祭りの支度は楽しくて⑤
大河に割られた大地。そう言い表せば、少しはこの雄大さが伝わるだろうか……。
この前ヒスイが凍らせて渡るとか言ってたが、こりゃあムリだろ。
「ふっひょ〜う。めっちゃピッカピカー。デッカいだけじゃなーい。うっは! これ、まんま鉄板じゃーん!」
こうベリルが感想を述べたのは、二つに隔てられた土地と土地とを繋ぐ鈍色の板。
とてもじゃねぇが橋とは呼べねぇ。継ぎ目一つなく、見た目は鉄板そのもの。ヒトが作れる範疇を逸脱した代物なのは、たしか。
こないだこの橋の手前に関を設けたんで、ベリル連れて実際に見にきたんだ。
「おう気ぃつけろ。下覗いて落っこちんなよ」
「だいじょぶだいじょ——ぶ、じゃねぇし!」
気づいたか。
「ここって魔法使えなくなーい。なんかそーゆー気配するし」
「だから言ってんだ。なんでも昔いた神様が創ったらしいぞ」
「ほ、ほほー。そっすか」
昨日、リリウム殿から教えてもらった話だから詳しいところは知らんが。
魔法で浮かべないとわかると、ベリルは服の裾を掴んできた。内股のへっぴり腰で。
つうか橋から落ちた途端に浮かべばいいんだけどな。どうもビビりすぎて、そこまでは頭が回らんらしい。
「なんだ、怖ぇのか?」
「べっ、べっつにー。橋の上、スースーしてお腹冷えちゃうのイヤなだけだしー。ヨユーだしー」
「ホントかぁ? 魔法がねぇとオメェはからっきしだな」
「むっかーっ。このこのっ。あーしまだ可愛い盛りの五歳児っ。もーすぐ六歳っ。オッケー?」
ベリルはパンパン脚を叩いて文句つけてくる。
ホントの可愛い盛りは、そんな自己主張せんと思うがな。
「どうでもいいけど暴れてっと落っこちんぞ」
「お、ぅ落ちねーしっ。あー寒いさむい」
ガッシリ脚にへばりついてきてんのは、ここが肌寒いからってことにしといてやろう。
ブルッたベリルの手ぇ引いて、橋の上からリリウム領側に戻った。しがみついて離れねぇから一苦労だったぜ。
で、俺らは関のために建てた東屋でしばしの休憩。
「ねーねー父ちゃーん。あの幅だと、いっぺんに何人くらい渡れそーかなー?」
「横に並んで二十ってとこか」
「ふむふむ……なーる」
なに納得してんだ?
「思ったんだけどー、ワル辺境伯のホントの狙いって、ボビーナちゃんのハタ織り機じゃないのかもねー」
「ほぉう。面白そうな話だな。つづけろよ」
「だってさーあ、橋渡ったとこ押さえちゃえば、なんもできなくされちゃうし」
だいぶ経過をスッ飛ばしちゃあいるが、筋は通ってる。というか、そうとしか思えなくなってきた。
「ウァルゴードン辺境伯の最終的な狙いは、リリウム殿を言いなりにして、こっち側に駐屯地を置くってところか。自領で布まで織っちまって稼ぎをデカくするって企みじゃなく」
「そー。例えばリリウムどのが他所と仲良くしたとして、そことケンカしたらワル辺境伯お終いじゃーん」
いまがその状態に近いな。あっちはまだ、こっちの狙いには気づいてねぇようだが。
「簡単に日干しにできちまうと、オメェはそう考えたわけだな」
「そんな感じー」
「いい線いってるが肝心なこと忘れてんぞ。相手は仮にも辺境伯。牛頭種と馬脚種の係争地の最前線を治めてんだ。雑魚なわけねぇだろ」
「それって父ちゃんたちが通せんぼしても?」
「相手がどんだけ兵隊引っ張って来れると思ってる。真正面からやり合ってたらこっちの息がつづかねぇよ」
ベリルはプラプラさせてた足をピタリと止めて、腕を組んで考えはじめた。
ホントこういう仕草が似合わんやつだな。
「大丈夫なん?」
そういう顔すんなよ。一番見たくねぇツラだ。
「バーカ。俺を誰だと思ってやがる」
「そーゆー強がりいらねーし」
「強がりじゃねぇよ。そもそもさっきの話は、無理くり渡ろうする辺境伯勢を真っ正面から食い止めるんならって話だろ。小競り合いでそこまでするもんか。んなムチャしちまったら、あとがつづかねぇよ」
フムフムもっともらしく頷いて、ベリルは「もっとわかりやすくっ」と追加の説明を要求してきた。まるでわかってないらしい。
「ぁあ……ざっくり言うとだな、仮に千の兵を駐屯させたくて、場所ぶん取るのに千の兵を向かわせたとするだろ。んで『場所は押さえられました。でも、ほとんどの兵力すり潰しちまいました』ってんなら意味ねぇだろ」
「ほーほー。そーゆーことかー」
ホントにわかってんのか?
