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禿山要塞化計画、割掘①


 いま俺は、うちの傭兵連中を二〇名ほど引き連れて溝を掘ってる。禿山の裏手から住まいの側を通って再び川に戻っていく水の手にする溝だ。


「おうオメェら! 空模様が怪しくなる前に、こっから次の杭まで仕上げちまうぞ」


「「「応ッ!」」」


 まずまずの進み具合。

 難儀しそうなガチガチの地面だって、ザクザク掘り進められてる。岩があろうが石があろうがお構いなし。


 これはトルトゥーガ独自の魔法『筋肉隆々(きんにくもりもり)』のおかげでもある。しかし道具によるところも大きい。

 語るまでもなく、ベリルに持たされたモンだ。


 『魔導ショベル』なるこの道具は、真っ直ぐな柄の先に、やや反った三角形が付いた頭デッカチな作りなんだ。

 不恰好な槍みてぇだが、やたらと掘れる。力いっぱい扱っても壊れやしない。

 これがまたやってみると快感でよ、夢中になって振るっちまう。


 ガンガン掘り返して溜まった土砂は、両輪の自由が利く荷車に乗せて邪魔にならんところへよけておく。


 全員が間隔を空けて並んで一斉に掘ってくから、すぐに穴は繋がって溝になるんだ。


 今日予定してたところまで進めたあたりで、雨がポツポツきた。

 へへっ。明日は地面が緩んで、もっと捗りそうだな。


「よぉーし! 引き上げんぞ!」


「「「応ッ!」」」


 ふぅ。いい汗かいたぜ。


 ひとっ風呂浴びるのを楽しみに、俺らは今日の仕事を切り上げた。



 うちの連中は倉庫に道具を片付けると、ぞろぞろと風呂へ向かってく。

 似合わねぇかもしれんが、コイツら意外とキレイ好きなんだぞ。


 で、俺はといえば家に戻るなりベリルに捕まっちまった。

 スネてる……、のとはちっと違うみてぇだ。


「先に風呂入りてぇんだが」

「大丈夫、セーフだから。傭兵のお仕事から帰ってきたときほど匂いしないし」


 コイツは肉体疲労っつうのを考慮してくれねぇらしい。


「つーか、父ちゃんからもガツンと言ってやってくんなーい」

「あん? なんぞあったんか?」

「いーから倉庫ついてきてっ」


 倉庫? さっきも行ったが、ホーローたち悪ガキどもが渋い顔して作業してただけだったぞ。


 グイグイ手ぇ引かれるままついてくと、


「あっ、旦那だ」


「「「こんちわ!」」」


「おう。こんちわ」


 つづいてベリルが「ちわー」っと挨拶すると、


「「「ゲッ! 小悪魔っ」」」


 ……プフッ。えらく歓迎されてんじゃねぇか。


「なに笑ってんのさー」

「笑ってねぇ笑ってねぇ。んで、コイツらのどこに文句があるんだ。見たとこマジメにやってんだろ」


 ホーローたちの様子を見てて、だんだんと事情が飲み込めてきた。

 おおかたベリルのムチャ振りに困らされてんだろう。魔導ショベルもその一つに違ぇねぇ。目に浮かぶぜ。


「だってー、王都に旅行いく前にだしといた宿題なーんもやってないんだもん」

「ほぉう。ちっとベリルは黙っとけ」


 叱られんのかと、悪ガキどもはシュンとしてやがる。んな理不尽なマネしねぇっての。


 まず腰を下ろして胡座をかく。ホーローたちにも座るよう勧めた。それから聞く。


「で、オメェらはコイツになにを頼まれてたんだ?」

「えっと……」


 ついでにベリルの頭も抑えて、少しでも喋りやすくしてやる。するとホーローは重たそうにだが、ようやく口を開いた。


「小悪魔から言われてたのは、魔導ギアを作る手順をまとめとけって……。で、オレら作業終わってから集まって話したりして紙に書いたんッスけど——」

「小学生の夏休みの宿題だって、もーちょいマシだし。あんなんやってないのとおんなじっ」


 ベリルの例えは意味わからんが、憤ってんのだけはわかった。

 それと悪ガキどもは、コイツらなりにガンバったってのも嘘じゃなさそうだ。


「こらベリル。オメェの言い分だけ押しつけてどうすんだ。おうホーロー、とりあえず書いたモン見せてみろ」


 びっくりこいたみたいに真っ直ぐ立ち上がって、ホーローは駆け足で紙を取りに行く。

 残された連中は、これから説教されんのかって戦々恐々してる。

 で、俺の膝をイスにしてるベリルは、いつもみてぇに踏ん反り返ってるわけでもなく、プンスカしてた。


「マジ『男子ちゃんとやってー』って感じだし」


「「「…………」」」


 こいつぁマズイ空気だな。


 ガキ共を集めりゃあ得てしてこういうことは起こる。どっちが悪いっつう話じゃねぇ。

 ましてや、ベリルみてぇなチビにあれこれ指示されたら気分悪ぃのもわかる。


 もっと子供のうちなら受け入れられたんだろうが、コイツらも歳のうえでは成人。とはいえ生意気を聞き流せるほど大人にはなっとらん。

 誰もが経験する『そういう年頃』なんだ。不思議とイエーロにはなかったが。


 さぁて、どうしたもんか……。


「旦那、これッス」


 ホーローが持ってきた紙に目を通した。

 

