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息抜きに現場視察③


 次に向かうは風呂場だ。

 べつに湯に浸かりてぇってわけじゃねぇ。場所がねぇから、風呂として使ってないときはサンダル作りの作業場にさせてんだ。


 裏には洗濯場もあるから、併せて革を鞣すのも任せちまってる。


「おおーう。サストロさんいるじゃーん」


 でだ。なぜかサストロが顔出してた。

 コイツは元々、王都に店を構えてた仕立て職人なんだが、ベリルが引っこ抜いてきたんだ。


 最近、アンテナショップに品物を運びこむ第一便の復路に便乗して引っ越してきたばかり。

 歓迎会をする間もなく、ベリルから意匠を受け取るとすぐ部屋にこもっちまう困った爺さんだ。


 以降はチクチク針仕事してると聞いてたんだが……、いったいなにしてんだ?


「おうサストロ。たまには顔みせろ」

「これはこれはトルトゥーガ様。いえ、領主様とお呼びするべきですね。ご無沙汰しております」

「なんでも構わん。つうかオメェも若くねぇんだから、あんまし根詰めんなよ」

「お心遣い、痛み入ります」


 コイツもコイツで、目ん玉が前にしか向かんヤツらしい。うちはこんなんばっかだな。


「んで、サンダル作りの作業場になにか用事だったのか?」

「はい。靴のサイズについて相談を受けまして」


 これもベリルの閃きで、衣類やサンダルは寸法——もとい『サイズ』って考えに則って作ることになった。これも量産の一環なわけだ。


「そーいや足ってどこを測ってんだっけ?」

「いまは縦横の幅と甲からの高さを基準にしているのですが……。なかなかよい(あたい)が決まりません」

「てゆーと?」

「靴の種類によって、バラバラになってしまい……。ゆくゆくは革靴やブーツを作ることまで考えますと……」


 様子を見る限り、かなりの難儀らしい。


「たしか踵からつま先までとー……あっ、そーそー、足の甲まわりグルッと測ったハズっ」

「ほう!」


 これで話が通じんのがスゲェな。


 そっからサストロは俺らなんか空気扱い。


「サストロさーん! サイズは男女と子供で、三つずつくらいでいーかんねー」


 取り憑かれたみてぇに、紐を持って目につくヤツの足にグルグル巻きつけては測っていった。

 女衆が引き気味だったが、これも領地のため。目ぇ瞑っとこう。



 ちょっくら気分転換のつもりが、もう晩飯どきになっちまった。


「たっだいまー」

「アセーロさん、ベリルちゃん。おかえり」

「おう。ただいま」


 ヒスイは先に帰ってきていて、すでに夕飯の支度を済ませていた。

 しかしメシより先に、


「あなた。お食事の前に、こちらを」


 と、手渡されたのは一通の手紙。

 送り主を見ると……。まっ、来るとは思ってた。


 台所へ戻ってくヒスイを見送ったら、読むのも面倒くさそうな手紙をテーブルの隅に放っちまう。


「ねーねー、誰からお手紙もらったん? 王様?」

「違うぞ」


 だったら粗末な扱いなんてしねぇよ。そうそう陛下から手紙送られて堪るかってんだ。


「んじゃだーれ?」

「お隣さんだ」

「ん?」


 当たり前だが、猫の額みてぇなトルトゥーガ領だって他の領地と接している。

 王都に向かう道すがら通った子爵領と、禿山裏手の川向こうにあるウァルゴードン辺境伯領だ。どっちとも付き合いなんてない。


 で、この手紙はウァルゴードン辺境伯から。

 この時点で見たくもねぇ。


「なんて書いてあんのー?」

「まだ読んでねぇだろうが。まっ、おおよその見当はつくけどな」


 開いてサラッと目を通すと、ほらやっぱりだ。


「水の手について文句言ってきてらぁ。水利を侵した詫びに魔導ギア一式よこせってよ」

「それってどーなん?」

「あんなデケェ河から水の手引っぱったくれえで水量云々ほざくなんざ、完全なイチャモンだ。んなもん無視、無視。こんな手紙なんぞスッポンに食わしちまえってんだ」

「そんな美味しくなさそーなの食べさしたら、スッポンお腹壊しちゃしー」


 面白くなさそうに頬杖をついたベリルは、まだなんか言いたそうにしてる。んだよ?


「つーか、成敗しないの?」


 そういうことか。

 ベリルはとことん俺を暴れさせたいらしい。


「言いたいことはわからんでもない。が、この程度で小競り合いふっかけんのはマズいな」

「なんで?」

「俺ぁ無法者じゃねぇんだ。仕掛けるにしても大義名分ってやつがいるんだよ」

「なーる。この手紙くらいじゃ理由が足んないってことかー」

「おう。そういうこった」


 俺としても魔導ギアの売り出す時分に、ひと戦あってほしいのは否定しねぇ。

 べつに性能を知らしめるためじゃない。そいつぁもう充分だ。狙いは『ヘタに手ぇ出したらタダじゃ済まさねぇぞ』ってぇ見せしめのため。


 とはいえウァルゴードン辺境伯が軍団引っぱってきたんならまだしも、ちぃとばかし傲慢な手紙くれぇで動くわけにもいくまい。

 つうか総力あげられたら、かなりキツい相手でもあるだろうしな。


「売ってあげたらどーお? したら仲良くできそーじゃーん」

「……そのカネは持ってんだろうな」

「ふーん。ならお返事はそーしたらー」

「考えとく」

「なーんかヤなヤツっぽいけどー、父ちゃんと揉めたりした人なん?」


 因縁は、あるっちゃある。俺ぁ面識ねぇが、祖父さんの代くらいの話だといろいろあったそうだ。

 ま、ベリルに話しても仕方ねぇことか。


「やけに聞いてくんな。なに企んでんだ?」

「んんーと、川の向こうってゆー話だから微妙かもしんないけどさー、工場つくる場所とかなくて困ってるし、ちょーどいーかなーって」

「土地を奪っちまえってか」

「そんな感じー」

「アホか」


 領地の線引き変えるなんざ、よっぽどの理由がなきゃ認められねぇ。

 ただでさえ、うちは大鬼種(オーガ)の混血がゴロゴロいて、ダークエルフとの絡みもある。オマケに魔導ギアやら装飾品やらで悪目立ちしてんだ。


「そういうのは野心ありって、周りにいらん疑いをかけられちまう」

「そっかー。つーかどんな場所かもわかんないもんねー。もらっても困っちゃうかー」

「だから切り取らねぇって。そもそも綿花畑なんてあっても持て余すだけだ」

「————なんですとっ‼︎」


 ダンッとテーブルに手をついたベリルがグイグイ迫ってきた。目も血走ってる。


「父ちゃん! いますぐ侵略しなくっちゃ‼︎」

「するかボケ」

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