことに、神官殿が受け付けを手伝ってくださると申し出てくれたんだ。教会の仕事をしてくれてるいまも、若い神官殿はこっちに掛かりきり。

 なんでも寝食の世話をしてもらってる礼だとか。できた人らだぜ。


 ちなみに、木札はいちいち店で提示する必要はない。俺らやリリウム殿たちが求めてたときだけ見せたら済む。

 免税市で売り買いする商人や買い物客は、治安のためと理解したらしく好意的。これは嬉しい誤算だった。


 二つめは、大量に綿花を運んでくる者を片っ端から改める。

 つっても集落を代表して売りにきてるヤツばかりで、少し話を聞いたらすぐ木札渡して解放した。


 で、いまだに饒舌ふるってる商人は、二つめの罠に掛かったってわけだ。


「アンタ、なんで往路で木札を受け取らなかったんだ?」

「一刻も早く品を揃えて参加しようと思いましてね。集落を回っていく手間を考え、時を惜しんだのですよ」


 ずいぶんと得意げに語る。どこまで本当かはわからんが。


 どおりで待たされるわけだ。コイツはウァルゴードン辺境伯から綿花を買いつけたあとに、復路で集落に残ってるぶんも買い占めようと巡ってたらしい。


「その割には品が少ないな」

「こちらの噂を聞きつけて、いち早く売りにきていたそうで。農民とはいえ、その嗅覚は侮れませんね。いやぁしたたかしたたか。綿花はいまも値が上がりつづけていますからね、私も商いを生業にする者として負けてはいられません」


