息抜きに現場視察②
初期から作ってただけあって、魔導ギアと包丁作りは量産に移行しても順調そうだった。
つづいて俺とベリルが顔を出したのは、後家さんたちの作業場。つっても場所がねぇから、広場に天幕張って凌いでる。
いつかはなんとかしねぇとなんだが、土地がねぇんだよな、困ったことに。
頭をよぎる懸案事項を棚上げにして、天幕んなかへ。
「おう。やってるか」
「「「領主様、こんちは」」」
整わねぇ環境だってのに、後家さん方は活き活きと働いてた。挨拶の声にだってハリがある。
「おう。こんちは」
「こんちはーっ」
「あらベリル様もご一緒に。そうそう、少し困ったことがありまして」
こっちが尋ねる前に、あぁだこうだと語りはじめる始末。
どうやら細工を施すのが上手いヤツがいて、ソイツは魔導ギア作りに移りたがってるそうなんだ。
けど後家さんたちは『新しい作り方には欠かせない』っつう理由で装飾品作りに残ってほしいらしい。
「たしか新しい作り方って言うと……」
「あれじゃーん。型押すやつ」
これまでは一個一個を指輪や腕輪のカタチに削り出してから飾りの細工を施していた。
対して新しい作り方とは、いったん指輪の元になる薄く細長い棒をこさえて、それを切って輪にするって寸法。
加えて、先に模様の型を用意しておき、整形できるうちに押しつけて叩いちまう。そうすりゃあ複雑な意匠だってガンガン作れちまうってぇわけだ。
「たしかに、このやり方だと細工ができる器用なヤツは要になるな」
「そうなんですよ。ですから領主様からも話してやってください」
話題にあがった男の名は、デコラシオ。
ずいぶん前に戦で膝を痛めて傭兵は引退しちゃあいるが、まだまだ働き盛りの、額と肩幅が広めなゴツい中年だ。
引退後もコイツは、俺の目のつくところで逆立ちしたり片脚で屈伸して、そうやって『傭兵仕事に連れていけ』って主張してくる無類の戦好きだ。
しかしそれもこれも、つい最近までの話。いまはモノ作りに励んでると聞いてたが……。
「なんで戦争に連れてってあげないのー?」
「走れねぇヤツを戦場に連れてくわけねぇだろ」
「スッポンに乗ったらイイじゃーん」
「もし転げ落ちたら」
「そーゆーことかー」
俺らの話が聞こえたんだろう。デコラシオは、項垂れては期待に満ちた目ぇ向けてきて、いまはガックリ肩を落としてる。
「つうわけだ、デコラシオ。オメェは魔導ギア作りであっても、なにかしら戦に関わりたいんだろ?」
「へい。旦那の言うとおりでさぁ」
だったらムリにやりたくもない仕事をさせるこたぁねぇ。こいつぁ好き嫌いの問題じゃない。心に負ったキズを抉るようなマネになっちまうからだ。
必要に迫られてるなら、話は別だけどよ。
やっぱ、ここは女衆に折れてもらうしかねぇな。
「てゆーか、デコラシオが槍を持ったとしてー、何人くらいやっつけられんのー?」
——なんつうことを⁉︎
「オイこらベリル‼︎ キズを負った者を侮るような戯言抜かすなっ。ブッ締めんぞ!」
「侮ってねーし。つーか、槍ブンブンするだけが戦争じゃなくなーい」
急にはじまる領主とその娘の親子ゲンカに、まわりは一斉に静まった。
「斥候ってゆーの? 偵察する人とかさー、あとゴハンも武器も運ぶ人いるじゃーん。作戦考える人だっているし」
「……つづけろ」
「だからさー、デコラシオがゆーみたいに武器作んのも戦争の役に立つけどー、農業したりモノ作ったりすんも役に立ってんじゃねって、あーしはそー言いたいわけっ。あ、そーそー、たしか『ジューゴの生活』ってやつだし。なにが十五なのかよく知んないけどー」
最後のはともかく、んなこと言われんでもわかってる。だが、そいつぁ俺に限ってだ。
ちったぁデコラシオの心中を察してやれってんだ。
膝やっちまってから燻らせてた『戦働きがしてぇ』って想いをぶつけられる場所が、ようやく現れたんだぞ。