 なるほどな……。こりゃあ、ベリルが怒るのもムリねぇか。

 雑な絵図におおよその数字、説明文も端折りすぎで、おまけに字も汚ねぇ。が、しかしだ。


「沙汰を下す前に二つ確認させろ。まず、倉庫は王都から帰ってくるまでイエーロが仕切ってたよな。どうしてベリルが口挟んでるんだ?」

「だって父ちゃん、効率よく作る方法まとめろって言ったじゃーん」

「オメェが言い出したことだからオメェにやれと言ったんだ。それをどうしてホーローたちに丸投げしてんだよ」

「あーし、剣とか槍とかどんなふーに作ってるかあんまし知らないしー。いっつもやってる人の方が、詳しーじゃん。効率的だもーん」


 それを前もって俺に知らせとけば、こうはならんかったんだがな。

 そのへんを叱るのは帰ったあとだ。コイツらの目の前でベリルをどやしつけるのは今後に響く。


「もう一つだ。ベリルは手本を用意してなかったのか?」

「もらってないッス」

「どうこう直せって類の指示は?」

「なかったッス」


 ホーローたちは、俺が提出物に納得してないのを察してるみてぇだ。声にハリがねぇ。

 ベリルはベリルで、適当やっちまったと気づいたようだ。目があちこち彷徨ってる。


 さあ、こっからがひと苦労だぞ。

 どっちが悪いってぇオチをつけるのは上手くない。これからはイエーロじゃなく、ベリルの指示で動いてもらいてぇんだから。


 となるとヘタに詫びさせるのは避けたいところ。

 かといって、ホーローたちも合点がいく結論が必要だ。じゃねぇと今後も俺が口を出してくことになっちまう。

 それでも回らなくはないが、できるだけ新しいことは若い連中が先頭に立って進めてってほしい。


 どうしたもんかと俺が悩んでたら、先にベリルが「ごめん」と謝っちまった。


「あーし……王都旅行に浮かれてて……、うぐっ、テキトーだっだがも……ゔぅ、ゔっ……ごべんな、ざい……」


 しかもベソかきながら。


 あぁあぁ〜これでもう、ホーローたちをベリルの下に組み込むのは当分ムリだな。

 誰もピーピー泣いて謝るようなヤツの指図なんか受けねぇ。理想は俺が強く言って、双方とも強引に頭を下げさせられるってぇ流れだったんだが……遅かったか。


 いいや、そもそもいくら賢くてもベリルみてぇな幼児に仕切らせようってのが、大間違いだったのかもしれん。


 と、俺が考えを改めた。

 が、意外なことに——


「な、泣くなよ。オレらイジワルするつもりなんてなかったんだぜっ」

「そうそう。ホーローが口答えすっからいけないんだ」

「え? オレ?」

「あーあ。こんなチビ泣かせて、あとで母ちゃんに叱られるぞ」


 悪ガキ共の仲間割れがはじまった。いや、正しくはホーローに対する梯子外しか。


 んでベリルはチラッ。チラチラッと様子を窺う間を空けて、またギャンギャン泣く。ゥワンゥワン泣く。


「小悪魔ごめんな。オレらちゃんとやるからさ、なっ」

「そうそう。小悪魔は悪くないって。悪いのぜんぶホーローだから」

「え? オレ? いや、オレのせいかもだけど、オレらじゃ——ぁあっと、とにかくごめんな」

「ホーローはあとでシメとくからさ、そろそろ泣き止んでくんないか」


 なんでか、寄ってたかってベリルを宥めてる。


「あーじがムヂャ言っでぇぇ、みんだを困だぜでぇぇぇ……ゔぐ、ひっく、びぇえええ〜んえんえん!」

「ぜ、ぜんぜん困ってないって。なぁオマエら」


「「「おうおう、困ってない困ってない」」」


「……ひっぐ、あーじの言うごど……、ぢゃんど聞いでぐれる?」


「「「もちろんだ!」」」


「ず……ずぴっ……、ぜっだい、ふぐじゅう?」


「「「……え?」」」


「…………——びぇえええええ〜んえんえん! ぴぃ〜んひんひんひんっ」


「「「ふ、服従ふくじゅう絶対服従っ」」」


 ベリルはピタリと泣き止む。


「……ひひっ」


 やっぱり嘘泣きか。だろうなとは思ってた。


「「「——は、嵌められた⁉︎」」」


「つーわけで、あーしが見本書いてあげっから、それどーりキレーな字でぜんぶやり直しー」


「「「…………」」」


「とりあえず待ってるあいだ、前に注文したドリル作っといてー。ちゃーんとやんなきゃメッだかんねっ。んじゃよろ〜っ」


 ケロッとした顔して、ベリルはたったか倉庫をあとにする。

 唖然することしばし。ホーローたちはガックリと両手両膝をつき、項垂れた。


「やっぱりアイツ悪魔だ……。チビだから、小悪魔か」


「「「ああ。小悪魔だな」」」


 ようやくあげた顔には、微塵も覇気がねぇ。


「………………。作ろうぜ」


「「「……うん」」」


 なんか、うちの娘がすまん。

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