経済制裁だし②
「説明スッ飛ばしすぎだ」
「そーお? ママならわかんじゃね?」
「ごめんなさいベリルちゃん。ママも詳しくお話を聞かせてほしいわ」
ほれみろ。
「んんー。やっぱしおバカポジの兄ちゃんいないと微妙になっちゃうねー」
だな。
「あらあら、イエーロくんがいなくて寂しいのね」
「ふーんだ。ぜんぜんだもーん。あーしは会話のテンポが微妙って言っただけだしー」
そっからベリルは、スモウ大会を開く利点を語っていく。
それはそれは楽しい催しだと、いつもよりはしゃいでみせた。
「どう参加者を集めるのかは置いとくとしてだ、スモウ大会の大きな狙いを挙げるなら、三つってとこか」
「言ってみー」
「まず、うちの連中が駐屯する建前になるな。荷留するためじゃなく、催し事に参加してたから『たまたそこにいた』と言い張れる」
「うんうん」
「おまけに腕っこきがゴロゴロ集まるんだ。きっと圧に思うだろう」
「そーそー。ワル伯爵めっちゃビビるし。自分ちの前に、知らないイカちーオッサンがいっぱいいたら、あーしだってヤだもん」
「で、人手と場所貸せってのが、リリウム殿に求める詫びにはちょうどいいってところか」
「大せーかーい!」
面白ぇとは思うが、穴だらけだ。
「荷留の効果が薄い」
「ってゆーと?」
「参加する者や観戦しにくる者らで、ウァルゴードン領に入る物資を食っちまおうって算段なんだろうがよ、百や二百集めたところで足りんだろ」
「おおーう。そっちもあったかー。父ちゃんあったまイーイ」
つうことは、ベリルには違う考えがあんのか。
「オメェはどうやって荷留するつもりなんだ? さすがに領地同士の小競り合い程度で実力行使するっつうのは、外聞が悪すぎんぞ」
少し前までは評判なんぞ気にもしなかったが、いまは魔導ギア関連の売り上げに響きかねん。
「普通に買うし」
「——は?」
「だからおカネ払って買うんだってー」
「金貨十枚二十枚でどうこうならねぇよ」
「その場で売るし」
「ちょっと待て」
こりゃあ俺の理解が追いてねぇだけか? ベリルがわかってねぇだけなんじゃねぇのか?
「誰に売る?」
「商人さーん」
「だよな。となると、卸したもんをその場で買い取るバカがいるか?」
「違くってー。例えば麦持ってくる商人さんがいるとすんじゃーん。んで、帰りに麦以外のもん買ってったら儲けられるし。そーゆーふーに商売してんじゃないのー。よく知んないけどー」
だんだん呑みこめてきた。コイツが考えてんのは荷留じゃない。市を開こうとしてんだ。
「だが、そうそう都合よく商人は集まんねぇだろ。スモウ大会の客入り見込んでもタカが知れてんぞ」
「そーお。『いまだけ税金かかりませーん』って宣伝したらめちゃ集まりそーだけど」
「……ほう」
どこも領主は商いに税をかける。運び込んだ荷の種類ごとに細かく差っ引いてるところもあるそうだが、だいたいは売買の許可証を売るんだ。額はだいたい荷の二割程度。
そんなウマい実入りを諦めるなんぞ、まずしない。しかし、負い目があるリリウム領なら認めさせられる。
「ずーっとだと王様も困っちゃうかもだし、お相撲大会やってる期間限定でって感じでっ」
祭りんときは税を取らん、なんつうこともあるにはある……か。まだまだ詰めの甘い算段だが、いったん話を進めちまおう。
「スモウで客集めして、免税をエサに商人を集めるまではわかった。無理筋っぽく思えちまうがいまは置いておこう。だが、それだけなら周りを潤わすだけに終わっちまうんじゃねぇか」
「ちっちっちっ。違うんだなーこれが。はじめに言ったとーり、これは経済制裁だし。めっちゃギャフンってさせちゃうもんねー」
途端に、さっきまでのイタズラっぽい笑みはナリを潜めた。ベリルは黒目をギラつかせ、口の端を吊り上げる。
いつにも増して笑みが黒くて、
「……ひひぃ」
暗い。
いらん感情が混じった、よくないツラだ。
「そもそもさーあ、遠くから綿花を買いつけにくる商売さんって、何人も必要? 大っきなとこがまとめて買わなーい? あちこち売ってたら、リリウムさんちにだけ売らないってすんの、ムリあるっしょ」