 しれっと言いやがる。中央の綿を品薄してんのはオメェらだろうに。


 おかげで、免税市での買い取り価格も上がってるらしい。

 コイツの頭んなかでは、ここらで一儲けって皮算用でもしてんだろう。売るつもりか買うつもりがどっちか知らんが、そういう類の、欲の皮が突っ張った顔してらぁ。

 だが、そうはさせんぞ。


「悪ぃが、オメェさんには木札は渡せねぇ」

「な、なぜですか? なにか私に商いの許可をいただけない理由があるとでも?」

「べつに許可は出してやれるさ」

「ホッ……。いやはや、お人が悪い」

「——税として荷の八割だ」

「なんですと⁉︎ 免税市ではなかったのですか! しかも横暴すぎる税率です!」


 食ってかかってくるが、ひと睨みしてやると黙る。

 そんでようやく俺が誰かわかったらしい。


大鬼種(オーガ)——もしや、トルトゥーガの——ま、まさかトルトゥーガ子爵! ということは、これはウァルゴードン辺境伯領への荷留なのですかっ⁉︎」

「オメェ、商人に向いてねぇな。いちいち顔に出しすぎだ。あと『様』を忘れてんぞ、様を」


 そっから商人は、ああだこうだと理屈を捏ねて税の取り下げを願ってきた。

 商売根性なのかねぇ。ビビって手ぇプルプル震えさせてんのに『カネが生命より大事です』とでも言わんがばかりに食い下がってくる。


「どうしても聞き入れていただけないのでしたら——」

「ウァルゴードン辺境伯に言いつけるってか?」

「あくまでその用意があると申したまでですが。私はそれほどに、かの辺境伯様に重用された商人なのです」


 ほう。いいこと聞けた。


「まるで競争相手がいねぇような口ぶりだな」

「ええ。おりません。綿花の商いを一手に引き受けておりますので」


 どこまで正しいかはわからん。しかしコイツが言ってることがホントなら、話はだいぶわかりすくなる。


「もう行っていいぞ」

「では、木札をいただけるということですね」


 立ち去れと言ったのに、商人はしれっと返してきた。


「いいや。リリウム領から摘み出されるか、来た道を引き返すか選ばせてやろうっつったんだ」

「ゥ、ウァルゴードン様は辺境伯であらせられるのだ! いくらトルトゥーガ様とはいえ、そんなお方を敵に回すとは言いますまい」


 さっきからそう言ってるつもりなんだがな。


 もういいや。面倒くせぇから、橋の向こうっ側に放って、ウァルゴードン辺境伯んところへ告げ口に行かせるか。


 いい加減うざってぇから話を切りあげようとした。

 そのとき——


「ワル商人は、ここかぁー!」


 ベリルが怒鳴りこんできた。

 手荒なマネするかもしれんから、部屋で飴でもしゃぶってろと置いてきたのに……。来ちまいやがったか。


「小悪魔ベリル、見っ参っ」

「な、なんですか。この妙な子供は!」

「うちの娘だが」

「さようですか。失礼しました。しかし——」

「あ、あ、し、が! 脳筋な父ちゃんの代わりにOHANASHIしてあげるし。すでにアンタら詰んでるっつーのをさー」

「……それは、どういうお話でしょうか?」


 困惑しつつもまだ強気な姿勢を崩さない商人に、ベリルは一枚の紙をペラリと見せつけた。陛下からの手紙だ。

 おいおい勝手に持ち出すなっての。


「ここよく見てみー。免税市やるの、王様が認めてくれてんだよねー。これってさーあ、ぜーんぶ父ちゃんが仕切ってイイってことなわけ。お墨付きってやつ〜ぅ。この意味わっかるかなー? なーんかさっきからキンキン声でぺちゃくちゃ文句言ってたみたいだけどー。あん? おん? んんん〜?」


 ベリルは目一杯アゴをしゃくれさせ、意地くそ悪ぃツラ作って煽りに煽る。

 商人は顔を白黒させてる、が、まだつづく。


「ねーねー知ってたー。木札だっけ? 免税市で売り買いしていいよって証明証。その受け付けやってくれてんの誰だと思ーう? ななな、なんとっ! 教会からスペシャルゲストで来てくれた神官さーん。ぅわおっ」


 わざとらしく目と口をまん丸にして、戯けてみせた。

 ギリッと苛立ちを抑える商人。

 しかしベリルはまだまだ満足しない。


「ちっと話変わるけどさー、銅貨一枚の価値って知ってるー?」

「……パン一個ぶんでしょう。誰でも知っています。我々商人からすると、大雑把な目安だと思えてしまいますがね」


 怒りと不安に声を震えさせながらも、商人は言い返した。

 たぶんそれ、ベリルの罠だ。

 アイツのことだ。どうせ、わかりきったことを答えさせたうえで、丸っきり違うことでも言って神経逆撫でするんだろ。


「大雑把、ねぇー。あーしもたしかにそー思う。でもそれって女神さまが考えてくれた『ガンバったら豊かになれる可能性』ってやつなんじゃなーい」


 ほら。やっぱり。

 商人は「……は?」と不機嫌丸出しだ。

 しかし、もうベリルは金棒を持った鬼、大義名分を得た侵略者、屁理屈捏ねる小悪魔!

 どこで息継ぎしてんのかわからんほどの怒涛の勢いで捲し立ててく。


「簡単に言っちゃえば、パンが大っきくなったりナッツとか干し葡萄とか入って美味しさアップ幸せアップしても、おんなじ値段。つーことは豊かになってるってことじゃーん」

「……それではパン屋が丸損ではありませんか」

「んじゃ、パン屋さんやめたら」

「……ッ」

「もしくは倍の値段でも売れる変わったパン焼くか。もっと安くいっぱい作るとか。そーゆー新しいことしよーって競争があるからこそ、みんな幸せになれるんじゃーん。ガンバって豊かになったぶんを、誰でもわかりやすく使いやすいよーにしてくれんのが、おカネだし。それをさっ、アンタみたいに買い占めて値上げさせよーとか必要にしてる人たち困らせちゃうとか、マジありえねーし。そーゆーのホント大っキライ」

「……ッ。そ、それがなにか? 今回のお話とは関係ないように思えますが」


 商人はギリギリなんとか言い返したってところか。

 だけど問題幼児は聞きやしない。


「つまりあーしが言ってんのは、本位制だったっけ。そーゆーやつなのっ。女神さまが考えてくれたのは『パン本位制』ってなるのかな。と、に、か、くーっ、銅貨一枚あればパンが食べられるよってゆー信用を持たせてくれてるってことっ。おカネは信用とイコールなわけ。なーんでそんなこともわかんないのに商人やってんのさー。お勉強が足りまっしぇ〜〜〜んっ。ベロベロべ〜」


 ここぞとばかりにベリルは白目剥いて舌を出して、ガキみてぇな挑発。スゲェアホっぽい。

 側から見ててもムカつく顔に見えるのは、俺もさっきの話が理解できなかったからだろうか。


「いい、いくら貴族の方とはいえ、いささか——」

「失礼とか言っちゃーう? ぷぷーっ。だーいじょーぶぅ〜? アンタずっと涙目だけどー」

「……わかりました。私にも意地があります」

「なーにー。もしかして怒っちゃった〜ん?」

「おわかりになりませんか?」

「ふーん。そっ」


 そう冷たい声音を発すると、ベリルは俺の膝を伝ってテーブルの上に——ダンッと飛び乗った。


「——怒ってんのはこっち! 間違えないでっ」


 さらに腕を組み、商人を見下ろす。


「つーかさっきっから察しが悪ぃし教えてあげる。アンタ、女神さまが良かれと思ってしてくれたことに逆らってんの。邪魔してんの。つまり神敵ってやつっ」

「……しん、てき?」

「神様の敵って書くんだけどー、知らない?」


 なにを思い浮かべたのか、商人の様子がみるみる変わる。真っ青な顔いっぱいに冷や汗を浮かべて、カタカタ震えだした。

 

