経済制裁だし①
「もっと正しくゆーんなら『経済制裁せーさい』かな。もしくは経済制裁返し? まっ、なんでもいーけど」
ああ、お題目なんかなんでもいい。
「響きから察するに、荷留でもすんのか?」
「それって『ひゃっはー! ここは通ーさねーしー』ってすんでしょ。そんなんしないって」
「じゃあどうすんだ?」
「ひひっ。あーしもちっと考えまとめるから待っててー」
ベリルはそれだけ言ったら「ちーず地図ちず、ちーずっちず〜う♪」と鼻歌交じりで去ってった。
「……旦那。小悪魔ちゃんは何者なんだい?」
「それを知ったら、次こそ命はねぇぞ」
「ははっ。そりゃ怖い」
「んなことよりリーティオ、メシ食う場所教えっから、ついてこい」
「——は?」
「洗いざらい喋っちまったんだ。ならもう逃げねぇだろ。いちいちここまでメシ持ってこさせるのも面倒なんだ。それに、」
倉庫の入り口には、ホーローたちがいた。顔だけ覗かせて、こっち見てる。
リーティオに寝かせない四日間を味わわせて、そのひでぇ有様を目の当たりにしたんだ。きっとバツが悪ぃんだろう。
「ここにはトルトゥーガの機密が山ほどある。他所の者をいつまでも置いとくわけにはいかねぇんだよ。もし見ちまったモンがあれば、忘れちまえ」
「……その、いろいろ申し訳ない」
「おっと、謝んのは気が早ぇぞ。うちの連中には『オメェさんに手ぇ出すな』たぁ言いつけてある。が、多少睨まれんのは覚悟しとけ」
「お、鬼の食卓に盗人のオレがお邪魔するのか……。それはさぞ、生きた心地がしないんだろうなぁ」
軽口叩けるくらいにはなったか。
せっかく助けた命だ。萎れたまんまでいてもらっちゃあ困る。なにせ、うちの問題幼児がなんぞ張り切ってることだしよ。
このあとリーティオを共有の食堂に連れてくと案の定、周りからギロギロ圧を受けてガッタガタ震えてた。
まっ、ガマンしとけ。
◇
家に戻ると、ベリルが地図を見ながらうんうん唸っていた。
「あなた。思っていた様子と違うのですけれど……」
そういやヒスイには、ヘコんだベリルを慰めてやってくれと頼んでたな。
「だな。俺が思ってたのとも違ったぞ」
「うふふっ。さすがはベリルちゃんですね」
「ちょいそこっ、イチャイチャしなーい。あーしめちゃ考えてるってゆーのにー。まったくもー」
「あら、ごめんなさいね」
こっちに目を向けるってことは、説明できるとこまで段取りつけたんだろう。
んじゃ、聞かしてもらおうじゃねぇか。経済制裁ってやつをよ。
俺とヒスイが並んで席につくと、ベリルはわざわざあいだにイスを持ってきて座った。正しくは、持ってじゃなく魔法でフワフワ浮かしたんだが。
「まず地理の確認ねー。えっとー、河の向こっ側に行くのに、ずっと王都よりの場所にある橋を渡んなくっちゃなんなーい。これって合ってる?」
「ええ。魔法で凍らせてから渡河するという手もとれるけれど、川幅も広くて流れも急なのよねえ。ですからベリルちゃんの言うとおりよ。できなくはないけれど普通は橋を渡るわ」
そいつぁヒスイ以外には無理筋だろ。
俺らなら気合いでなんとか……。いや考えたくねぇな。どんだけ犠牲がでるかわかったもんじゃねぇ。
「ふむふむ。裏技ありかー。てか舟はムリなん?」
「聞かねぇな。たぶん無理なんだろ」
「つーことはー、ここを押さえてー……」
と、ベリルは地図にバッテンを書き込んだ。
「——おいコラ」
「あれ? 地図って貴重とかそーゆー感じ?」
「おう。そういう感じだ」
「そっか。ごっめーん。んじゃワル辺境伯から新しーの貰っちゃおー」
そう自己完結すると、ベリルは王都やら近隣のデカい街から道に沿って線を引っぱり、バッテンつけた橋まで繋いでいく。
「こっち側はこーゆーふーに、橋を押さえちゃえばオッケーじゃーん。んーでー反対っ側は……」
「そちら側でウァルゴードン辺境伯領と接してるのは、牛頭種と馬脚種の係争地だけよ」
「ワル辺境伯がどっちかと仲良くしたり、貿易とかしたりしてなーい?」
「そいつらぁ猪豚種と変わらん。敵対種だ。まず話になんねぇぞ」
「ふむふむ。たしかにモーモーヒヒーンって言われても会話になんないもんねー」
ケンタウロスは馬みたいには鳴かねぇよ。上半身はヒト種に似てんだから。
「ミノとかケンタが攻めてきたりはしないん?」
「いちおう備えてはいるだろうが、ないだろう。あの連中が欲しがるモンはヒトの住んでるとこにはあんまりない」
「てゆーとー?」
「広い原っぱだ」
「ほーほー、まさかの草食系かー」
「ミノタウロスはそうだが、ケンタウロスは草原に住みたがるんだ」
「ふーん。とりあえずそこらへんは今回はいーやー。とにかくそっち側は塞がなくてもヘーキそーだしー」
もう思い切りがいいって範疇をとうに超えて、ベリルは景気よく地図を塗りつぶしてった。
「うはっ! これ、めちゃご都合主義じゃーん。この橋を押さえちゃえばオッケーだし。つーかおカネになるからって綿花ばっかし作ってんでしょー。よくこれでやってこれたねって心配になるレベルーっ」
「オメェは橋一本だとバカにしてるけどよ、かなり立派なもんって話だぞ」
「そーなんだー。まー、その大っきな橋を見るのは楽しみにとっとくとしてー、ひひっ、んじゃ発表しちゃうし」
なにを?
「第一回、お相撲大会を開きまーす!」
ベリルがぐるぐるっと丸で囲ったのは、うちから見て橋を渡る手前の、リリウム男爵領だった。




