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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第三章

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禿山要塞化計画、却下①


 目の前にうずたかく積ませた、紙、紙、紙……。


 いちおう端っこに二つ穴を空けて、紐で括ってはある。であっても、こいつを紙束とは呼びたくねぇ。そのへんの本なんか裸足で逃げだすくれぇの分厚さだからだ。そう、こいつぁさながら鈍器……。

 書類を武器扱いはないだろうと言われちまいそうだが、ゴリゴリと俺の頭んなかに鈍痛を与えてくる点を鑑みれば、やはり鈍器と呼ぶべきか。


 ほれみろ。知恵が回らん俺に机仕事を押しつけるから、こういう妄言を吐きはじめる。


「ハァ〜ア。やるか」


 いま俺がなにをしているのかってぇと、役人に提出する免税の申告書を検めてるんだ。

 こいつには、平たく言うなら『経費でこんだけかかりました。だから税をまけてね』っつうことが書き連ねてある。


 その経費の項目が、紙の山のほぼすべて。


 細いところを探られても答えられるよう、漏れなく目を通しておかなきゃならん。


 最初の項から頭が痛ぇなぁおい。


「なんで紙を買ったって内容を紙何枚も使って書いてんだよ」


 それもこれも問題幼児(ベリル)の悪巧みのせいだ。

 同じ店から買ったんなら一年分まとめちまえばいいもんを、日ごとに記してある。とくに最初の月は細々買い足してっから、延々と目が霞みそうな同じ文字列を追いつづけるハメに。

 まぁ、役人のヤル気をへし折るには充分なイヤガラセになんだろう。


 ちなみに、いま王都の宿には俺ひとり。


 女房(ヒスイ)(ベリル)は、アンテナショップの方に泊まってる。

 二人して、赤ん坊を構いたいんだと。


 にしても、あのバカ息子(イエーロ)が父親になるたぁな……。


 励めって王都へ送り出して一年。励んだ結果か。

 あのアホたれ。モノ作りしてぇっていうから王都住まいを認めてやったのに……。

 

「子作り励んでどうすんだよ」


 いかんいかん。ベリルみてぇな下品な戯言をほざいてる場合じゃねぇ。めでてぇ話だしな。

 とにかく今夜中に、こいつに目を通しちまわねぇと。


 諦めってのは、集中するキッカケにはもってこいだ。ため息つきながらでも文字列と向き合うと、だんだんと没頭できちまう。


 項目と金額。そいつを見てると、忙殺されてただけじゃなく、ポンポンと問題を抱えさせられてはガッチャガチャに引っ掻きまわされた波乱の一年が思い起こされる。


 すぐ思い出したのは、首謀者(ベリル)(のたま)うムチャ……。


 俺は使ったカネを確かめながら、この一年間を振り返った。



 イエーロが王都に出立したばかりのころ——


 俺は嫌になるくらい延々と、中身の変わらん手紙を書いてた。

 内容は魔導ギアの見積もりの返事だ。


 品物に興味を持ってもらった礼からはじまり、頼まれた品の予算を記す。つづけてアンテナショップの話だ。

 魔導ギアは短剣、短槍、丸盾を売り出して、その他は特注品ってことで高めだってことを伝えていく。締めに鎧は納期がべらぼうに長く、高価だとも。

 その他、魔導ギアと同素材を使った装飾品やサンダル、また包丁などの取り扱いもある旨を添える。


 こんな内容を時勢の文句や世間話なんかと併せて書いたら、ようやく一通出来上がり。

 取り掛かった当初は百通もあんのかと絶望感を覚えたが、慣れちまえば無心で手を動かすのみ。


 俺の方はこんなふうに過ごしてた。


 ヒスイはヒスイで、イエーロの嫁さんになったクロームァを仕込むのにかかりっきりで、忙しくしてる。


 でだ。うちの問題幼児はといえば、顔を合わすのはメシどきだけ。


「ごちそーさまー」


 食ったらさっさと部屋にこもってそのまんま。

 イエーロがいなくなってから、やたら大人しくしてるんだ。


「…………。アイツ、ガラにもなく落ち込んでんのか?」

「かもしれませんね。きっとベリルちゃんも、イエーロくんがいなくて寂しいのでしょう。アセーロさんとおなじく」


 なーんて言われちまえば、この話は終わりだ。


「例の意匠があがってるか確認してくる」

「うふふっ。たくさん構ってあげてください」


 そういうんじゃねぇから。いちいち茶化すんじゃねぇよ。


 子供部屋の——いや、いまはベリルの部屋か——扉をコンコンと軽くノックした。

 こうやって知らせてやらねぇとブチブチうるせぇんだよ。


「はーい。どーぞー」

「おう、邪魔すんぞ」

「んんー」


 こっちを見もしねぇで、ベリルは机に向かったまま。


「なーにー、なんか用事なーん?」

「例の王妃様と王女様の装飾品、もう意匠は描きあがったのか? あがってんなら他の手紙といっしょに送ろうと思ってな。…………。つーかオメェ、なに書いてんだ?」

「んー、もーちょいで終わるからちっと待っててー。あー、お妃さまモデルとお姫さまモデルは、そこに描いたやつあるからー」


 と、指だけで示された机の隅を見ると、たしかに装飾品の意匠絵があった。


「スゲェ緻密だな。こんなもん作れんのか?」

「…………」


 おい、返事してくれねぇと独り言になっちまうだろうが。

 待てっつうなら、ちっとくれぇ待つけどよ。


 改めて絵に目を向ける。

 それは、心臓を模した飾りに輪が蔦の如く絡みついた指輪だった。

 さらに絵からは棒線が伸びてて『これハートマーク。ドキドキを表してまーす』やら『ここワインみたいな赤』やら注意書きされてる。

 紙の端には『数量限定』『完全受注生産』『特別価格、ペアで大銀貨一枚』などなども記されていた。


 こりゃあ、この意匠で問題ないかって旨の一文を足してやらんとならんな。あと端っこに書いてあるのはいらねぇだろ。


「ふうー。できたし。父ちゃんお待たせー」

「おう。これは王都に送っちまってもいいやつなんだよな?」

「うん。よろー」


 と、ベリルは軽く返してくる。

 で、なんでかコイツ、俺の方をニタニタ見てくるんだ。


「んだよ」

「わかるよー、わかる。父ちゃんは兄ちゃんいなくって寂しーんだよねー。うんうん。でもごめんだけどさーあ、あーしも父ちゃんばっか構ってられるほど暇じゃないしー」


 ひでぇ言い草だな。いちおう俺、オマエの心配してたんだけど……。

 この様子ならいらん気配りだったか。まぁ平気ならそれでいいんだがよ。


「またなにを企んでやがるんだ。前に秘密基地やらなんやら抜かしてたよな。それか?」

「当ったりー! ちっと響きがガキっぽいから名前変えたんだけどー。はいっ。いまこんな感じーっ」


 ベリルに手渡された紙にはデカデカ、


『禿山要塞化計画』


 と、表題が記されていた。

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