「ニブいアンタでもさーあ、この噂が広まったらどーゆーことになんのかくらい、想像つくっしょ」

「……ぁうぁあありえ、なヒッ……ッ。い、いやまさか、そんなことが」

「ありえないって? ホントにそー思えんのー?」

「——ヒィ、ハッ、ハヒッ……まさッ、かヒッ、きょきょきょ教会がッ……敵にッ……」


 うっわ……。ベリルのやつ容赦ねぇな。吸った息吐けずにハヒハヒさせてる相手を、まだ詰めるつもりだ。

 今後、コイツとは口ゲンカにならんよう俺も気をつけねば。そう心中に覚え書きするくらい、えげつねぇ。


 こっからは、教会が利用できない場合の不利な点を延々と挙げてく。


 やれ、


「現金たくさん持ち歩くってこっわーい。父ちゃんみたいなワルがうじゃうじゃいっぱい寄ってくるし。身ぐるみ剥いでポーイだし。で、だーれも助けてくんなーい」


 だの、


「つーか信用っておカネで買えないってゆーじゃーん。教会からハブられたアンタを、他の商人さんはどー思うかなー? よーく考えてみよーよー。あっ、いっけねっ。先に、どーやったら綿花を美味しく食べられるか考えとくべきかー。もー預けてるおカネ引き出せないかもしんないしー」


 や、


「アンタのこの状況を知ったワル辺境伯、いったいどーすんのかなー? あーしめちゃ気になるな〜っ。優しく匿ってくれっかなー? いっやー案外アッサリ、トカゲの尻尾みたいに切られちゃうんじゃねーのー。プツーンッてさーあ〜あ」


 などなど。

 いい加減、気の毒になってきた。


「おいベリル。もうそのへんにしとけ」


 お先真っ暗な行く末を想像したのか、商人はガチガチ奥歯を鳴らしてる。かろうじて己を保ってると言ってもいい。

 さっきまでの強気な態度はどこへやらで、俺に縋るような目ぇ向けるくらいには限界で、その限界を超えると——


「トォ、トトトト、トォ、トルトゥゥーガ様っ! なにとぞ、ななんな何卒、ご慈悲をぉおおお!」


 商人はイスから転がり落ち、地に伏した。


「オメェやりすぎだ」

「——ヒェ! 何とゾ、ッ、ご慈ヒッ、ご慈ヒッ!」


 喉を引っ掻くような声で縋ってくる。


「いや、いまのはオメェに言ったんじゃなくてだなぁ」


 コイツ、ベリルへの苦言を勘違いしやがった。もう言葉の向きもわからんほどに取り乱してる。

 いくらリーティオの件があったからって詰めすぎだろ、これ。


「まーまー父ちゃん。そんくらいにしときなってー」


 そしてなぜかベリルは俺を悪者にして、商人の肩をポンと叩く。で、ポッケからペロペロ飴を取り出すと包み紙を剥がし、


「飴ちゃん食べなー」


 と、商人のガチガチ噛み合わない歯の隙間からペロペロ飴をねじ込んだ

 おいおい息吸えなくなっちまうぞ。大丈夫か?


 俺の心配は杞憂だった。

 ややあって、甘味のおかげで少し落ち着いたのかヒィヒィと危うい呼吸は鳴りを潜める。

 その代わり、


「ゔあぁああああ〜んあん、ゔぇ、ゔぇ、ぶぉおおおんおんおん!」


 大号泣。


「うんうん。ワル辺境伯がぜーんぶ悪いし。アンタは悪くないよー。あーしら怖くないかんねー」

「わだじゔぁ、言われだどおりでぃじでぇぇっ、ふぐっ、ゔゔぁあああぁおあ〜んお〜んおんおん」


 堰を切ったみてぇに泣き喚く。


「落ち着いてからゆっくり話せばいーし。よーしよーし。洗いざらい喋っちゃえば楽になるし。あーしらアンタの味方だよー。ワル辺境伯とは違うかんねー」


 商人を宥めるベリルは優しい口調とは正反対の、邪悪なツラしてた。


 こんなひっでぇ飴と鞭見たことねぇよ。


 つうかベリルのやつ、意外と根にもつ性格(タチ)なんだな。

 ……うちの娘、こっわ。

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