「かもな。大商会なら、取り引き先は一つ二つで足りるかもしれん。俺も詳しくは知らんが」
「だーよね〜。いっぱいいたらいたで仲間割れしてひっでぇことになるし、それでもイイんだけど〜」
どんな腹積りかはわからんが、こいつぁ娘に見せてほしい顔じゃねぇな。
「おうベリル。悪巧みすんのは構わん。オメェがリーティオの仕返しを考えんのも止めねぇ。しかしな、もうちょいマシなツラで話せ。せっかくヒスイがキレイな顔で産んでくれたんだからよ。なっ」
「ん? そーお。そ、そっか……」
頬をむにむに揉んで確かめてる。
「うんうん、そーかも。ママごめーん」
「うふふっ。いいのよ。怖あいイタズラを考えてるベリルちゃんも、ママは可愛いと思えるもの」
どこまで伝わったかはわからんが、いちおうベリルは気分を切り替えたようだ。
やり返すんならスカッとやらんと遺恨を残しちまう。陰湿な感情を満たすような復讐はマズい。
さっきのツラには、その手の類の危うさが見受けられた。
元々コイツは敵と味方の分け方が極端すぎる。そんな頭だと、敵認定したらどこまでも残酷になりかねん。
できればベリルにはそうはなってほしくねぇ。
「わかりゃあいい。話のコシ折って悪ぃな」
「んーんー。ヘーキ」
「つづけてくれ」
水差してやった甲斐があったのか、ベリルはケロッと表情を明るく一変させた。もうそこに暗さは残ってない。真っ黒だけど。
「よーするにね、ワル辺境伯から綿花を買ってるワル商人だけを、仲間外れにしちゃおーってわけー」
「……困るのか、それ」
「どーかなー、やってみないとわかんない。でもめちゃ困りそーじゃん。ワル辺境伯が税金で集めた綿花は買えるかもだけど、そーじゃないのは売ってもらえなくなるんじゃね。きっと農家さんたち、免税市の噂聞いたら自分で持ってくるっしょ。そっちの方が高く買ってもらえるんだし」
しかしそれだと、ワル商人とやらはリリウム領で買い付ければ済む話だ。となると、ここで重要なのは『仲間外れ』ってところだろう。
「なるほど。辺境伯から買いつけした商人は、スモウ大会と併せて開く免税市から締め出すってことか。そしたら仕入れも足りず商売あがったりになるな。ひいてはウァルゴードン領から足も遠のいてく」
「そーそー。そんな感じでつづけてたら、ワル辺境伯めっちゃ貧乏になりそーじゃね。お腹へってもワタ食べらんねーし」
「おいおい、そう気長にはやってられねぇぞ」
「そーゆー可能性を想像させんのが大事なんじゃーん。ホントに飢えちゃったら可哀想だし。でも貧乏な思いしたら『リーティオくんちに悪いことしちゃったなー』って反省させられそーじゃーん。あと、ごめんなさいって、お詫びに綿花くれるかもだしー」
ようやく腑に落ちた。
多少は綿花以外の食える作物も育ててんだろうが、けっして多くはないはず。つまりこれはウァルゴードン辺境伯だけを狙った兵糧攻めなんだな。あとついでに財布も物資も攻めてんのか。
領民には救いの手を差し伸べてるところが、なおタチ悪ぃ。
「んで、落とし所は? どう終いにするつもりなんだ?」
「そのうちガマンできなくなって、文句つけてきそーじゃん。そこを父ちゃん一騎打ちでガツンだし」
「なんだ。結局は力業で締めんのかよ」
「見せ場をとっといてあげたのっ。ねーっ、ママ。ママも父ちゃんのカッコイイとこ見たいもんねーっ」
「うふふっ。たくさんお弁当を作って応援にいきましょうね」
「「ねえーっ」」
なーに二人して朗らかにしてんだ。ったく。
しかし上手くいくかは微妙なとこだな。全体的に行き当たりばったり感が凄まじい。
どうせリリウム領のことも考えてのことだろう。他所の都合も慮るたぁ、お優しいこって。
ま、ダメならダメで乗り込んでって、引っ叩いてやりゃあいいか。あっちから文句つけてきたら御の字くらいで考えておこう。
どうなるにせよ、イヤガラセくらいにはなんだろ。
このあと、細かいところを詰めたり修正させるところもあったが、概ねベリル発案の『経済制裁』なる計画を認めた。
 




