小悪魔の尋問④
一晩寝て、起きてみると意見がガラッと変わることはままある。その逆も然り。先日は後者で、朝メシ食ってるいまは前者みてぇだ。
「つーか昨日さーあ、泥棒の仕返しに『ひゃっはー! ありったけの綿花よこせー!』って略奪しちゃおーみたく言ってたじゃーん」
「あら怖い」
いまの話をコロコロ笑って聞き流すヒスイの方が、よっぽど怖いぞ。
「深夜のテンションだったから、あーしもあーゆーふーに言っちゃったんだけどー、よくよく考えるとどーかと思うわけっ。関係ない農家さんたちにひどいことすんのは、なしかなーって」
「まあ、ベリルちゃんは優しいわね」
俺以外にはな。
「つうかオメェ、なんか勘違いしてねぇか」
「どーゆーこと?」
「べつに奪うっつっても、あっちの領民に狼藉働くつもりはねぇ」
「じゃーどーすんのさー」
「んなもん、ウァルゴードン辺境伯の屋敷まで怒鳴りこんでって、一騎打ちでギッタギタだ」
「ふーん。ボス同士のタイマンってやつかー。めちゃ脳筋だし」
ほれみろ、俺には優しくねぇ。
「でも安心したかもー。てっきり父ちゃんのことだから、家とか畑に火ぃつけまくってー、人攫いしたりめちゃくちゃすんだろーなって思ってたしー」
「ふざけんなっ。傭兵仕事で乱取りくれぇはするが、畑潰したり人攫いなんてするかってんだ。ムナクソ悪ぃ」
「んじゃーケンカして終わり?」
「そうだな……。あとは落とし前として領主の屋敷を更地にすんのと、金目のモノを分捕るくれぇか。倉庫にたんまりありそうな綿花なんかもまとめてよぉ」
「うっは。父ちゃんマジ野蛮じーん」
「おうよ。野蛮な鬼にケンカ売ったんだからな。しかもケッタクソ悪ぃやり方で」
つうか朝メシ食いながらする話じゃねぇな。メシが不味くなっちまう。
「いいから黙って食え」
ふむ。食えばいっつもどおりに美味ぇな。
「ううーん……」
まだベリルは言い足りねぇらしい。
「ねー父ちゃん。ケンカ売るための大義名分ってやつが、リーティオくんにドロボー唆したことなわけじゃーん」
「いまさらなんだ」
「リリウムさんちだっけ? リーティオくんのおウチの迷惑になっちゃったり、する?」
「その点も踏まえたうえで、オメェは聞き出したんだろ」
「いや、んー。そーなんだけど、そーゆーんじゃないってゆーか……」
「煮え切らねぇヤツだな」
どうやらベリルは、自分がリーティオの覚悟を踏み躙ったと理解してねぇようだ。
「ヒスイ。帰ってきたら、あと頼んでいいか?」
「ええ」
「ん?」
「おうベリル。メシ済ませたら、リーティオんとこ行くぞ」
ちぃと酷だが、情けかけた結果を見せてやらんとか。
きっとベリルのやつヘコむんだろうなぁ……。
あーあ、気ぃ進まねぇ。
◇
予想どおりだ。いや、ここは案の定と言うべきか。
倉庫につくとリーティオは呆けていた。その目は濁りきっていて、宙を彷徨ってる。
「え⁉︎ マジどしたん?」
ベリル。これがオメエがやったことだ。
「旦那と小悪魔ちゃんか……。オレ、やっぱ喋っちまった、のか?」
「………」
「まだ喋ってないよな? なっ、なっ、なぁ! 喋ってないって言ってくれよ‼︎」
「——ちょ! えーっ、リーティオくん⁉︎ ちょっと落ち着いてってー。マジなに、なんなのさー?」
表情は抜け落ちてんのに、目だけは血走ってて、声には悲壮感たっぷりで……。
自責の念に苦しむさまは見ちゃいらんねぇ。
「オメェはウァルゴードン辺境伯に唆されて、魔導ギアの製法を盗みにきた。たしか、素材作りに特殊な道具を使ってんじゃねぇかと目星をつけてたんだろ。わざわざ冒険仲間と袂を分って、ひと月後には死亡の報告までさせる段取りまでつけてある。だったな」
ただ、リーティオが言ってたことを淡々と告げてやった。
様子を見る限り、ウソは言ってねぇんだろう。