武器を作るってことで気持ちに折り合いつけたんだ。だってのに装飾品の細工しろだなんて、とてもじゃねぇが俺ぁ言えねぇよ。
「もっと言っちゃうとー、味方を増やすのも戦争で大切なお仕事でしょー」
調略のこと言ってんのか。んなもん、ここらの小競り合いじゃまずねぇぞ。
そろそろ強引にでも口を閉じさせるべきだな。
「…………」
そう考えたんだが、デコラシオは聞き入ってる。なにかしらが琴線に触れたらしい。
「これって巡りめぐっての話になっちゃうけどさー、うちのアクセで喜んでくれるお客さんって、困ったとき味方してくれそーじゃね? お妃さまとかお姫さまとか『可愛いの作るトルトゥーガにイジワルしたら、メッ』て、してくれそーじゃーん」
「……ワ、ワシの細工で、王家の方を味方にできると。ベリル様はそう言ってくださるんですかい」
「んーんー。ぜんぜん違ーう」
おいベリル……。もっと丁寧に、相手を慮って話してやれ。
デコラシオのやつ、上げて下げてされた心労で倒れかねんぞ。気の毒に。
「——お妃さまとお姫さまだけじゃないし。もっともーっとたくさんっ」
先にそっちを伝えろよな。ったく。
「てゆーか、これは想像なんだけどね。もし父ちゃんのことムカついてる貴族がいるとすんじゃーん。でー、イヤガラセしちゃえーってなったとき、うちのアクセ大好きな奥さんがいたら『トルトゥーガさんちとは仲良くしたいからケンカしちゃダメ』って言ってくれたりするっしょ」
ここで終わっておけばよかったんだが、ベリルの悪どい面が表れちまう。
「いひっ。その逆もあるし。うちにイジワルしてくるワル貴族には『売ってあげなーい』ってすんの。したらワル貴族、おウチで奥さんとか娘ちゃんにめっちゃ責められちゃーう。そーなったらもー、ごめんなさいするしかないし。んで——」
「ベリル。もうそのへんでいい。よっくわかったからよ」
「そーお、こっからが面白いのにー」
聞かせたくねぇから止めたんだ。いったいどんな卑劣なマネすんのやら。考えたくもねぇぞ。
「うちの娘はずいぶんとオメェの腕を買ってるようだ。与太話でっちあげてでも引き留めてぇらしい。あとはオマエ次第だぞ」
「…………。ベリル様。槍をノミに持ち替えたワシの働きは、何人分になりやすか?」
「百万人ぶーん!」
フルッと肩を震わせたデコラシオは、絞り出すように声をあげる。
「……ひゃ……、百万と……っ。膝をダメにしたワシに、っ、そう仰ってくださるんですかい。……ぐっ……ゔぅ……」
「そーそー」
漢泣きしてる相手だってのに、ったくコイツは。返事が軽すぎやしねぇか。
「つーか、特注品の武器なんかは飾りいっぱいのキッラキラにしなきゃだし、そっちもやってもらうかんねー。うちに百万人リキの細工職人さん遊ばしとく余裕なんてねーし」
「ゔぐ……っ、承りやした!」
あーあ、んなこと言っちまったらベリルにコキ使われんぞ。
様子みてた後家さん方も、亡き旦那のことを思い出したのか潤っとキちまってんな。
この一件で、デコラシオの気持ちも理解できただろう。なら——
「おうベリル。次いくぞ」
「ええーっ。あーし、さっそくデコラシオにお願いしたいことあったのにー」
「いいから来い」
あとは、そっちで上手くやってくれ。
◇
さぁて次はどこへ顔を出すか。
ってな具合に、ベリルの手ぇ引っぱったままプラプラ歩いてると、ムヒムヒ含み笑いが聞こえてきた。
「おうおう。しれっと役目を押しつけられてご満悦ってか?」
「ちがーう。うひひっ。これでデコラシオってばシングルママハーレムじゃーん。ちょいちょい誰とイイ感じか見にいかなきゃ〜。つーか引き留めてたシングルママ、絶対デコラシオ狙いだったしー。いやんいや〜ん。も〜ぅ、めちゃエッチーっ」
なに考えてんだか、コイツは。