まぁいい。まずそんな事態にはならんだろうからな。
「そもそも俺ぁ端っから一騎打ちするつもりだ」
「なら心配ないし」
「おう。そっちの心配はねぇ」
「どっちなら心配なのさー」
「スモウ大会と免税市にウァルゴードン辺境伯が慌てるほど客が集まるか、そっちの方が心配だ」
「あるあるそれあるー」
え? あんの?
「うっそー」
「おいおい。そういう冗談はよしてくれ」
「ひひっ。あーし悪くないもーん。父ちゃんが先に脅かしたの悪ぅーい」
「そうかい」
「そうだし」
たぶんベリルもだろうけど、どうしても人柄を見ちまうと情ってもんが湧く。
こっちからケジメ代わりに求めたことでも、リリウム領の連中といっしょになって祭りみてぇに準備してると……やっぱりなぁ。ウァルゴードン辺境伯なんか放っておいて、いい催しにしてやりてぇと思っちまう。
困ったことに、当初の計画なんてどこへやらだ。
「おいベリル。ここの連中にもしっかり儲けさせてやるんだぞ」
「当ったり前じゃーん。そのための銭湯だし」
「それだけか? ゴーブレたちにいろいろ言づけてただろ」
「んひひっ。それは当日のお楽しみってことでー」
おうおう、銭ゲバみてぇなツラしやがってからに。ったく。
「きひひっ。実はスペシャルゲストも呼んであるし〜っ」
いまスッゲェ不穏な響きが。
「なんつった?」
「おっといけねっ。なんでもなーい」
「なんでもなくはねぇだろ。悪ぃこと言わねぇから父ちゃんにも教えてくれねぇか」
「きひっ。なーいしょっ」
こんのやろっ。
「いいからキリキリ吐きやがれ!」
「おぇえええ〜っ」
「ふざけてんのか。いいから言えっ」
「やーだっ」
「タイタニオ殿か?」
「ハッズレー。つーか教えなーい」
だよな。さすがにタイタニオ殿はないか。呼んでも『はいそうですか』と簡単に来れるような相手じゃねぇもんな。
「お返事もらったらちゃーんと言うし」
「俺ぁ、その宛先を知りてぇんだが」
「だってー、届くかどうかわかんないんだもーん。だからお返事もらうまで、ひーみつっ」
まさか——いや、絶対あってほしくはねぇが、つうか確かめたくもないが、聞かざるをえない。ハッキリさせとかねぇと、ウァルゴードン辺境伯と一騎打ちするより前に胃をやってくたばりかねん。
「ま、まさかたぁ思うが、陛下ってことはないよな? なっ。怒らねぇから正直に頼むっ」
「んなわけないじゃーん」
「ホッ……だよな。いくらなんでも、んなわけねぇよな。いやぁオメェのことだからやりかねんと思ってな、不安になって聞いただけだ。違うんならいい」
「そーそー。王様じゃないし」
「そうかいそうかい」
「うんうん。お妃さまとお姫さまだもーん」
…………は?
「とっどくかな〜。あっ、プレシアちゃんとプレシアちゃんママにも、ちゃんと手紙しといたから安心してー。あと——」
「ベリルテンメッこらぁああああああーッ‼︎」
「ぅお、怒んないって言ったじゃーん」
「……クッ」
「ちょ。父ちゃん顔めちゃ怖いってばー」
当然だろうが。
いまさらゴーブレ追っかけても間に合わん。とにかくだ。打てる手は打っておこう。
「いいか。返事きたら真っ先に知らせろ。絶対だからな。それまでは誰にも喋んなよ。とくにリリウム殿なんか、気の毒なことになっちまうぞ」
「ほーい」
あーあ、こりゃあウァルゴードン辺境伯どころじゃなくなっちまうかもしれん。