「……はっ、はは……、くっそ。オレ、そんなことまで話しちゃったのか……っ……」
「——いやいやいやいや、マジしゃーないってーっ。父ちゃんの拷問受けたんだし。鬼に詰められてオシッコちびんなかっただけスゴイしっ。ねーっ、父ちゃん」
詰めたのはオメェだがな。
んなこたぁどうでもいい。それより、自分の首で済ませようとしたヤツを生かしちまったんだ。
それがどういうことか、せめて学べ。
しばらくは落ち込んでもいいし俺に当たっても構わん。気持ちが穏やかになるまでヒスイに慰めてもらえばいいさ。
だが、二度と同じマネしないようキッチリ頭んなかに刻みこめ。
……チッ。これは、俺もか。
「つーか聞いてもいーい?」
「……。なんだい、小悪魔ちゃん」
リーティオは精一杯、笑みをつくろうとしたんだろう。口元がヒクついてんのが痛々しい。
「悪いのはワル辺境伯で、泥棒しよーとしたリーティオくんも悪い。それはあーしもそー思う。でも、おウチにまで迷惑かかるってどーして? 連帯責任とかそーゆーの? マジ意味わかんねーし。そもそもなんで言われるがまんまにしたのさっ?」
「おいベリル。後悔してるヤツに追い討ちかけるようなマネしてやんな」
「——ちがうちがうぜーんぜん違うし! もー! なんでそーなっちゃうのっ。あーしが思うに、脅迫されてたんじゃないのーっ。弱味とか握られちゃってさー。だったら一番悪いはワル辺境伯じゃん!」
リーティオに表情が戻った。揺れたみたいな僅かなもんだったが、なにか喋ろうとして、すぐ飲み込んだ。俺にはそう見えた。
「リーティオ。オメェの親父、リリウム殿とは一度っきりだが話したこともある。そんとき、うちの息子にもよくしてくれた。だから約束しよう。ケジメは最低限で済ますと」
「……そっか。旦那。ありがとう」
そっからリーティオは詳しいところを語ってく。
ヤケっぱちってわけじゃねぇ。俺を信じて、助命するベリルに応えてくれたんだろう。
訥々とした語り口で、涙声交じりで、リーティオの辛い心中がモロに伝わってくる。
自分の生まれ育った土地を、家族を、仲間たちを守ろうとした苦悩がありありと……。
思わずもらい泣きしちまいそうになった。
だってのに、
「なーる。つまり幼馴染ちゃんのガンバりを守るためかー。うひひっ。めっちゃ男の子じゃーん。あーし応援しちゃーう」
ベリルの反応はアホほど軽い。
「よーするに、リーティオくんの幼馴染ちゃんが作った最新式のハタ織り機を、ワル辺境伯が横取りしよーとしたんでしょー。でー、断ったら綿花を卸さないってイヤガラセされちゃった。そんでリーティオくんは『綿花売ってほしかったらハタ織り機の代わりに魔導ギアの情報盗んでこい』って脅されちゃったー、みたいなー」
この軽薄な口ぶりの終いに、ベリルはポツリと吐きすてる。まったく熱のこもらないゾッとさせられるような声音で、
「マジわっかりやすっ」
と。
俺はこの表情を知ってる。
ヒスイがブチキレたときの顔そっくりだ。
しかしそれも一瞬のこと。すぐにいつものアホっぽい雰囲気に戻った。
「…………。あ、ああ。そうなる。カネのある家からしたら取るに足らないモノかもしれないけど、うちにとっては生活が一変する大切なモノなんだ」
「にひひっ。わかってるってー。愛する幼馴染ちゃんが作った大事なモノだもんねーっ」
ベリルは底意地悪ぃツラみせてて、リーティオは豹変ぶりに若干ついてけてねぇ。
「い、いや、そういうんじゃないって。アイツは兄貴の嫁だから。昔はそうだったかもしれないけど、いまは……、大事な友達だ」
「ほーほー三角関係ってやつかー。オッケーオッケー。んおおっ。ワル辺境伯だけキャンってさせちゃうのキちったしキちったし、いまピコーンッてキちったし!」
どうせロクでもねぇことだろ。
「経済制裁しちゃおーう。おーう!」
ほれみろ。




