祭りの支度は楽しくて②
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リリウム殿から使う許可をもらったのは、領地の端にある広場と、そこに隣接する拓いてない土地だ。
まずは縄張りから。
ベリルは紐で括った薄い板を首から下げ、ポッコリ腹で支えてる。その上に紙を置いて、絵図を描いてく。
ちなみに、こいつは画板という道具らしい。俺が知らんかっただけで、普通に絵描きは使うそうだ。
「ふむふむ。あっちからここまでで、だいたい十メートルかぁ……。んんー、どーしよっかなー」
「なんぞ問題でもあんのか」
「おーよそ決めたんだけどねー、土俵の大きさで困っててー。父ちゃんたち身体大っきいし、普通のより広めに作った方がいーかどーか悩んでんのー」
「なにが変わる?」
「どっちが面白いかわかんないから、あーしはこーして考えてんだってばー」
んなもん答えは一つだろ。
「ベリルが求めてんのは、観てる客にとってどっちの方が楽しめるかってことだろ?」
「そーそー」
「なら、やってみりゃいいじゃねぇか」
「おおーう。父ちゃんあったまイーイ」
いや、誰でも最初に思いつくぞ。
そっから俺ら近くの者らに声をかけ、ザックリ土を盛って即席の土俵をつくり、渡し七メートルと十メートルの円それぞれを用意した。
できたらさっそく、うちの者らでスモウをとらせてみる。
決まりごとは拳を握るのは禁止、首から上には手足で触れちゃならん。あと金的もなし。
勝敗は、円の外に身体の一部でもつく、もしくは膝か手をついたら負けだ。
いざやってみると、かなり自由な展開に。
スラッと長身のヤロウはしなる蹴りを入れて相手を沈め、腕っぷし自慢が掌底でドツキ倒し、デカい者同士でガップリ組み合い、ゴーブレみてぇなベテランは技でいなす。
「ほーほー。広いと違う感じになっちゃうけど、これはこれで面白いかもー」
「こないだの力比べみてぇのが本式なんだろ。変えちまってもいいのかい?」
「どーせ参加する人、ルールとかよくわかってないでしょー。ならやりやすいよーにした方がよさそーじゃん」
つうわけで、土俵は十二メートル四方の土台の上に、渡し十メートルと決めた。
試しでやった割には見応えあったようで、いつの間にかリリウム領の連中も作業の手ぇ止めて観てる。
最初に驚かしちまったからな。しばらく滞在するわけだし、ちっとでも仲良くしときてぇ。
よっしゃ、ここは一つ。
「アンタらスモウに興味あるのかい。なんならひと勝負どうだ?」
「ひぇ! い、いえ、そんな……」
気さくに声をかけてみたつもりだったんだが、なんでかビビられちまったぞ。いかんな。こいつぁ失敗だったか。
そう悔いたとき——
「オデ、やる!」
どこにでも無謀なガキはいるもんで、鼻垂れボウズが土俵によじ登ろうとしたんだ。
それを見たベリルは土俵へてってく向かい、
「ゴーブレゴーブレっ。ちょい耳貸してー」
と手招き。
「へい。小悪魔殿」
なにを耳打ちされたのか、へいへいほうほう頷くゴーブレの眉尻はみるみる情けなく下がって、困り顔へと変わっていく。
どんなムチャこいたのか知らんが、ガキに怪我させるようなことは、いくらベリルでも言うまい。
ここは面白がって見物させてもらうとしよう。
「あーし、行司さんやるし」
行司ってぇのは立ち合い人みてぇなもんか。
ベリルはさも当たり前のように無言で腕を広げ、ゴーブレに脇を抱えられて恭しく土俵に置かれた。
まだ登れてねぇ鼻垂れボウズも土俵に乗っけられ、つづいてゴーブレも飛び乗る。
「……で、でけぇ」
「どうしたボウズ、怖気づいたか?」
「オデ、やるもん」
「おうおう勇ましいこった」
向かい合った時点で、両者はそれぞれ違う意味で腹を括ったみてぇだ。
「見合ってみあってー、はっきょーい……——のこったー!」
ベリルの発声を受け、鼻垂れボウズはペチンと遠慮なしの体当たり。
もちろんゴーブレには蚊の食うほどにも効いてない、が——
「う、うおお。この坊主なかなかやりおるわ」
「どぅぬぬ、ぬぬう」
顔真っ赤にして膝を押す鼻垂れボウズ。
チラチラとベリルの様子を窺うゴーブレ。
「のこった、のこったー!」
と、ベリルはつづけろって煽る。合間あいまに、うちの連中へ向けてキッキと『盛りあげろ』っつう目つきを挟んで。
「「「のこった、のこったー!」」」
野太い煽り声が響く。
リリウム領の者たちは固唾を飲んでる。なかには小さな声で「のこったのこった」と呟く者も。
「どぅおお、ぬうぅぅ……」
ガキのくせにイイ気合いだが、いかんせん小っちぇえ子供の体力。もう早々に力尽きちまいそうだ。
ここでゴーブレは、この時分を待ってましたと言わんがばかりに——
「うおお、こりゃあ堪らぬ」
などと白々しいセリフを残して飛び退き、背中からでんぐり返しでドッデンゴロゴロリッと土俵の外へ、ドタン。転げ落ちた。
「ハナタレ山の勝ちー!」
と、勝ち名乗り。そのあとベリルはポケットをまさぐり指輪を二つ取り出し、そいつを鼻垂れボウズに手渡した。
「武器はまだ危ないかんねー。だからこれどーぞっ。鬼とお相撲した記念ひーん。ママといっしょにつけてねっ。お守りだし」
「あでぃがと。——あっ、母ちゃーん!」
ボウズは母親を見つけたらしい。どうも、止めるに止められずハラハラ見守ってたようだ。
「モコ! あんたなにやってるの! あ、あのっ、うちの子が申し訳ありませんっ」
「いいっていいって。なぁオメェら」
「へい。なかなか見どころのあるボウズですぜ」
「将来は大物ですな」
「まったくだ。おうボウズ。うちのまとめ役を倒すたぁやるじゃねぇか」
「にっひー」
すきっ歯みせて笑う鼻垂れボウズの様子に、その母親はじめリリウム領の連中は、スッカリ安堵したようだ。
そして、ホッとした途端に堪えきれなくなったのか、ゲラゲラと腹を抱えだす。
鬼の転げっぷりを笑っちゃマズいと、ずっとガマンしてたんだろう。
ゴーブレはゴーブレで、ズッコケて逆さのまんま、笑いが起こるまで待ってやがったんだ。つま先をヒクヒクさせつづけるっつう芸の細かさで。
「ゴーブレぐっじょーぶ」
ベリルは小っこいグーに親指を立てて労った。
「ガッハッハッ。楽しんでもらえたんならなによりでさぁ」
こういうマネは若い者にはできんな。いい人選だ。
ん? つうかいまのって、俺がやらかしたのをベリルに助け舟出されたってことになるのか?
当の本人はそういう顔を向けてきてるな。
具体的には、なんか口に含んでるみてぇに頬をもにゅもにゅさせて『さあ褒めやがれ』ってぇツラだ。
「……おうベリル。助かった」
頭を撫でて礼は素直に言っておく。
「は、はあー? そーゆんじゃねーしー——って、ちょっとー髪グシャグシャしないでーっ。まったく父ちゃんは、まったくもーっ」
お互い慣れねぇことした挙句、二人して居た堪れなくなってんなら世話ねぇな。




